第14話 騎士の選定はアンナ任せ。

 10組目の模擬戦までしっかりと見学してから(させられて)、月の宮まで戻った(戻る事を許して貰えた)。


 さり気に本音が漏れるのは、許して頂きたい。

 筋肉と筋肉の戦いに血肉湧き踊る興奮をしていたのは、前半までだった。

 刃先を潰してるとはいえ、実践を想定している模擬戦は緊張感で鍛錬場には、濃厚で濃密な魔力が溢れていた。

 魔法を使用しての戦いではないが、騎士の体内にも魔力はある。

 その魔力が興奮によって沸々と沸騰して漏れ出すのか、魔力酔いこそしないが、息苦しさを感じ始めると、血肉湧き踊る気持ちは何故かスンと冷めたのだった。


 そんなスンと冷めた私の気持ちは、7組目辺りから駄々漏れていたらしく、帰りたいオーラはバッチリとアンナにはバレていたようで――――


「姫様、“行きたい!”とアレだけ仰っていたのにも関わらず、まだ八組目すら始まっていない中で、“帰りたい”だなんて…

 思ってらっしゃらないですよね?

 模擬戦ではありますが、実戦を想定しての激しい戦いです。

 それは、姫様の護衛騎士としての大事な選定も兼ねていると騎士達は理解しているからですからね? 自分こそはと頑張る騎士達の気持ちを慮る事なく、

 ただ疲れたから帰りたい等と仰られるなら、私にも考えがありますよ。

(月の宮から出さない日々になりますよ)」


 冷酷な修羅と化したアンナが居た。

 アンナコワイ。


 勿論、その発言に言い訳を述べる事なく、素直にコクッコクッと頷き、

 しっかりと十組の手合せを真剣な眼差しで観戦した事は言うまでもない。

 


 宮へ無事に到着し、アンナの機嫌を伺いながらも、そっとお気に入りのソファへと腰を降ろす。


 ふと、あのアンナの修羅化した笑顔を思い出し、ぶるっと震えたクラウディア。

 それを見て心配するアンナ。


「春先とはいえ、長い時間鍛錬場に居ましたものね。すぐ温かい物を用意させますね。」


 モニカに温かい物を用意する様に言付け、私の肩に淡いラベンダー色のショールをかけた。


 暫くするとモニカが温かい飲み物を持って戻ってきた。



「お熱いのでお気を付け下さい。」


 ぐったりとした風のクラウディアを気遣うように見遣ると、優しく声をかけてくれるモニカ。


 ソファの横に備え付けてある、花を模したテーブルにそっと置いてくれた。


 カップを持ち上げ中身を覗くと、白くて優しい口当たりの飲み物が早く飲んでとゆらゆらと揺れる。

 何故か懐かしさを覚える甘くて優しい香りを、くんくんと嗅いだ。

 掛けてくれた言葉を守り、熱さに気を付けながら、少しだけ口につける。


(あ、ホットミルク!好きなんだよね、甘くて美味しいから。モニカ優しい、ホットミルク美味しい…でも、ホットミルクって伝えてくれたのはアンナだよね。

 アンナ、何だかんだいつも優しい…)


 大切にされてる事に気付き、思わず頬を緩ませると、ふーふーと息を吹きかけながら、もう一口コクっと飲む。


 はぁぁ…何か幸せ。



「飲み終えたら、昼食まで少しお休み下さい。騎士団の鍛錬上に行けるくらい元気になられたとはいえ、油断は出来ませんからね。」


 十組もしっかり観るよう修羅ってたのに、油断できないとはコレ如何に。と、思わなくもないが、ソレはソレ、コレはコレなのだろう。


 アンナはクラウディアの額にそっと手を当て熱の確認を済ませると、優しく頭を撫でた。



「うん。少し寝るね」

 優しい手付きに目を細めながら気持ちよさそうにするクラウディア。


 その愛らしい姫の姿に悶える3人娘。

『何て尊いお姿でしょう!愛らしさしかないですわ!』

 アンナの洗脳教育は進んでいるようである。



「お休みになられる前に、ひとつ伺っておきたいのですが…

 姫様が気になられた騎士はいらっしゃいましたか?」


 護衛としての能力は一番重視しているが、長い時間護衛される時もあるだろうし、能力ばかりでは無く姫様のお気に入りの騎士も入れておきたいところ。

 十人選抜したとして、二人程度なら姫様の意見を優先出来る。

 ジッとクラウディアを見つめながら、アンナは答えを待つ。


 クラウディアを思ってのアンナの気持ちであったが、大きく肩すかしをくらう事になる。


「うーん……? 気になった騎士様………?

