耳かきから始まる俺の学園ラブコメというのは、やっぱり何かおかしい。

ホタテガイの貝殻

第一章

第1話 出会いは唐突に

「はぁはぁ......やっと見つけた......」

「......?」


 目の前の女子からは怪訝な表情と、おそらくはてなマークが浮かんでいるだろうと思う。


 確かにそんな感じになるのは分かる。ここがもしも異世界で、いや異世界とか関係なしにとてつもないほどの感動的な再会シーンならいざ知らず、俺とこの目の前の女子の初対面はこれが初めてだ。


 しかも、花咲き誇る花園であるならまだしも、いや、妥協案で、これが従来の激しい場所で、日が照っているような状況なら少しは素敵な思い出の1ページにはなるだろう。


 だがここは、そろそろ夜が訪れようとしているような公園で、名も知らない、なんならはぁはぁと息が上がっている男に話しかけられればそうなる。


 いやとりあえずまだ通報はしないで欲しい。別にやましい気持ちなんてほんと、ミジンコレベルにもないから。ほんと。


「何か...用......?」


 ポツリと呟かれたその少し高めの声色に、俺は少しだけ心臓が高鳴った。それは俺が声に敏感というのもあるのだけれど、それ以外にこの目の前の女子、いやもとい美少女があまりにも美少女だったからだ。


 綺麗なブロンドの髪。長い髪の毛は可愛らしく丁寧にハーフツインの髪型に収まっている。ツインテールのようでいて、後ろに髪を流しているせいか、より女の子って感じだ。


 穢れを知らない白い肌に、整った鼻筋に長いまつ毛。それにどこか儚げな薄い緑色の翡翠の瞳。精巧な人形といっても大差ないだろう。


 にこやかに笑えば可愛く、憂いを帯びた表情を向けられれば綺麗だと男は思ってしまう。少なからず俺はそう思う。


「なによ」

「あ、すみません......!」


 あまりの可愛さに惚けてしまってた。そりゃもう一言目よりも、より強い警戒の嵐注意報が目の前の彼女からなっている気がする。


 落ち着け、篠塚遥斗しのずかはると。お前はただ落し物を届けに来ただけなんだ。


 俺は高校指定の鞄の中をまさぐる。毎回思うけど学校とかが勝手に決めたものは、思いのほか使い勝手が悪い。良いのはロッカーぐらいか?


 そしてお目当ての物を見つけた俺は彼女に差し出した。それは白く、ワンポイントに可愛らしい花が咲いているハンカチ。もちろん俺のでは無い。いやおそらく家を探せばあるにはあるだろうが......。


 目の前の美少女は自身の制服のスカートをまさぐった後、俺の手からひったくる様にそれを取った。


「変態」

「いやこれは......」


 おいおい、俺が取ったと勘違いしてないか?そんなどこぞの暗殺の英才教育なんて受けてねぇよ。親父ならもっと上手くやるぜってか。


 俺のHPゲージを気遣う現実逃避はこれまでにしておこう。


 ゆっくりと俺は、事の発端を思い出す。自分でも情けないとは思うが、聞いて欲しい。



 事の発端はつい先程の出来事。俺は何の変哲もない、大多数の高校生と同じように学校生活の一日を終えようとしていた。


 進級して心機一転、胸からぶら下がる紺色のネクタイ。俺が通う翠天下すいてんか高校では学級別でネクタイの色が変わる。


 一年が赤。二年生が紺色で、三年生が黒である。毎回思うけど、意味がわからない。


 なんで進級したら新しいネクタイを買わねばならんのよ。まぁ学校側も色々あるんだろうし、部活での繋がりがある人はお下がりがあるんだろうけど。


 帰宅部の俺には関係の無い話だ。


 話が脱線したが、結局進級してもクラス替えがあるぐらいでいつもと同じような登下校ルートなわけで何も変わることがない。


 いつもの通り大通りを歩いていると、その子は居た。


 話しかけては振られ、話しかけては振られる俺の高校と同じ制服に身を包んだ女の子が。


 何やら忙しなく話しかけては、困った表情、呆れた表情をされたサラリーマンなどに相手にされない様子。


「(変な子)」


 至ってシンプルな考えだ。我ながらもっと色々あるのだろうとツッコミを入れたくなるけども、殊勝な趣味なんて持ち合わせていない。何処にでもいるゲーム、ラノベが大好きな高校生に何を求めるというのか。


