第2話 祀られたモノの視点

 ワタシは、エイベルムといいます。遥か遠い昔、この神域に祀られました。


 思い出したくもないことなので、経緯は省略いたします。

 気がつけば、ワタシはこの世界で神のように扱われておりました。


 始めのうちは、御利益とやらを求めて訪れるニンゲンもおられましたねぇ。

 今では、うち捨てられ忘れられたようですが。


 ニンゲンなど、ずいぶん勝手なものです。


 しかし、誰も訪れないというのも退屈です。

 もう、ヒマでヒマで……。

 たまに、あの小賢しい黒ネコを呼び出してみますが、所詮、野良ネコですしね……。


 おや?


「あれ、ねぇ、こんなところに神社があるよ」


「あ~、ホント意味不明だわ。なんで迷った?」


「ホントだね。でも、これでなんとかなるんじゃない?」


 ……クフッ、クククク。

 楽しめそうなカップルがやって来ました。

 少しだけ、お付き合いいただきましょう。


 この二人、どうやら道に迷ってこの場所にたどり着いたようですね。

 「銀浪洞神社ぎんろうどうじんじゃ」と彫られた石標を見て、少しほっとしています。


「ああ、もうガチで疲れた」


 男性の方は、慣れない山道を歩いたからでしょうか。

 お疲れのようですね。

 境内に六つ置かれた長方形の石に、腰を下ろしました。


 女性の方は、石の形や置かれた方角が気になるようです。


 クフッ、良いところに気がついてくださいました。


「ユウジ、そこに座らない方が良くない? なんか、この石キモいよ」


 ククク、えぇ、その石は、かつて近くの村で疫病が流行したさいに設置されたものです。

 その石に遺体を安置し、荼毘に付しました。

 あのときは、たくさんのニンゲンがお亡くなりになりましてね。

 一つではとても足りないので、そのような石をたくさん置いたのです。


 ……という、設定です。

 よく出来ているでしょう?

 実は、ワタシが並べました。


 ククッ、この辺りのニンゲンは、北枕でしたか?

 嫌がるようですから。

 長方形の石の向きが南北を指すように置いて、北側の端を枕の形にしてみました。


 ククク……。

 気味が悪いですか?

 怖いですか?

 いいですね。

 伝わってきますよ。


「あ? 別に良くね? 疲れたんだって」


 この男はダメですね。

 まるで警戒心がありません。

 しかし、このような者ほど考えられないようなバカをやって、ワタシを楽しませてくれます。


 楽しみですね。


 ほら、お相手の女性は、不満そうですよ?

 嫌そうに、視線を向けていますよ。

 気がつかないのでしょうか?


 女性の方は、良い顔していますね。

 そうです、あのバカな男にもっとその表情を見せてあげなさい。


 まぁ、愚鈍な彼は、気がつかないでしょうね。


 そうそう、あの野良ネコにも手伝っていただきましょう。


 ワタシは、あの小賢しい黒ネコを転移させ、女性の前に放り出しました。


「ひ、ひゃあああ!」


「うおっ!? あせったぁ。なに?」


 ククククフ……ッ、ヒャハハハ。

 ビックリしましたか?

 しましたよね。

 クッ。


 小賢しい黒ネコも、突然の召喚に目をまるくしています。

 いつも減らず口を叩く、忌々しい野良ネコです。

 たまには、こうして溜飲を下げましょう。


「あ、でも、なんか、このコかわいい」


 はい?


 女性が、あの野良ネコを撫でています。

 野良ネコの方も、女性に抱っこされ撫でられて嬉しそうにしています。


 フム。

 面白くないですね。

 あなたのそのような顔は、見たくありません。


「かわいいなぁ。オマエ、この神社に住んでるのか?」


 ……鋭いですね。

 今は、住んでいませんが。


「首輪もしてないし、多分、捨てネコだよ」


 ほう、ほう。

 御明察。


 なんと、まぁ。

 こんな野良ネコを憐れんでいるのですか?

 それほどの価値は、ありませんよ。


 ですが、良い顔です。

 クフッ。


 おや?

