第23話 おい小娘、O・HA・NA・SHIが必要かのう?

 その日の夕方、職員室に1学年の教師陣が集まって会議が始まった。


 各コース5人で合計20人の教師が職員室にいるが、全員が一気に話し合うのではなく、それぞれのコースの教師5人ずつの小さな会議だ。


 守護者ガーディアンコースの会議は勿論G1-1の担任であり、教科は実技を受け持つシスター・マリアが仕切る。


「では、本日の入学試験と鑑定、職業判定の結果について報告会を始めます。入学試験から報告して下さい。最初はG1-5のシスター・ビビアンからお願いします」


「わかりました。G1-5は合計30名います。しかし、例年と比較すると本来ならばG1-4相当の実力の生徒が混じってます。以上です」


 シスター・ビビアンはG1-5の担任だが、担当科目は四則演算、つまりは算数だ。


 G1-1からG1-5まで全てのクラスで四則演算を教えることになっている。


 そんな文化系のシスターが守護者ガーディアンコースの教師に入っているのは、シスター・ビビアンが守護者ガーディアンコースを卒業してすぐにここの教師になった新米だからだ。


 新米シスターに対し、いきなり実技を教えさせるのは無理がある。


 だからこそ、最初は四則演算からなのだ。


 だだし、それだけを聞いてシスター・ビビアンが弱いと判断してはいけない。


 何故なら、シスター・ビビアンは同年代では主席だったということだ。


 そうだとしても、他の教師陣には敵わないので四則演算を受け持っているだけだ。


 5年生と1歳しか変わらないにもかかわらず既に教壇に立てると判断され、その上担任も持つと考えればシスター・ビビアンの優秀さがわかるだろう。


「ありがとうございます。次はシスター・ニコラ、お願いします」


「あいよ。G1-4の30名はビビアンと一緒で去年とか一昨年ならG1-3にいる奴が混じってる。以上」


「シスター・ニコラ、いい加減喋り方をどうにかなさい。そんなことでは教師としての示しがつきませんよ?」


「そんなこと実戦でいってられるか? 指示が遅くて生徒が死にましたなんてことになったら、誰が責任取るんだ? アタイは嫌だね」


 シスター・ニコラはシスター・マリアの同期だ。


 G1-4の担当であり、1学年全クラスのアンデッドに役立つ道具アイテムに関する授業を受け持つ。


 戦闘力だけならシスター・マリアともそこそこ良い勝負だが、シスター・ニコラの得意とするのは道具アイテムを用いた戦闘なので、道具アイテムのレクチャーが彼女の担当なのだ。


「はぁ。わかりました。相変わらずですね。では、シスター・ビブリアもお願いします」


「はい。G1-3の生徒数は20名でG1-4やG1-5とは違って例年並みの実力の持ち主ばかりです」


「ということは、守護者ガーディアンコースの最低水準が例年よりも高めなのでしょうね」


「そう思います。私の見立てではG1-2レベルの生徒はいませんでした」


 シスター・ビブリアはシスター・マリアやシスター・ニコラよりも年上だ。


 彼女はG1-3の担任であるとともに歴史を担当する。


 戦闘力で言えばシスター・ニコラを下回るが、それを補って余りある歴史から学んだ知識があるのでG1-3の担任となっている。


「わかりました。次はシスター・サテラの番です」


「儂が見るG1-2じゃが、生徒数は20人で例年ならG1-1にいてもおかしくない者が2人おったぞ」


「ガルバレンシア君とパイモンさんですか?」


「ほほう、流石はシスター・マリア。よくわかっておるのう」


「恐縮です」


 シスター・サテラは守護者ガーディアンとしての現役時代、魔女ウィッチの職業の定義を狂わせた老婆である。


 一言でいえば、魔法(物理)の使い手で魔法系スキルが使えるにもかかわらず、MPの温存のために肉弾戦闘もできるハイブリッドだった。


 現役から退いた今は後進の育成のために守護者ガーディアンコースの教師となり、今はG1-2の担任で1学年全体にアンデッドについて教える役割を担っている。


 シスター・サテラに対しては、シスター・マリアといえども口調を丁寧にしろとは言えない。


 というより、シスター・マリアがシスター・サテラを尊敬しているので、そういった細かいことは言わないのだ。


 シスター・ニコラからすればそれは贔屓だ。


 だから、シスター・ニコラはこれについて抗議したが、お話(物理)で自らの主張を取り下げる羽目になった。


「G1-1は1人特殊な者が現れました。ダーイン君です。おそらくG1-1レベルの生徒は今期12人いたのでしょう。しかし、ダーイン君だけは別格ですね」


「噂の治療院の医師だったんじゃよな? 実際どんなもんなんじゃ?」


「筆記試験を5分で解き終わりました。しかも満点です」


「ほう」


「実技試験では手加減をされたとはいえ、教皇様相手に5分逃げ切ってみせました」


「ほほう! 面白い!」


 シスター・マリアの話を聞いてシスター・サテラは目を見開いた。


 それはシスター・サテラが若い頃、教皇ローランドを指導したことがあったからだ。


 自分が鍛えた者から、まさか今日入学した1年生の少年が逃げ切るとは思っていなかったのだから、シスター・サテラが驚くのも仕方のないことだ。


「ちなみに、ダーイン君は鑑定を受けておりません。ですので、スキルは治療院で使われてる<法術>しか明らかになってません」


「そんなはずがなかろう。<法術>だけであのガキから逃げられるはずあるまい」


 ローランドをガキ呼ばわりできるのは、教会学校でシスター・サテラ1人だけだ。


 それはさておき、シスター・マリアはヒルダから実技試験の様子を聞いていたので首を横に振るった。


「それがそのまさかなんです。審判を務めたドゥラスロールさんから詳しい話を聞きましたが、<法術>の【防御壁プロテクション】と身体能力だけで一撃も受けずに逃げ切ったそうです」


「なんと!? それは面白いのじゃ! 血が騒ぐわい!」


「婆さん落ち着けって。血圧が上がって寿命が縮むぜ?」


「おい小娘、O・HA・NA・SHIが必要かのう?」


「い、いや、結構だ」


 うっかり地雷を踏んだシスター・ニコラは全力で横に首を振り、シスター・サテラとの肉体言語お話を回避した。


「それと、これも当然と言えば当然なのかもしれませんが、ダーイン君はルクスリア様と同じく賢者ワイズマンだと判定されました」


「「「「賢者ワイズマン!?」」」」


 シスター・マリア以外の4人が口を揃えて驚いた。


 ルクスリアと同じく<法術>を使える以上、その可能性がないとは思っていなかっただろうが、それでも実際に職業判定の結果を聞けば、驚かない者はいない。


「ちなみに、姉のダーインさんにも訊いてみたのですが、彼は昔から逃げるのが上手で賢さも大人並みだったそうです」


守護者ガーディアンのパーティーを組ませれば、間違いなく大活躍じゃな。守らずとも自分の身を守り、回復や防御を担えるなど垂涎の的じゃ」


「間違いないですね」


「つーか、守護者ガーディアンクラブの活動がそいつの引き抜きで大荒れになるんじゃね?」


「なりますね。私も後1年学生の身分でしたら、間違いなくダーイン君をパーティーに入れたいと考えたはずです」


 シスター・マリアの話を聞き、4人のシスターは明日以降見学が始まる守護者ガーディアンクラブでトラブルしか起こらないという見解で一致した。


 しかし、シスター・マリアには考えがあった。


「私に考えがあります。ダーイン君ですが、空席だった生徒会庶務に推薦してはどうでしょうか?」


「なるほどのう・・・」


「ありですね」


「それなら平等に守護者ガーディアンクラブで誰とも組めねえわな」


「良いんじゃないでしょうか。ただ・・・」


 シスター・ビビアンは他の4人に賛成しつつも懸念点があった。


 それが気になったシスター・マリアはその先を促した。


「気になることがあるならば、話して下さい」


「はい。ダーイン君は、私達の勝手な都合で午後の時間を拘束されることになります。それでダーイン君は納得してくれるのでしょうか?」


「・・・そりゃそうじゃな」


「そうですね・・・」


「確かにな」


「・・・ふむ。では、名目だけ生徒会庶務にして彼には放課後を好きに過ごしてもらいましょう。ただし、守護者ガーディアンクラブへの参加以外で、ですが」


 シスター・マリアはシスター・ビビアンの意見を聞き、折衷案を出した。


 流石にトラブルが起こるとわかって放置はできないが、貴重な放課後の時間を自分達の都合で勝手に拘束するのは良くないと思って譲歩した形である。


「それが落としどころではないでしょうか。聞いた限りですが好戦的な性格でもないようですし、この条件なら了承してくれると思います」


「では、そのようにしましょう」


 こうして、ライトのいない会議でライトの放課後について決められてしまった。


 だが、それがライトにとって都合の良いことであることをまだここにいる5人は知らない。

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