 あまりにも不釣り合いなその行動の女の子をなんともなしに見ていたんだけれど、遂に彼女に話しかける人物がいた。


 不審者。


 いや、それは名誉によって言わないでおこう。

 ......うん......やっぱり不審者。


 でっぷりと大きく出た腹に、汗ばんだ体。黒縁眼鏡は、はふはふと湧き出る荒い息で曇ってる。


 そして気持ちの悪い笑みを浮かべながら、彼女に『5万でいいかな?』などと聞いていた。


 うっわ、援交。周りの人間はそう思っただろう。もちろんその中に俺も含まれているけど。


 よもや警察沙汰にまで行くのではないかと、スマホを触った瞬間、男もとい不審者が膝をおった。


 そういうプレイなのだろうかと、一瞬考えたけど、悶えながら白い泡を吹き出す不審者。その先には綺麗なニーソックスが履かれた、それまた美しい脚が宙から地面へと降りていた。


 不意に俺の股間が危険を告げる。あれはやられるのはもちろん、見ている方もやばいのだよ女性諸君。


 周りの女性達は変態を見る面持ちで不審者を見て、男達は自らの股間を抑えながら同情をした面持ちでその場を去っていく。


 俺も例外ではない。非常に心痛な面持ちで、その場を去ろうとした......んだけど。


 怒ったようにその場を去る彼女のスカートのポケットから、落ちるハンカチ。本人は気が付かないままつかつかと、どんどん歩みを進めてしまう。


 これを気にする者はいない。


 それは彼ら彼女らが薄情という事ではなく、他人に対して気にする程の余裕が無い、という現代社会の今ある不変の考えだ。俺も勿論その一人なんだけども......。


 明日このことを友達にでも話そうかと思ったけど、少し考えた後、俺はハンカチを拾うことにした。


 それは彼女が身に付けていたネクタイの色が俺の胸からぶら下がるものと同じ色だったからだ。


 別に恩を売ろうだ、なんて考えてはいなかった。ただ同じ学校の人間、それに同じ学年の女子が困っているのを見過ごした自分が、嫌になってしまっただけだ。


「我ながらなんて身勝手なんだ」


 そう呟いて冒頭に戻る。そんな俺が追いかけた彼女があまりにも可愛すぎて、少しだけ。ほんの少しだけ会話を続けたいと思った。


「見てたよ」

「は、変態?」


 綺麗にバッサリである。おいおい、俺のガラスのメンタル舐めんなよ。


 今のでひび割れかけたわ。おいやめろ、脳内で有名な曲を流すんじゃない。硝子の少年なんて歳じゃねぇよ。


 一応ことのあらすじを話すと、ムスッと黙ったまま、そっぽを向いてしまった。


 それでも一応、ハンカチを届けてくれた俺に感謝の気持ちもあるであろう。彼女は小さく


「ありがと......」


 そう呟いた。


「え、えっとあーゆうこと?あんまし、やんない方がいいんじゃないかな?」

「大きなお世話ですけど」


 ご最もです。


「いや、だって変な男に今後も......」


 一応忠告だけをして帰ろうとした矢先、彼女の小さな桜色のリップから聞きなれない単語のキャッチボールが返ってきた。


「あんた、いい耳してるわね」

「はへ?」


 一応俺の返答である。


 さすがに変な声も出る。いや、普通にびっくりしたんですが。おい、そんな目で俺を見るなばかやろう。だが、まくし立てるように少女はベンチから立つ。


「そうよ、これのお礼に耳かきさせなさい。こんな可愛い女の子に耳かきされるなんて―」

「あ、用事あるんでそれじゃあ」


 俺の本能が告げていた。やばい女だと。グッパイ、俺の青春ラブコメ。ちきしょー少しだけ期待していたのに、こんなのってないぜ。


「ちょっと待ちなさ―」


 いきなりお礼に耳かきさせろとは、なんの冗談なんですか?


 どうせ、『はい、お願いします』なんて答えたら後ろの木々に隠れているであろうクラスメイトに動画を拡散され、明日からは変態耳カキストの称号がこの篠塚遥斗をついてまわるだろう。


 申し訳ないけどそんなの死んでもゴメンだ。ちょっと興味あるとか、良いなとか思ったのは素直に認めますがね?


 俺より小柄な美少女を置いて、少し早く歩きながら俺はその場を後にする。


「見つけたわ......」


 何やら何かを呟いていた気がするが、Bluetoothの遮断性を舐めるでない。俺はお気に入りの音楽をかけながら帰路を急いだ。



 ━━━━━━━━━━━━━━━


 あとがき


 初めましての人は、初めまして。前作からの付き合いの方はお久しぶりです。貝殻です。


 今作は私の完全趣味もりもり侍の自信作ですので、耳かきしながら読んでいってください。

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