第1章 8

 家の中でも、外の世界においても、意図してみると、姉の姿は見つからない。

 不意に向こうから現れた時でさえ、どんなに気をつけて見張っていても、目を離した途端、ふいと姉の姿は消えてしまう。

 僕を含め皆が惚けている間に、姉の姿は何処となく消失しているのだった。

 姉の行方を探すことが、その日の遊びになったこともあった。僕が言い出したことではなく、僕の挙動に気づいた遊び仲間の一人――例の喇叭吹きの少年が皆を扇動したのだった。僕は理由もわからず、この痩せて小ずるい蓄膿症の友人を殺したく思った。

 ちなみに彼奴は、それから少し後に、姉の湯浴みを覗こうとして我が家の風呂場の裏に潜んでいるところを、たまたま通りかかった奉公人たちに取り押さえられるという騒動を起こした。

 普通ならばませた子供がひと様の風呂を覗いたくらいで目くじらを立てるようなことは、こんな明け透けな村ではそうそうあることではないが、今回の場合覗こうとした相手が悪かった。

 その日のうちに彼奴の父親が、頭にタンコブをこさえてベソをかいた倅を連れて謝りに訪れた。わざわざ謝罪に来た彼らに僕の父たちはかえって恐縮の態だったが、親爺に小突かれメソメソ泣きながら僕を睨む彼奴を見ているうちに何やら抑え難い怒りと憎しみがムラムラと込上がってきた。もし、この場に彼奴と二人きりであったならば、すぐに祖父の部屋の床の間に置かれている、領主様から苗字と一緒に賜ったという先祖伝来の刀を押取り、この出歯亀野郎を叩っ斬っていたに違いない。彼奴とは、その後も僕が村を出るまで結局一度も口を聞かないままだった。


 ……そんな姉の行方に振り回される日々を送る中で、未だに不思議に思うことがあった。

 日常の中で不意に視界の端をよぎるお姉さまと、あの夕暮れの川辺で怪しく笑いながら僕に精通を催させたお姉さま。

 まるで同一人物と思えないほど、様子が違うように思うのだ。


(――僕が今探しているのは、果たしてどちらのお姉さまなのだろう?)


 

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