白狼が燃えた森

鳴杞ハグラ

第1話

 かれこれ半日は経ったのだろうか。否、まだ三千ほどの秒を読んだだけかもしれない。

 かつて緑鹿(りょっか)という種族が暮らしていた旧市街地に入った辺りから霧に覆われ、視界は疎か、光さえも遮られている。故に、今が真昼なのか、はたまた夕刻を迎えようとしているのか、実に曖昧だ。彼――ソライは、緑鹿が古より家畜として飼っていた栗毛の鹿が引く鹿車と呼ばれる乗り物から、ぼんやり景色を眺めていた。彼もまた、緑鹿の出身だった。

小さな窓の外は濃霧のため視界が悪く、幻影にすら思えてくる。さらに一貫して凍てつくような、締め切ったはずの鹿車の戸から入り込む隙間風は彼の思考を低迷させた挙句、時が止まってしまったなどと錯覚を起こさせる始末。

 反して、時折鹿車の薄い窓ガラスを通して霧から垣間見える、石レンガの瓦礫や一部残った建造物の壁は、彼の茫漠としていた惨劇の記憶を凄まじい熱風の音とともに蘇らせて来るのだ。

 もう何度同じ出来事を辿ったことだろう。変わり果てた街並みを再確認するごとに、脳裏に宿る映像はより鮮明に駆け巡る。

 ソライは冷え切った頭を抱え、発狂寸前の精神を振り切るがごとく首を振った。

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