第57話 姐さんお疲れ様です! 聖水です!

 ヴェータラを倒した翌朝、ライト達は再び月見の塔の探索を始めた。


 ヴェータラを倒してしまった以上、イルミのパーティーが倒せないアンデッドはいないので、撤退する理由がないのだから当然だ。


 昨日、ヴェータラと遭遇した場所まではアンデッドが出現することなくすんなりと進むことができた。


 しかし、2階へと続く階段の前には人型のアンデッド集団で徘徊していた。


「ゾンビ発見」


「5体いるね」


「じゃあ、1人1体で良い?」


「賛成です」


「んじゃ、パパッとやる」


 ゾンビが自分達と同じ数だとわかると、イルミが全員にノルマを課した。


 そのすぐ後にイルミが近くにいたゾンビを殴った。


「とうっ!」


 普通に殴っただけにもかかわらず、イルミは【突撃正拳ブリッツストレート】を使ったのと同じぐらいゾンビを後方に飛ばすことができた。


 呪武器カースウエポンの有用性がわかった瞬間だった。


「これがヴェータライトなんだね~」


 イルミは感心したように自分の右腕に装着したヴェータライトを見た。


 ヒルダ達もイルミがさっさとノルマをクリアしてしまうとそれに続いた。


「それっ!」


「せいっ!」


「【石弾ストーンバレット】」


「【速射ラピッドショット】」


 ゾンビ5体との戦闘は特に苦労することなくあっさりと終わった。


 ライトが【範囲浄化エリアクリーン】を使って魔石の浄化とゾンビに近づいて臭いが移るのを気にする者達をケアした。


 正直、ライトがパーティーの六人目シックスマンと呼べる活躍をしているのだが、それには誰も触れたりしない。


 少なくとも、アルバスとザックは口を出すつもりはなかった。


 何故なら、ここで男が汗もかいてないのに【範囲浄化エリアクリーン】の必要性があるのかと口にしてしまえば、デリカシーがないとレッテルを貼られるからだ。


 2人はそれぞれ姉がいるおかげでこういう場面でも空気が読めるので、自分達の立場を悪くするようなことを言う訳がないのである。


 ところで、イルミのパーティーが倒したゾンビだが、これはロッテン○○の人型だと考えられている。


 動物系の腐った死体のアンデッドならば、名前にロッテンを冠する。


 だが、腐った人間の死体がアンデッドになった場合はロッテンヒューマンではなくゾンビと呼ぶ。


 それ以外にもゾンビと名前に付くアンデッドはいるが、今はまだ出て来ていない。


 さて、魔石の回収が済むとイルミのパーティーを先頭にライト達は2階へと進んだ。


 2階に行くと、瘴気が1階よりも濃くなっていた。


 瘴気を体内に取り込んでも百害あって一利なしなので、ライトはヒルダに相談した。


「ヒルダ、届く範囲まで【範囲浄化エリアクリーン】をかけても良い? 医者として瘴気が濃くなったのに黙って見てるのは嫌なんだ」


「良いよ。むしろ、お願いしても良い?」


「ありがとう。【範囲浄化エリアクリーン】」


 ライトが技名を唱えると、周囲一帯の瘴気が消え去って新鮮な空気で満ち溢れた。


 こんな所にアンデッドがいれば、空気が澄んでいるせいでこの場から逃げ去ってもおかしくないぐらいである。


 瘴気が消えたことで視界も良好になった。


 そのおかげで、ターニャは想定していたよりもずっと遠くまで見ることができた。


「ライト君がいるだけでこんなにも探索が楽になるのね。一家に一台欲しいぐらいだわ」


「残念でした。ライトは私のだから譲らないよ」


「わかってるわよ。ヒルダから奪おうものならどんな仕返しを受けるかわからないんだもの」


「わかってるなら良いの」


 ターニャと目の笑っていない笑みを浮かべるヒルダのやり取りを見て、アルバスはライトをつついた。


「ライト、何か言いたいことは?」


「僕は便利な魔法道具マジックアイテムじゃないよ」


「期待してる答えじゃないんだよなぁ」


「何が?」


「なんでもない」


 ライトがとぼけたことを言うものだから、アルバスはやれやれと小さく息を吐いた。


 アルバスとしてはヒルダの束縛が強いことに関してどう思っているのか訊きたかったのだが、ライトがそれを理解していないのだから仕方がない。


 それからしばらく、ライトの【範囲浄化エリアクリーン】のおかげでアンデッドと遭遇することはなかった。


 しかし、それは3階に繋がる階段までは続かなかった。


