第2話第二の俺
キロクと名乗ったヴァンパイアロードに抱えられて古めかしい扉を潜った。
すると俺の体に明確な変化が現れた。
注がれた金色の液体が体を駆け巡り、血液と交ざる。
すると手足が伸び縮みするかのごとく激しく痙攣する。
目はそれで覚める。
体にはトゲが生えたり鱗が出来たりドロドロのヘドロになったり、全うな神経では耐えられないかもしれない千変万化。
そんな激しく変化しているのにキロクはびくともしない。
まだ体の変化は続いている。
俺は心を守るためか、体の変化から意識をそらす。
カツンカツン…
キロクは石畳を歩いているようだ。
『クラブ異世界』は安っぽいフローリングだったから明らかに場所が変わったようだ。
更に足音が反響しているのでなかなか広い空間の様だった。
眼球にも変化が現れた様だ。昆虫の複眼の様に多重に世界が見えたり、そうしたと思ったら今度は暗視スコープの様な曇った視界に。
色々さ迷った挙げ句に人間の視界に戻った。
「さあ、着きましたよお客様」
そういって丁寧にお姫様抱っこから解放される。
「ここに鏡が…いや、今回は映りませんね」
キロクがやれやれとポーズする。
「おめでとう御座います。今回貴方はヴァンパイア♀に変化致しました!」
「!」
♀イコール女…俺男だった筈なんだけど…
手足の感覚が戻ってくる。
すると確認もしたくなる。
まず、胸が出来ていた。
そしてシンボルがあった場所が寂しい…
「鏡が使えないと不便でしょう。私の片眼と画面共有しますか。これもサービスです」
キロクが何か言っている。
いきなり視界の半分に女子が映る。
短めの黒髪に整った目鼻立ち、瞳はグレーで小さな牙が生えていた。
更に自分が着ていた服がボロボロの状態で着せられていた。
「服は変化の途中でトゲやら鱗やら酸を含む液体になってしまったのでボロボロですが…それが今の貴女です」
ブツッと回線が切れる様に視界が戻る。
(今のが俺…)
まさかとは思ったが確かに衣服は乱れてるし体格も華奢になっている。
それにしても…女子に…
「飲ませた黄金の蜂蜜酒には人間をモンスターに変える効果が有ります。今回は初めてだったのでまず私が貴女の血を吸い眷族の条件を満たした状態で飲ませたので…人間に近いヴァンパイアになって貰いました」
「何故女子になっているんだ?」
しかもけっこう可愛い…
「それは分かりませんが…主に心に作用する代物なので。貴女自身女性に思うところが有ったのでしょう」
正直女子に良い感情は持っていない…だがよりによって女子に…
「所でここは何処だ?」
一旦棚上げして状況確認をする。
「ここは我々が制圧した人間の村の教会ですな」
そう言われて見回す。
どことなく西洋ファンタジーに出てくる教会と言われれば納得出来る場所だ。
「今は夕方、まだ日光が差しているので外には出ないように。ヴァンパイアは日光には強く有りません。故に陽光の差さないこの場所に転移したので」
キロクは言う。
「随分優しいんだな」
「なに、眷族に成り立てを守るのは当然のこと…」
ドキン
(ん?ドキン?)
何故かときめく。
先ほどまでは四十代の疲れた中年に見えていたのだが、今は高身長に彫りの深い顔立ち。更に服までいつの間にか変わっていてクラシックな貴族の様な出で立ち…
(これは惚れるかもしれない)
「おっと。貴女の衣服も変えなければ」
キロクはポンと手を打つ。
「教会のシスター服しかここには有りませんが穴だらけよりましでしょう。着替えると宜しい」
そう言って着替えを見ない様に背を向ける。
(紳士か!)
そう思いつつも薄暗い教会を漁って女物の服を見つける。すっぽりとしたこれまたテンプレなシスター服だ。
それに着替える。
「終わったぞ」
「宜しい」
キロクがくるりとこちらを向く。
「丁度日も暮れましたね。目が夜用に切り替わりますよ」
そう言われてからすぐに視界が変化した。
するとキロクが紫のオーラを纏っているのが分かった。
「キロク、あんた何か出てるけど」
「ああ、これは魔力ですね。ヴァンパイアロードですからこれでも。今は人受けしやすい様にチャームを纏っています」
「そのせいか!」
おかしいと思ったんだ。冴えない中年にときめくなんて。しかも俺は男だぞ?いきなり女子になるか!
「もしかして、私にひかれていましたか?」
「…ああ、そうだよ、そのチャームのせいだろう」
「いいえ」
キロクが言う。
「貴女には一時的ですが私の眷族になって貰っているので…助け合える様に好感を持つようになっているのですよ」
「兎に角この好意は偽物なんだな?」
「さあ、どうでしょうね」
キロクがウインクする。
フェロモンが溢れるようだ。
(エロ!)
