第56話 逃げるんだよォ!
カタリナがウィル・オ・ウィスプの使役に成功した後、スカジはアンデッドの召喚と送還についてレクチャーを始めた。
「アンデッドを召喚する時は【
「わ、わかりました。【
シュイン。
カタリナが技名を唱えると、ウィル・オ・ウィスプがカタリナの前から消えた。
「できたね。じゃあ、次は呼び出してみて」
「は、はい。【
シュイン。
今度は、ウィル・オ・ウィスプがカタリナの前に現れた。
「うん。問題なし。街中でアンデッドは連れ歩いちゃ駄目。だから、戦う時だけ呼び出す。わかった?」
「わかりました」
「よろしい。じゃあ、今日はカタリナが戦う訳じゃないし、もう1回送還して」
「はい。【
シュイン。
スカジの指示通り、カタリナはウィル・オ・ウィスプを異空間に送還した。
「カタリナちゃんの初めての配下もゲットしたことだし、これからはサクサク進むよ」
「「「「「はい!」」」」」
ニアを中心にミミル山の探索が再開された。
再開してすぐにロロがアンデッドを捕捉した。
「前方からロッテンボア3体!」
「距離があるね。トルマリン、1体お願い! 残りは私が1体、ロロが防いでララが1体!」
「任せたまえ。【
トルマリンが放った雷の矢は先頭を走るロッテンボアの脳天を寸分違わず貫いた。
それがロッテンボアの致命傷となり、倒れ込んだまま動かなくなり、やがて魔石を遺して消えた。
トルマリンはサポートだけでなく、直接攻撃でも役に立っていた。
「じゃあ、私も。それっ!」
ニアはウエストポーチからある物を掴めるだけ取り出し、それらを前方に向かって投げた。
そのある物とは、
しかも、それはただの撒菱ではない。
「ブヒッ!?」
全速力で走るロッテンボアは急に止まることができずに撒菱を踏んでしまった。
その直後に踏んだ左脚から煙が出て融け始めた。
突然の事態に驚き、ロッテンボアは情けない声を上げた。
「ブヒィッ!?」
痛みに体をのけ反らせて別の場所に脚を着けたが、不幸なことに今度は右脚が撒菱を踏んでしまってロッテンボアは再び叫んだ。
「あちゃぁ、聖鉄が肌に合わなかったみたいね。お生憎様!」
ニアはニッコリと笑いながらブーメランを手に取り、ロッテンボア目掛けて勢いをつけて投げた。
そのブーメランも聖鉄製であり、回転して鋭さを増したそれがロッテンボアの眉間に刺さると、ロッテンボアは倒れて消えた。
ニアの撒菱とブーメランの原材料である聖鉄とは、製鉄する際に聖水を使って仕上げた鉄のことだ。
聖水がある程度のアンデッドに効果があるように、聖鉄もアンデッドにそこそこ効果がある。
勿論、一級品の聖水を使い、これまた一級品の鉄鉱石から製鉄してできた聖鉄ならば強いアンデッドにも通用するが、作成条件が厳しくて数を用意できない。
ライトが聖水を供給すれば、一級品の聖水の確保はできるかもしれないが、それをしてしまえば聖水を作る
その上、一級品の聖水を扱える職人も数が少ないので、強力な聖鉄製の武器の量産化は現実的ではない。
ニアにしたってアリトン辺境伯家のコネをフルに使って聖鉄製の武器を集めているが、それでも十分な量集まったとは言えたものではない。
話は逸れたが、そこそこの聖鉄製の武器でもロッテンボア程度なら問題なく倒せるのはニアが今やって見せた通りである。
さて、残る1体だが、両手に盾を持ったロロが突進を止めるために自らもロッテンボアに向かって走り出した。
そして、ロッテンボアと衝突する直前にロロは技名を唱えた。
「【
盾を体の前に構え、技の発動の直後にロロがロッテンボアと衝突した。
どうみてもロッテンボアの方が大きく、普通に考えると衝突すれば小さいロロの方が吹き飛ばされるのだが、鈍い音がその場に鳴り響いてもそうはならなかった。
むしろ、衝突した瞬間にロッテンボアがロロに当たり負け、体を上にのけ反らされた。
「ロロ、ナイス! 【
ロロが作った隙をララが逃すはずがなく、無防備な体に両手の剣から斬撃を飛ばしてロッテンボアを3つの肉片にしてみせた。
