団地妻の怪

「ここが地球というところか」


 街に降り立ったネトリ星人は、さしあたって周囲の様子や、行きかう人間たちを観察しはじめた。


 春の昼下がりということもあり、外を歩いている人影はあまり見あたらない。


「人間か。確かにすぐれた文明を持っているようだが、われわれネトリ星人に比べれば、たいしたことはない。現に、こうして人間の『サラリーマン』とやらに化けているというのに、気づく者など誰もいないしな」


 すでに地球の情報を学びつくしていたネトリ星人は、ビシッとしたスーツをきめ込んだイケメンのサラリーマンに、すっかり擬態ぎたいしていた。


「さしあたって、人間を一体さらい、母船ぼせんに持ち帰ってくわしく調査してみよう」


 都合のいい人間はいないかと、ネトリ星人は透視を使ってあたりを見回した。


「ふむ、あの『団地』という建造物の中に、ひとりでいる人間がいるな。あいつをさらうことにしよう」


 こうしてネトリ星人は、まんまとその大型団地の中へもぐり込んだのだった。


   *


「すみません、ちょっとよろしいでしょうか?」


「はーい」


 ネトリ星人が高層階のとある一室のベルを押すと、30代前後の女性の声が聞こえてきた。


「どちらさまでしょうか……?」


 ドアを開けたその女性は、いぶかりながらそうたずねた。


「奥様、お忙しい中、失礼いたします。わたくし健康器具の営業の者なのですが、少しだけお話、よろしいでしょうか?」


「あ、はい……」


 このときネトリ星人は催眠術を使っていた。


 こうして彼はいともたやすく、その女性の部屋への侵入しんにゅうに成功したのである。


(ふん、ずいぶん簡単だな。この調子なら、地球侵略などたやす――)


「お兄さん、いい男ねえ……」


「は――?」


「わたし、夫が使えない男で、退屈あまってたのよ~」


「ちょ、奥さん、何を言って――」


「だーかーらー」


「ひっ――!」


「あなたのココで、慰めてちょうだい?」


「……」


   *


「地球へワープした工作員から、何か連絡はきたか?」


「いえ隊長、まだであります」


「いくらなんでも、遅すぎやしな――」


「素敵なラブホテルね~、ここなら燃えるわ~」


「わーっ!」


「あなたが監督さん? うふ、どうしてわかったかって? だってえ、いちばんすごそうなんだもの~」


「きさま、やめ……ぎゃあああああっ!」


「隊長っ! おのれ、隊長を放せ!」


「待っているあいだ退屈なら、これでも読んでてね~」


「こ、これはなんと、同性同士で……すごい、すごいぞ……ああ、われわれの生殖能力が、落ちていくう……」


「うふふ、わたしのBLコレクション、ご堪能あれ~」


「あ――っ!」


   *


「地球という星へ侵略しに行った連中は、まだこの母星ぼせいへは戻らんのか?」


「は、閣下。まだであります」


「いくらなんでも遅すぎるな」


「あれ、閣下。空から何かが……」


「なんだ、これは――」


「はあ、これはまさか、同性同士で……!」


「た、たまらん……だが、ああ、生殖能力が、落ちていくう……」


「おほほ、BLの力、思い知ったかしらあん?」


「あ、あ、あ、あ――っ!」


 こうしてネトリ星はほろんだ。


 そしてこの主婦こそ、滅亡めつぼうしたネトリ星を牙城がじょうとしてのちに銀河皇帝となる、「グレートマザー」その人なのであった――

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