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恐らくSGTと携行食糧類はデフォルトで全員に配られた物資となるのだろう。こんなわけの分からないところに放り出されて食糧類がまるでないというのは酷な話であろうから――。それぞれに異なる物資というのは、ショルダーバッグの中から出てきた茶色い紙袋のほうだと思われる。これで、もしも食糧類のほうが異なって配布された物資だったとしたら、かなりラッキーだったと言えるが。
紙袋を開けてみると、中にはしっかりとした造りの箱が入っていた。さらに箱を開けてみると、中からはクオーツ腕時計が出てきた。 盤面の隅にまでクオーツと書いてあるのだから間違いないだろう。SGTはスマートフォンを雛形として作成されたようだが、ぱっと見た限り時計機能というものは見かけていないし、時間を知るという当たり前の行為でさえ、ここでは難しくなるかもしれない。これはこれで当たりの物資なのだろう。かといって、直接腕につける気にはなれなかった水落は、ショルダーバッグの肩かけに腕時計を巻きつけた。
【ルール3】――制限時間は24時間とします。この間に【ブービートラップ】が特定されない場合はプレイヤーの負けとみなし、街が焼き尽くされる仕様となっております。また、誰かが街の境界線を越えても、同様の結果となります。
どうやら、このゲームには制限時間が設けられているらしい。その時間は24時間と、余裕があるようで全くない。丸一日が経過した時点で【ブービートラップ】の正体を暴けなければゲームオーバーということか。くわえて、街の境界線を誰かが越えても同様の結果となる――これは、かなり危険なルールなのではないだろうか。とにかく、その境界線とやらの確認が取れないため、この件は後回しにしたほうがいい。
必要な情報と不要な情報。優先すべき情報とそうではない情報を取捨選択しながら、自分の置かれている状況を把握していく。
【ルール4】――死亡者が出た場合は、その都度町内アナウンスで報告いたします。また、死亡者の物資を運営が回収することはありません。ただし、所有していた【サゼッションターミナル】の【固有ヒント】は各々が所有する携帯端末へと転送されます。
このルールに関しては、ある種の親切設計といえよう。まず、死亡した人間がどれだけいるのかを把握することができるということは、逆に言うと生き残りの人数を把握できることになる。ただし、物資は回収されないようだ。何よりも重要なのは、死亡した人間の所有していたSGTの【固有ヒント】が各々のSGTに転送されるということ。これは逆にリスクも秘めているが、恐らくプレイヤーが詰んでしまうことを回避するためのものだろう。
【ルール5】――【ブービートラップ】が分かった方は街の指定場所に設置されている【テレフォンボックス】にて解答して下さい。ただし、解答を行うには本人のものを含む5台の携帯端末からの同意が必要となります。また、ひとつの【テレフォンボックス】につき、解答が可能なのは一度限りです。見事【ブービートラップ】の正体を暴くことができればプレイヤーの勝利。全員が街より解放されます。ただし、間違っていた場合は、解答する本人を含む5台のターミナル所有者が死亡することになります。
駆け足になってしまうのは仕方がないのだが、水落は目を通すというレベルでルールを追っていく。
このルールに関してはゲームの解答のことが書かれているようだ。まず、犯人役である【ブービートラップ】の正体が分かったところで、その場で解答というわけにはいかないようだ。解答するには、あらかじめ用意された【テレフォンボックス】にて解答しなければならない。かつては日本のどこにでもあったが、携帯電話の普及と共に数を極端に減らしてしまった公衆電話ボックスをイメージすればいいのだろうか。
ここで押さえておくべきは、解答を行うには【テレフォンボックス】にて、5台のSGTからの同意が必要になるということ。単純に考えて、その場に5人の人間がいなければ、解答はできないということになる。いくら【ブービートラップ】の正体が分かったとしても、それに命をかけて同意してくれる人が5人必要となるわけだ。
仲間を集めてそれぞれの【固有ヒント】を集めていく。それを元に【ブービートラップ】を推理して、答えが分かったら仲間と連帯責任で解答を行う。流し読みながら、少しずつやるべきことが具体的に見えてきていた。
【ルール6】――暴力行為などは自己責任であり、禁止はされてはおりません。本ゲームはプレイヤー同士が協力をして【ヒント】を集めるという、実に素晴らしいコンセプトの下に行われるものですが、20名もの人間がいれば、争いや対立も起きることでしょう。ゆえに規制はございません。
水落はそこでルールに走らせていた視線を止めた。これは穏やかではないルールである。対立や暴力行為は自己責任であり、何が起きても規制はされない。もし、このルールが成立するのであれば、ゲーム性も色々と変わってくる可能性がある。――この辺りは、参加しているプレイヤーがごく一般的な常識を持つ識者であることを祈るしかない。