肉片に成り果てた状態で倒れると、そのままロッテンボアは消えて魔石がその場にドロップした。
「今の私ではロッテンボアを串刺しにするにはSTRもAGIも足りませんわね」
「ウチもロッテンボアを1人で倒せるぐらいになりたいわぁ」
「やっぱり兄さんが羨ましい。<水魔法>だけじゃなくて<雷魔法>まで使えるんだから」
「すげえな。ロッテンボアに押し勝ったぜ、ロロ先輩」
「す、すごかった」
カタリナがボキャ貧なのは置いといて、エルザ達は4年生の力を目の当たりにして衝撃を受けた。
ウィル・オ・ウィスプとの戦闘でもニア達が強いことはわかっていた。
それでも、ロッテンボアの方がウィル・オ・ウィスプよりも強く、そんなロッテンボアすらも無傷で倒してしまうのだからエルザ達はニア達を尊敬した。
だが、ちょっと待ってほしい。
忘れてはいないだろうか。
ここには<法術>を使えるライトがいないことを。
ロッテンボアは体の腐った猪の
つまり、ロロは腐った猪の死体と思いっきり正面衝突したということになる。
そうなれば、ロロの盾にはロッテンボアの腐った体の破片が付着しており、そこからは当然のことながら異臭が漂う。
「「「「「うっ・・・」」」」」
ライトがいたなら【
つまり、盾を掃除しなければエルザ達は嗅ぎ慣れていない肉の腐った臭いが永遠に近くから漂って来るのだ。
「ロロ、比較的大きい葉っぱがあったわ」
「おう、サンキュー」
勿論、ロロだって慣れていても嗅いでいたくない臭いなので、ララが近くに生えていた面積の広い葉っぱを何枚か重ねて盾ににこびりついた破片を拭き取って捨てた。
聖水があればすぐに汚れを落とすことができる。
しかし、聖水は教会学校の生徒の身分には高い
だから、ロロは現地調達で盾の掃除に使える物を調達する必要があった。
アンデッド退治をするにも物資が不足していることが悩ましい限りである。
聖水の利権の話さえなければ、ライトのホーリーポットだけで解決できるというのに、人間という生物は種の生存が関わっていても業が深い。
トルマリンがトングを使って浄化できていない魔石をトングで袋に回収し終えると、ロロ達の
それからしばらくの間、アンデッドが2台の
だが、それは嵐の前の静けさと呼べるものだった。
何故なら、ロロが急に
「ロロ、止まるなら何か言ってよ」
「静かに。急いで後退するんだ」
「強いアンデッドがいたのね?」
「ああ。なんであんな奴がここにいるんだよ」
「何を見たの?」
「グールだ」
「すぐに撤退するわよ。私達じゃ手に負えないわ」
「Uターンするんだ。静かに頼む」
「わかってるわ」
ロロが視界に捉えたグールに見つからないようにニアとロロがランドリザードにUターンさせた。
そして、いざ撤退するとなった瞬間、グールが2台の
「ウォォォォォッ!」
「逃げて!」
「逃げるんだよォ!」
「「ギギッ!」」
ニアとロロの必死な声を聞き、ランドリザード達も危機的状況にあると察したのか、普段よりも速く走っている。
グールとはゾンビの上位種だ。
ゾンビとは違って肉体が腐っているというようなことはなく、頑強な肉体を持っていて人間の脳が無意識に制限をかけた身体能力を解放している人型のアンデッドである。
何が言いたいかと言えば、グールはゾンビと比べてAGIが高くてニア達では倒せない強敵なのだ。
AGIについて詳しく説明するならば、
「トルマリン、足止め!」
「任せたまえ! 【
トルマリンがグロロに頼まれてグールの前方に水の壁を創り上げた。
すると、グールは急に止まれずに水の壁に衝突した。
「これでも喰らいたまえ! 【
トルマリンが水の壁に向かって雷の矢を放ち、グールを感電させた。
そのおかげでグールの動きが止まり、ニア達は大急ぎでグールから距離を取れた。
どうにかグールから逃げ切ることに成功したので、遠征を中止してそのまま教会学校へ帰ることとなった。
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