天鏡 -うつしみる道程 -
零
第1話
(熱が……癒えぬ)
それは、体温の事なのか、心の熱か、あるいは。
彼は次第に弱くなる息の下でそんな事を思っていた。薄く開いた視界に居並ぶ親族の姿が見える。薬師と思しき者もいる。
いつからそうしているのか、既にわからなかった。人も入れ替わり立ち代わりなのだろう。臥せってからかなりの時が過ぎているはずだった。
誰かが彼の状態を起こし、何かを口に含ませた。飲み下す力も、最早ほとんど残ってはいない。それでもどうにか、少しばかりを飲み込んだ。むっと、草の匂いが鼻を突いた。恐らくは薬湯であろうと思った。
再び寝かせられた床の中で、遠くに聞こえる祈祷の声が耳に入った。自分を何とかこの世に留めようと、周りの人間が必死になっているのが分かる。病を退け、元のように一族の長として働けるようになる事を望んでいる。
それは、各々の利権のためであるかもしれない。しかし、何を胸の内にひそめて居ようとも、今、彼の快癒を望んでいる事は間違いなく事実なのだ。
(それで、良い)
彼は心の中で思った。
それだけの権力を得たのだ。自分の生死が多くの人間の人生に大きく影響するような、その立場に居られる力を。それを得るために多くの犠牲を払い、弛まぬ努力を続けた。その結果だ。
(なればこそ……死ねぬ)
彼は何とか体に力を入れようとした。
(死ねぬ、死ねぬ、死ねぬ!)
心の中で強く、己の意志を奮起させる。
(まだ、死ねぬ。おのれ、奴ら、我らを滅そうとするか……)
彼はかっと目を見開いた。今際の際にあって、どこにそんな力があったのか。皮肉にも、その力を起こさせたのは、彼に敵対していた者達だった。
(儂が亡うなったら、どうなるのじゃ。残された者どもはどうする)
既にはっきりとは像を結ばない視界を、出来うる限り巡らせた。
(どうもならん。儂が……儂が生きねば、儂は、生きねばならんのじゃ)
彼は仄かに明るく見える何かの光に、大きく手を掲げて伸ばした、つもりだった。しかしそれは、彼の指をわずかに動かしたに過ぎなかった。
(何故じゃ)
生きたいと願う彼の意志に反して、体は既に死に至る備えを始めていた。運命に従い、天命に従い、彼の魂を肉体より解放しようとしている。
(儂は……まだ……)
息がますますか細くなり、そして。
ひゅっと最期の息が鳴った。
そして、辺りは暗闇に包まれた。
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