 男性が、祠の方へ近づいて行きますね。

 何かやってくれそうです。


「黒猫に飼い主が、現れますように!」


 男性は十字を切ると、祠に向かって手を組んで祈りました。


 アホの子ですね。

 神社での祈り方は、そうではないでしょう。


 すると、今度は女性が、


「ユウジ、ちがうよ。二礼二拍手一礼だって」


 と言うと、二回お辞儀をして拍手を二回。そして「黒ネコちゃんに、素敵な飼い主が現れますように」と祈り、最後にお辞儀をしました。


 おお!


 べつに、女性に感心したのではありません。

 二礼二拍手一礼ですか。これをニンゲンたちがするようになったのは、ほんの百年くらい前からです。

 

 それはそうと、やってくれました。


 さあ、賽銭箱に注目してください!


 コロロロと硬貨が転がる音がしました。


 ほら、ほら、賽銭箱から硬貨が出てきましたよ?

 十円玉投げ入れたら、五円玉出てきましたよ。

 どうします?

 どうします?


 二人は、顔を見合わせて固まっています。

 何が起きたのか、理解できないという顔です。

 実に、イイ顔をしてくださいました。


 そして、つぎに男性が放った言葉は、ワタシを十分満足させるものでした。


「は? 釣り銭出てきた?」


 ククッフフ、ヒャハハハハハハッ。

 素晴らしい!

 やはり、あなたはワタシの期待を裏切らない。


 女性の方は、未だに理解できず、戸惑っているようです。


 さあ、もっとです。

 もっと見せてもらいますよ。

 神社といえば、アレでしょう。

 目に入りませんか?


「お? おみくじ。やってみね?」


 おお。

 その切り替えの早さは、得難い美点と言えましょう。


 さあ、早く、早くおみくじを引いてください。


 男性が律儀に賽銭箱へ百円玉を投げ入れ、六角形の金属の筒を振りました。


 クフッ、残念でした。大凶です。


「のおぉぉ、ひでぇ!」


 おみくじを引いて、男性は天を仰ぎ頭をかかえて悶えました。


 そして「納得出来ん。もう、一回!」と言うと、また百円玉を賽銭箱に投げ入れました。


 ククッ、さあ、どうぞ。


「なっ!? また、大凶? ありえなくね?」


 クククッ。さあ、もう一度どうぞ。


 熱くなった男性は百円を払わずに、おみくじの筒をがしゃがしゃとシェイクしています。


 はい、大凶。


「はぁ? このおみくじオカシイって。大凶しかなくね?」


 ククククッ。

 ええ、正解です。

 どうです?

 腹が立ちますか?

 悔しいですか?

 惨めですか?


 伝わってきますよ。


 男性はムキになって、もうお金も払わずおみくじを引きまくっています。

 何度引いても、大凶です。


 そろそろ、怒りが頂点に達しそうですね。

 頭の中が、煮えたぎってきましたね。

 周りが目に入っていないようです。


 ほら、お相手の女性が引いてますよ。

 クククク。


 そして、そのときがやってきました。

 ついに男性は完全にぶちギレて、六角形をした金属の筒を地面に叩きつけたのです。


「ああ、もう、行こうぜ」


 クッククククフフフッヒ、ヒャハハハハハハッ……、ヒィーッ、ヒィーッ。


 も、もう、可笑しくて可笑しくて、笑いが止まりません、クッククククフフフッ……。

 っと、いけません。

 お、落ち着きましょう。

 ヒッヒッフー、ヒッヒッフー……。


 素晴らしい!

 なんて、愚かで激しい怒り、悔恨、悲哀!

 あの男、ワタシの期待を上回るモノを見せてくださいました。

 女性は、お相手の男性に幻滅しているようです。


 ああ、あぁ……。もう、なんて素敵な表情でしょうか。

 あなたは、あの男にはもったいない女性です。


 野良猫が、女性の足下に駆け寄って行くのが見えました。

 帰りの道案内を買って出たようです。


 おっふぅ……、おかげさまで堪能いたしました。

 もう、よろしいですよ。

 お帰りください。


 ふたりは、少しだけ先に進んでは振り返って道案内をする野良猫の後について行きました。


 今度は道に迷わず、無事に帰ることができると、いいですね。

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