#02 やる前から
「死ねや」
いやいや、霊相手に死ねやとは……。
トホホ。
それでも分かった事がある。これこそイタコと。つまり、イタコという少女は、こういった感じで人間と霊を区別する事なく、自然に友達と戯れるように付き合うのであろう。そして不満を楽しさで打ち消して成仏へと導いてゆく。そう思える。
そんなイタコを窓の外からじっと見つめている一つの霊が在る。
霊からは、何かしら切迫した感じを受け、目だと思われる部分には真剣さが篭る。
霊が、つぶやく。
「ピアを知るもの」
イタコ殿。うむ。
「ピアを知らず識らずにでも理解するイタコ殿に、どうか、お願い申し上げまする」
「むにゅむにゅ。だからさ。もう飲めないっちゅうの」
「どうか、愚かなる奴にピアを教えてやって欲しいのです。思い知らせてやって欲しい。お願い致します。イタコ殿ならば聞き届けてくれると信じておりますゆえ」
…――ワシは、そう信じております。
途端、赤く発光して、朝焼けで赤くなった八月の空へと溶け込んでゆく件の霊。のち眠る胸が平野な残念少女を、まばゆい光りが包み込む。彼女の右目が一瞬歪んで右眉尻が微かに上がる。しかし少女は起きる事がない。安らかに眠り続ける。
寝息も平穏で、むしろ先ほどよりも良い眠りに落ちていったようにさえも見える。
「むにゅむにゅ、どこ行ったのさ? ロリコン、おっぱい星人?」
拳に纏っていた碧い炎が、霧散する。
「おろおろ、へ?」
……イタコは今まで見ていた夢を強制終了させられて新たな夢を魅せられていた。
それは件の真剣な霊の仕業であった。
「ここは、どこだべしゃ。さっきまで、あたしの部屋で酔っぱらい相手に三分十二ラウンドの世界戦を戦っていたのに。なんか、暗いッス。真っ暗。どこだわさ?」
夢の中のイタコは辺りを見回し、そのあと不意打ちに備えファイティングポーズ。
「どっからでもかかってこいやッ! よっぱらいなロリコン、おっぱい星人ッ!?」
どうやら彼女はまだサラリーマンとの世界タイトルマッチ戦を戦っているようだ。
しかし場は一転しており、とても暗い雰囲気になる。
「嗚呼、終わりだ」
うん?
イタコは、悲嘆に暮れる沈む声を聞いて眉が揺れる。
「もう、あいつに喰われるだけだ。喰われたら天国になんて逝けやしない。多分、あいつの一部として存在し続ける。きっと、ずっとずっと苦しむ。死ぬよりも辛い」
ファイティングポーズを解くイタコ。
どうやら声を聞き、彼女特有の困ったものを助けるという性分が、むくむくと胸中に湧き上がってきたようだ。そうして目を閉じてから八重歯も口の中へとしまう。そして両耳へと両手を持っていき、手のひらを拡げる。耳を澄まして声を聞く。
先ほどの声と、また別の声を捉える。
「あいつに敵うヤツなんていない。僕らは、唯唯、あいつに喰われるのを待つだけ。頑張ったって無駄。結果はやる前から分かってる。ちっぽけな存在だから……」
閉じた目が微かに上下して痙攣する。
どんなに頑張ったって敵わないって?
ちっぽけな存在だからて諦めるって?
ふざけんなよッ!
声の質から霊だとは分かっていたが、敢えて、彼らを霊だと決めつけてから話す。
「多分、あんたら霊でしょ。誰だが知らないけど、やる前から諦めるって、そりゃなんさ。あたしの生き方の真逆。やる前から頑張らないってアホちゃうかッ!!」
……諦めるのは、やってからだわさ。
イタコは、叫ぶ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます