法術無双! ~エナドリから始めるセカンドライフ~
モノクロ
幼少期編
第1話 じゃあ頑張って。良い来世を
周りは真っ暗であり、大量の本が積み上げられた空間で気が付いたならそうなるのもおかしくない。
「あれ、なんで俺こんな所に? 確か風呂に入ってたはずなんだけど」
自分の記憶が確かならば、光貴は風呂に入っていた。
しかも、今日は贅沢に温泉地の雰囲気を味わえる入浴剤を使って風呂を満喫していたはずだった。
光貴は世間では社畜と呼ばれるブラック企業戦士だった。
今日、四捨五入すればアラサー扱いされる誕生日だったにもかかわらず、今日も今日とて曜日が変わるギリギリに帰宅した。
コンビニ飯で誕生日を祝うのは虚しかったので、せめて風呂ぐらいはちょっと贅沢しようと思って入浴剤を使った。
そこまでは覚えていたのだが、そこから先は覚えておらず、気づいたら光貴は今いる場所にいた。
「それはあんたが風呂で溺死してその魂を私が引っこ抜いたからよ」
「誰だ!?」
突然、積み上げられた本の向こう側から、女性の声が聞こえたので光貴は立ち上がってその姿を確認しようとした。
しかし、それは失敗に終わった。
何故なら今の光貴には足がなかったからだ。
いや、脚どころか体がない。
「魂だけなんだから、肉体がある訳ないでしょ?」
パチン。
指を鳴らす音が聞こえると、光貴の目の前の本の山が両脇へと移動した。
そして、その奥にはデスクワークをしている銀髪赤眼の美しい女性がいた。
その女性からは敏腕女社長とでも言うべき風格が漂っており、今でも机の上にある書類と格闘しており、光貴を見る気配もない。
「あの、俺って死んだんですか?」
「そうだって言ってるでしょ? 私、忙しいの。だから、転生もサクサク進めたいのよ。おわかり?」
「て、転生ですか」
「不満? 輪廻転生の輪に帰りたいなら、返してあげてもいいわ。ただし、次の命が人になれるとは限らないわね。ミジンコかも。それでも良いのかしら、鹿角光貴?」
「なんで名前を? 来世がミジンコは絶対嫌です」
「でしょう? それなら人のまま転生させてあげるんだし、私のために働きなさい」
「うっ、働くのか・・・」
つい先程まで社畜だった光貴にとって、働くという言葉は死んだ今聞きたくない言葉だった。
「安心しなさい。私はあんたの世界の上司とは違って、ちゃんと福利厚生を考えてるから」
「そうやって、俺を騙してこき使うんじゃないんですか? 第一、誰かもわからない方に雇われるなんて怪しいじゃないですか」
相手が誰なのかわからなければ、光貴が疑ってしまうのも当然である。
その言い分に納得した女性は初めて書類から顔を上げた。
「それはあんたの言う通りね。私はヘル。ニブルヘイムを統治する神よ。今から、あんたに3つだけ質問を許すわ。その質問の回答を聞いたら、あんたは自分のスキルを3つだけ選びなさい。転生特典として、そのスキルはプレゼントしてあげる」
そう言われた光貴は、本当に3つしかヘルが質問に答えてくれないのだろうと思って何を訊くか真剣に考えた。
そして、すぐに結論を出した。
「1つ目の質問です。ニブルヘイムとは北欧神話の冥府ニブルヘイムでしょうか? どんな世界か教えて下さい」
「良い着眼点ね。ニブルヘイムは確かに冥府と呼ばれてもおかしくないわ。残念ながら、ただの剣と魔法の世界とは少し違うわ。勿論どちらも使えるけど、敵はアンデッドのみ。生者がアンデッドから
思ったよりも1つの質問で多くの情報を得られたので、光貴は心の中で感謝した。
もしもここで感謝の言葉を告げれば、そんなことを言っている暇があるならさっさと質問しろと怒られると思ったからである。
それはさておき、光貴は2つ目の質問に移った。
「2つ目の質問です。俺の記憶は転生先でも残しておけますか?」
「前世の記憶は引き継げるわ。ついでに言うと、あんたはダーイン公爵家の長男として転生するの」
公爵家と聞き、光貴は来世が貴族であると理解した。
しかし、中流階級の家で育った自分が来世では貴族、それも王家と血の繋がりのある公爵家と言われれば戸惑うのは仕方のないことだろう。
だが、光貴には迷っている時間はなかった。
ヘルの気が変われば、割と良い条件での転生が見直されてしまう恐れがあったからだ。
「3つ目の質問です。アンデッドに効果があり、生者の助けとなるスキルはなんですか?」
「<法術>よ。対人戦での攻撃力は皆無だろうけど、アンデッドを昇天させたり、生者を治療するスキルなの。まあ、後天的に会得するのはまず無理だから、使い手がそもそもいないわ。どうやって使うか伝わってないから、コツがつかめないと使いこなすのは困難でしょうね。さて、許した質問回数は以上よ。その画面から、3つだけスキルを選びなさい」
ブゥン。
電子音がしたかと思えば、光貴の目の前にスキル名がずらっと並んだ画面が映し出された。
画面が出て早々、光貴は迷うことなく<法術>を選択した。
公爵家ならば立場上アンデッドと戦わざるを得ないだろうし、仲間と共に戦うのならば、治療する場面も必ずあると判断したからだ。
癖が強かろうがヘルが有効だと断言したスキルなら、選んでおいて損はないと思ったのである。
<法術>に続いて、もう1つのスキルも比較的早くから決まっていた。
それは<鑑定>だ。
転生ものであれば、<鑑定>は必須というのが趣味らしい趣味がなく、隙間時間にラノベを読んでいた光貴の考えだった。
そうなれば、選べるスキルはあと1つだけ。
昔だったら転生三種のスキルと言えば、<鑑定>、<強奪>、<
<強奪>にするべきか、<
悩んだ光貴はそれぞれを選んだ時のメリットとデメリットを考えた。
まず、<強奪>にした場合、他者のスキルを奪い取ることができる。
これはアンデッドや悪人に対して使うなら良いが、仲間に対してスキルを奪い取るなんて気が引ける。
万が一、人間サイドの悪人と遭遇できなかったら、アンデッドと戦うまで貴重なスキル枠を1つ潰したまま過ごさなくてはならない。
次に、<
運搬という動作は、人が生活する以上どうしても必要になる。
戦闘時に様々な荷物を持って移動が阻害されるようなことは避けたいと思うのは当然だろう。
それに、運が良ければ収納した物の時間経過がない可能性だってある。
時間が経過したとしても、運搬で重宝するだろうから強奪と違って死にスキルになる可能性は限りなく低い。
考えた結果、光貴は<
「決まったみたいね」
「はい」
「ぱっと見だけど、悪くない選択だわ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、雇用条件について話すわね。わかってるだろうから、先に報酬から教えるわ。報酬はあんたの来世と転生スキル」
「はい」
「その報酬のために私があんたにやってほしいことは、私の世界をアンデッドから守ること。手段は問わないから
「わかりました」
「聞き分けが良い子は嫌いじゃないわ。予定よりも時間が少しだけ余ったわね。特別サービスよ。もう1つだけ質問させてあげるわ」
「では、最後の質問です。転生後、俺がヘル様と話す機会はあるんでしょうか?」
「<法術>を使いこなせたなら、話せる時が来るかもしれないわね」
「わかりました」
光貴のおまけの質問が終わると、ヘルが予定していた時刻になったらしい。
ヘルは光貴に対して柔らかい笑みを浮かべた。
「じゃあ頑張って。良い来世を」
その言葉とともに光貴の視界が真っ暗になった。
そして、次の瞬間、光貴は唐突に重さを感じた。
それは間違いなく体がある感覚だったが、大人だった頃よりも動かしにくかった。
それもそのはずで、転生したのだから体が縮んでしまっているのだ。
転生した光貴が最初に目にしたのは、金髪碧眼の若い女性の心配そうな表情と、天井でニタァと悪魔的な笑みを浮かべる半透明の黒髪黒目の女性だった。
「えぎゃあ(出たぁっ)!」
転生したことで精神が幼児退行していた光貴は、半透明の黒髪黒目の女性が怖くてマジ泣きした。
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