 多分、10組目の二人の騎士様達かなぁ? 強かったよね…?

 えーっと…何て名だったかは聞いた筈だけど、あの…忘れてしまいました。

 ごめんなさい、アンナ」


 三人娘が室内にいなければ、アンナは膝から崩れ落ちる場面である。


(姫様……?)

 修羅が出そうで出ない、出してはいけない。

 一日一度、修羅の顔。とアンナは内心で呪文のように己へと言い訊かせた。


 キリッとした顔を保つアンナ。

 姫様はまだ幼いのだから、忘れる事もあるだろう。

 利発なようでいて、ちょっと抜けてる所がある。

 端々に「真面目に観てましたか?」と疑問に感じるが、説教をする程のことでもないのだ…と思う事にした。


「ご心配には及びません。私が全て把握しております。

 名前も能力も得意な戦い方まで網羅しておりますので、ご安心を。

 姫様が気になる騎士は、10組目の二人ですね。

 あの二人は近衛騎士団の中でもトップレベルの実力者です。

 特に燃えるような髪色の騎士の実力は折り紙付きです。

 姫様はいい目をしてらっしゃる。

 ―――他に気になる方は…?」


「(ええ!?他に!?えーっと…)確か、オーガスト様とカーティス様? だったと思います。」


「モニカとバーバラが話していた騎士ですね。姫様はどうなのですか?」


 ――――えっ、どうって…イケメンって思ってますけど…


「モニカ達に年齡も近いので、私も緊張しないかな…と、思いまして…」


 アンナの探る様な瞳が気になり、ついつい敬語を混ぜつつたどたどしい言葉になる。


「若さ故の経験不足は、他の古参騎士で補う事として…

 承知しました。

 他に居なければ、私とカルヴィン様で全て決めてしまっても宜しいですか?」


「うん、それは勿論。アンナは信頼してるし、カルヴィンさんは副隊長だからね。任せます。」


「カルヴィン様は、副団長ですが。」

 アンナにさり気に突っ込まれた。


「あ、ああ! 副隊長と副団長だと違うのかな? 違うよね…、ごめんなさい。カルヴィンさんの前じゃなくてよかった。」


「団のトップの副と、一個隊の副の差になりますが。

 次から気を付けて下さいね。カルヴィン様凹みそうですから。」


「はい…」

 シュンとしてしまった。


 アンナとカルヴィンさんが決めてくれる事に否やはない。

 私には決められそうにないからだ。

 本当のところ――皆それぞれイケメンで決められないとは言えない。


「十名を選抜し決定しましたら、姫様に面通しの為に月の宮に集めます。

 また後ほど詳しくお話ししますね。」


「はい。頼みます。」


 アンナの話し方につられる様に真面目に応答していたクラウディア。

 いつもと違うフワッとした違和感に気付き、ハッ!となる。



 ――――今頃気付いたんだけど、アンナの言葉使いが甘やかす感じが少し抜けて…

 主従関係みたいになってるぅぅ


 アンナの中では、母を亡くすという辛い経験から姫としての自覚を持ち、

 幼いながらにも一生懸命成長しようとしている健気な幼子の認識である。


 頑張っているクラウディアに幼い子扱いだけではなく、選定の様な皇族としての大切な場面では、それに相応しい言葉をかけるようにしていた。

 幼いながらもクラウディアは皇族なのだから。


 クラウディアが時々頭の弱い子風な辿々しい話し方をしている時は、皇族としてのストレスを感じ“気まぐれに奇行に走られる姫様”と、皆、生ぬるい視線で見守っているのだ。


 クラウディアの中では“5才児な私の演出”だったのだけれど。

 一貫して通してなければ、奇行と映るのは致し方ないかもしれない。


 おまけに、クラウディアは気付いてないかもしれないが、その話し方の時のクラウディアは、わざと子供っぽく見せようと演技しようとして、気付いたら変顔になっているのだ…。

 顔を見るだけでバレバレである。


 ここまでペラペラと喋っておいて、今更に「何で難しい言葉使ってるの?クラウディアわかんない」も出来ない感じである。


 今までの無駄な努力が脳裏をかすめる。


 ―――それでも、都合の悪い所は5才児のワガママで通そう…。

 


 …まだ使えるよね!?


 幼児期だけにしか使用出来ない必殺技の消失の有無が心配でしかめっ面になった。


 色々なところが、今更感いっぱいの残念なクラウディアなのだった。

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