素直にそう思った。
そんな変な感覚に陥っていると、教会の外に人の気配がする。
ヴァンパイアになって感覚が鋭敏になっている様だ。
「どうやら待ち伏せですか」
キロクが魔力を広げ始める。
「どうです?蜂蜜酒も良いですが血に酔ってみませんか?」
キロクはそう言って教会の入り口に向かう。
バタン!
入り口を開けると、松明を持った武装集団が控えていた。
「ここを根城にしているモンスターだな!」
いかにも勇者と言った格好の若者が抜剣して言う。
回りには兵士や聖職者が控えている。
「光の勇者ワタルが闇を払ってくれる!」
(おいおいテンプレだよ)
キロクの後ろから覗いていた俺は思った。
「私はヴァンパイアロードのキロク。案内人だ」
「案内人!…モンスターを増やす元凶か…皆さん、ここで討ちましょう!」
光の勇者ワタルが言う。
「僕がここを任されたのはヴァンパイア相手だからか…光の加護を張ります!皆さんは時間を稼いでください!」
「勇者様を守れ!」
馬に乗った指揮官らしき騎士が号令を掛ける。
「司祭様達は誓言を!」
兵士が前に出て、聖職者らしき者達は何かを唱え始める。
「このキロク、遊ばせて貰う」
この期に及んでも優雅に石の階段を降りる。
(イケおじ!)
兵士は三十人位居るのに、キロクは優雅さを忘れない。
兵士に一礼する。
「蹂躙させて頂く」
キロクが風の様に駆けた!
そう、まさに風と呼べる早さだ。
「お嬢さん、お名前をまだ聞いてませんでしたね?」
前列の兵士の長槍を片手でへし折りながら俺に言う。
「安田、安田保(やすだたもつ)!」
俺はイケおじと化したキロクの背中に投げ掛ける。
「やすだたもつ、保さん、ヴァンパイアの戦い良くご覧有れ!」
槍をへし折られた兵士は抜剣するがそれより早く兵士の胸当てをキロクの片腕が貫く。
更に力任せにその哀れな兵士を槍衾を作っていた兵士達に投げる。
「ヴァンパイアの一番の売りは『怪力』!」
崩れた槍衾に飛び掛かり兵士の首をねじったり、血を吸ったり、引き裂いたりする。
優雅さの欠片の無い戦い方。
だが作られた優雅さより野性味があって心が躍った。
「光の加護を!」
司祭が誓言を浴びせる。
言葉が衝撃波の様に映った。
キロクは魔力を広げ誓言を耐える。
動きが硬直した。
「銀の剣を受けるが良い!」
馬から降りた騎士が甲冑をならしながら長い剣を記録の肩に食い込ませる。
「保さん、ヴァンパイアは日光と銀に弱い!」
騎士の長い剣がキロクから鮮血を散らさせる。切られながらも解説を続ける。
誓言の硬直が解けたのかすぐに剣をはね除ける。
だが肩の傷からはしゅうしゅうと魔力が漏れている。
「キロク!」
初めて恋人を呼ぶように名前を呼ぶ。
「光よ、闇を照らせ!」
勇者ワタルが抜剣した剣を掲げる。すると抜剣した剣が朝日の様に輝いた。
「勇者様の準備が整ったぞ、畳み掛けろ!」
騎士が号令を掛けると残った兵士が光で硬直したキロクに槍衾を突き立てる。
ずぶりと複数の槍がキロクを貫く。
そして槍を立てられて体が浮いた。
「保、来た道を戻りなさい」
キロクは言う。
「キロクを置いていくなんて!」
この頃にはもう心は熱愛に傾いていた。
「では眷族に命じる。来た道を戻りなさい。扉を潜れ」
ぶつんと意識が途切れる。
最後に見た光景は槍で貼り付けにされたキロクの姿……
気が付くと古めかしい扉を背にしながら、安っぽいフローリングの部屋に座り込んで泣いていた…
ただただ悲しかった。比翼連理の恋人を失った気分…
「初恋が死別ってヘビーすぎだろ…」
「いやいや無事で何より」
「!?」
声が聞こえた。背にした扉の向こうから。
「保さん、ヴァンパイアはしぶといんです」
慌てて立ち上がり扉を開ける。
そこには黒い犬がちょこんと座っていた。
「いやはや、人形を維持する魔力を奪われてしまいましてね。今はブラックドックの姿が限界で…」
黒い犬がキロクの声をだす。
俺は硬直した。
「どうしました?保さん?」
「ごめん」
「はい?」
「俺犬アレルギーなんだ」
こうして俺の初恋は終わった。
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