 ターニャの目によって紐状の白い煙のような体をしたアンデッドの姿が捕捉されたからだ。


「スレッドが1体」


「スレッドですか。攻撃を当てにくいんですよね」


「同じく」


「細くて狙いにくいんだよねぇ」


「はぁ、良いわ。私がやる。【輝狼爪シャイニングクロー】」


 スレッドに対してオーバーキルの技が命中し、そのまま倒れて消えた。


 紐状で攻撃を避けるなら線の攻撃よりも面の攻撃の方が命中するので、ヒルダは爪を模った複数の斬撃を飛ばす【輝狼爪シャイニングクロー】を選択して使った。


「流石はヒルダ!」


「よっ、頼れるサブリーダー!」


「姐さんお疲れ様です! 聖水です!」


「肩凝ってない? マッサージする?」


 ヒルダにスレッドと戦わせたイルミ達はヒルダの機嫌を取ろうとここぞとばかりによいしょした。


 ヒルダはそんなイルミ達に対して苦笑いしてライトの方に向かった。


「水もマッサージも今はいらない。今はライトだけがほしい」


「くっ、これがリア充なのね・・・」


 ターニャはヒルダがライトの腕に抱き着くのを見て戦慄した。


 気持ちを切り替えてライトが浄化した魔石を回収して先に進もうとすると、ターニャは何かが聞こえた気がしてその方角に振り向いた。


「どうしたんですか、ターニャ?」


「ノア、あっちに何かいるかも」


「何かって何さ?」


「イルミ、ヴェータラ以上のアンデッドってここにいると思う?」


「う~ん、ライトどう思う?」


「1年生の弟君に丸投げしちゃうんだ」


 ターニャに意見を求められたイルミだが、よくわからないのでライトにそれを投げた。


 エマが苦笑いするのも当然だろう。


 その一方、話を振られたライトは周囲を見渡してから頷いた。


「可能性はあります」


「その根拠は?」


 ヴェータラ以上のアンデッドと聞き、自分でもわからないことをどう判断したのか気になってターニャが根拠は何かと訊いた。


「瘴気の濃度です」


「瘴気の濃度?」


「はい。僕が患者さんを診察したり汚染された武器を浄化する時、最初に確認するのは瘴気の影響です。今、僕達がいるこの場所は僕の【範囲浄化エリアクリーン】の効果が薄れて始めてます。であるならば、瘴気を減らされて縄張りを取り戻そうとする強いアンデッドが出て来るかもしれません」


「なるほど。瘴気による汚染の原因がアンデッドなら澄んだ空気を汚しに来るのは強いアンデッドって訳ね」


「その通りです」


 ターニャの言葉にライトが頷いた時、ターニャの耳が再び音を捉えた。


「やっぱり何かいるわね」


「あっちですか?」


「ええ。イルミ、どうする?」


「今更ではあるけど、1年生がいるから深追いはしない方が良いんだよね」


「イルミ、それは今更過ぎでしょ」


 ヒルダがツッコんだ。


 ライトがいるおかげでヴェータラを倒せたから良かったものの、本来であればヴェータラと遭遇した時点でイルミは全員で撤退した方が遠征見学による負傷リスクを負わずに済んだ。


 それがわかっているから、ヒルダはツッコミを入れたのだ。


 もっとも、ヒルダもライトがいるからと撤退せずに戦ったので、イルミと五十歩百歩なのだが。


「#$%なんて、*+」


「不味いわ。どんどん声が近づいて来てる」


「撤退!」


 イルミの宣言により、ライト達は1階の階段へと走るが、アンデッドの声が近づいていた。


「男なんて、*+」


「なんか男に恨みでもあるんですかね」


 ノアが苦笑いした。


「男なんて、死ね!」


「【防護壁プロテクション】」


 はっきりとアンデッドの声が聞こえると、ライトは自分達の後方に光の壁を展開した。


 そのすぐ後に光の壁と何かが衝突した音が塔内に鳴り響いた。


 言うまでもなく、その正体はライト達を追って来たアンデッドだった。


 怨嗟の声がはっきりと聞こえたので、ライトは【防護壁プロテクション】を発動したのである。


 基本的にアンデッドは人間の言葉を話せる程度の知能を持っていない。


 それにもかかわらず、ライト達がその意味を理解できる言葉を発したということは、ライト達を追って来たアンデッドはただのモブで済むはずがない。


「男ぉぉぉぉぉっ!」


 光の壁に対し、男と叫びながらそのアンデッドは何度もぶつかった。


 男に執着するそのアンデッドの姿は人型、それも女型であった。

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