姉の回想 1

 ――ちりん。


 あの子の笑った顔を見てみたい。ずっと、そう思っていた。


 ……小さい頃のわたしは、いつもあの子の姿を探していたように思う。

 思い出の中にその子が現れるのは、決まって夕焼け色に染まった夏空の風景の中で。 

 例えば、涼やかな夕風が昼間の暑気を一拭いした、夏草色の瑞々しい薄の若穂の繁る黄昏の小道で。

 または、茜色の帯を波打たせた夕涼みの小川の淵で、心地よいせせらぎを聴きながら浅瀬に足を浸し、ふと見上げた堤の向こうに。

 あの子を見つけると、いつも決まって涼しい西風がわたしの背中で髪を揺らし、母が持たせてくれたお守り袋の鈴を鳴らすのだった。

 たくさんの友達に囲まれながら、あの子はこちらに向かって歩いてくる。夕暮れだから、きっと遊び疲れた帰り道の光景なのだろう。

 やがて、彼らも遠くの向こうにわたしを見つける。不思議そうな顔をしてこちらを見つめる子供たちに微笑みかけると、あの子も、友達たちも皆恥ずかしそうに俯いてしまう。

 声を掛けようと、あの子達の方へ一歩前に足を踏み出した途端、急にふわりと目の前が真っ白に染まって――


 ……わたしの回想は、いつもそこで途切れてしまう。


 今でも、わたしは願う。

 あの子の、笑った顔を――度でいいから、見てみたいな。

 

 ――ちりん。


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