残るルールはふたつ。それこそ、第7のルールは、ついさっき水落の身に起きた危機を思い出させるような内容だった。
【ルール7】街の特定の場所には、あらかじめ罠が仕掛けられています。また、罠が仕掛けられているエリアには、必ずマスコット人形である【トラッペ君】があります。もし【トラッペ君】を見つけたら警戒してください。罠にかかってしまった場合【トラッペ君】が助けてくれることもあります。
――罠。
この街のいたるところに罠が仕掛けられている。それは、先ほどのアナウンスでも触れられていたことであるが、いざ文章として改めて眺めてみると、心の奥底から悪寒のようなものが込み上げてきた。
マスコット人形の【トラッペ君】とやらは、あの気味の悪いピエロのマスコット人形のことを指しているのであろう。どうやら、罠が仕掛けられているエリアに【トラッペ君】が設置されているようだ。確かに、水落が【トラッペ君】を見た子ども部屋らしき場所には、両側の壁が迫ってくるというテンプレート的な罠が仕掛けられていた。
考えるに、この【トラッペ君】とやらは、どちらかといえばプレイヤー側の救済措置といえる。あまり悪い見方をしないほうがいい。罠が仕掛けられているエリアに【トラッペ君】が設置されるのであれば、それすなわち【トラッペ君】の存在が確認できないところは罠が仕掛けられていない――安全ということになる。それに万が一にも罠にかかってしまった場合は【トラッペ君】が助けてくれる可能性がある。事実、水落も【トラッペ君】のヒントらしき言葉を受けて、子ども部屋らしきところを脱出することができたのだから。
自然と溜め息が出る。張り詰めたまま
【ルール8】――万が一にも【ブービートラップ】が何かしらの理由で死亡してしまった場合、ゲームは強制的に終了させていただきます。この時点で生存されているプレイヤーの方々は無条件で解放となります。
あぁ、最後の最後にとんでもないルールを持ってきてしまったな――水落は箇条書きにされたルールの並びにさえ悪意を感じた。どこがプレイヤー同士で力を合わせることをコンセプトにしている――なのだろうか。これをルールとして認めてしまったら、まずなにが起きるかなんて、考えなくても分かる。
水落はあえてその先を考えないようにした。考えるだけで頭が痛くなりそうだった。一筋縄ではいかない――このゲームが単純ではないことだけは分かった。
『いかがでしょうか? ルールのほうは一読されたでしょうか? なお、ルールは常にSGTにて確認できるようになっておりますので、必要に応じて読み直すなりしておいてください。なお、各自に与えられた【固有ヒント】はSGTの【ヒント一覧】という画面で確認できますので、あらかじめ確認しておいてください。STGのリモート操作も現時点で解除しましたので』
いつの間にかSGTが使えるようになっていたらしい。水落は慣れた手つきでSGTを操作する。基本的な面は普段使っているスマートフォンを参考としているためか、他人のスマートフォンを借りて使用しているという感覚程度で、操作には苦労しなかった。
言われた通りに【ヒント一覧】というメニューを開く。すると、そこにはずらりと【?】のマークが並ぶ画面が現れた。その画面を指でスライドさせると【?】の列が並ぶ最後のほうに、ようやく普通に読める文章を見つけた。
――ヒント【U】 ブービートラップは女性である。
きっと、これが水落自身に与えられた【固有ヒント】なのであろう。それぞれのプレイヤーには異なる【固有ヒント】が与えられており、それを集めることにより犯人の正体が明らかになる――そのような仕様になっていると思われる。
ちなみに、羅列されたヒント一覧の最下部には『共有する』というアイコンが出ていた。この辺りのことはルールでも説明されていないが――後になれば分かるということなのだろうか。
『それでは、これよりゲームのほうを開始します。みなさまが力を合わせて困難を乗り越えること、わたくし共は心より願っております。では、ご一緒にカウントダウンをお願いします』
水落はショルダーバッグの腕時計に目をやる。時刻は午前11時45分12秒前。時計の針が残り10秒になったと同時にカウントダウンが始まる。
『10、9、8、7、6――』
制限時間は24時間。街に仕掛けられた罠に警戒しつつ、他のプレイヤーとの合流を目指す。これが正当なルートなのであろうが、このゲームのルールには意図的にいくつもの穴が用意されており、その分だけ抜け穴が存在する。そして、プレイヤー全員が真面目に正当ルートを辿るとも限らない。
『2、1、0――。ただいまよりゲーム開始です!』
カウントダウンは終わり、どういうわけだか音楽が流れ始めた。優雅な雰囲気のクラシックなのであろうが、ところどころ音程が外れていて耳がこそばゆかった。
「ふざけやがって――」
水落は空に向かって呟くと、ショルダーバッグを片手に一歩目を踏み出した。そう、長いことになる戦いの第一歩を。
空はどんよりと曇っていた。
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