第35話 sideシン 8


 確かに『ファウスト王国』って和風だけど、妖魔も和風なんだ?

 いや、たまたまかもしれないけど。

 っていうか、このがしゃどくろ、今「妖霊神のところへは行かせない」って言ったよな?

 つまりこのがしゃどくろが妖霊神ってわけじゃないんだ?

 神符が燃やされたってことは、今の俺よりも強いってことかな?

 参ったなー、武器も持ってきてないから戦って弱体化させることもできない。


『カラ カラ カラ カラ ……』


 骨の音。

 頭蓋の部分が回ったり、鎖に当たったりいろんな音が聞こえる。

 赤く光る目がこちらを睨む。

 どうしよう、一度退きたい。

 多分俺ではこいつに勝てない。

 コニーを助けたいけど、俺がコイツに食われたらコイツが強くなる。

 妖霊神の力も増してろくなことにならない。

 でもここから『ファウスト王国』までどうやって戻ればいいんだろう?


『勝てない敵と判断したら逃げなさい。特に妖魔相手だと君は絶好の“餌”だ』


 ミゲルさんにはそう言われてる。

 でも、逃げられない。

 逃げられない場合は——。


『逃げられない場合はこれを使いなさい』


 あ……そうだ。

 思い出して、懐からミゲルさんにもらったを取り出す。


「火炎!」


 ボッと、護符袋が燃える。

 それを投げ捨てると、がしゃどくろは首を傾げた。

 だよね、意味わからないよね。

 でもこれがミゲルさんから聞いた使い方なんだ。


「やれやれ」


 床に投げた燃え盛る護符袋。

 炎が青く変わっていくと、その炎が人の形に変わっていく。

 扇子をパチンと閉じて、俺の前に現れたのはミゲルさん。

 あの護符は燃やして消費することでミゲルさんをその場に召喚する『召喚符』という。

 もったいないけど仕方ないよね。


「…………ここは、妖魔の国、か。こんなところにいたのか君」

「すみません、招かれてしまって」

「いいよ。冷静に判断していい子だね」


 よ、妖艶って、こういう人を言うんだろうな。


「! ……コニッシュの血の匂いがする」

「え!」

「あの髑髏の妖魔の後ろだ。……そうか、君はコニッシュを探しにきたんだな?」

「は、はい! いるんですね、やっぱり」

「いるね。……さて、これは困ったな。雑魚の妖魔はともかく、あの規模の妖魔を倒して妖霊神のところまで行くのは——」

「雑魚の妖魔なら俺が封じます。あのがしゃどくろを弱らせてくれませんか? 俺が封じるので!」

「え、マジでやる気?」

「はい!」

「マジか」


 退こうと思ってたんだろう。

 まあ、当たり前だ。

 でも、俺はコニーを取り戻したい。

 コニーの『追跡符』は黒に近い色になっている。

 俺が取り出したその『追跡符』の矢印の色を見て、ミゲルさんは嘲笑を浮かべた。


「……参ったね……」

「お願いします。無茶言ってるのは、わかってる。でも!」

「妖霊神は無理だ。さすがに俺と君二人でなんとかなる相手じゃないだろう。正直あの髑髏の妖魔も……」

「わかってます! でもコニーを一人にして戻れない!」

「…………」


 ミゲルさんはもう一度扇子を開く。

 薄寒い風が足下を通り過ぎて、ミゲルさんの着物をはためかす。

 少しの間——。


「おそらくあの髑髏の妖魔はこちらが近づかなければ襲ってこない」

「!」

「あの巨体だ、妖霊神の“壁”なんだろう。あれを剥ぐと丸裸になる、ということなのかな?」

「……っ」


 じゃあ、やっぱりコニーは妖霊神に……!

 早く助けないと、姉の物語通り死んでしまうかもしれない。

 コニッシュ・スウ——姉の物語で彼女は【魅了の魔眼】で人々を誑かし、主人公に【魅了の魔眼】を無効化され、婚約者に婚約破棄され、妹や家族から国外追放される。

 彼女は魔族の国にたどりつくが、馴染むことができず最後は妖霊神に呪いの収集の器とされ、孤独と孤立で人の国、魔族の国、双方に災いをもたらす。

 でも、彼女は……本当はそんな人じゃない。

 そんなことしたい人じゃない。

 そんなことするくらいなら、死を選ぶような人だ。

 ……だから助けたい。


「コニッシュには闇の聖霊神召喚を頼もうと思っていたんだ」

「え」

「聖霊神に直接加護を与えられた『神子』は聖霊神の召喚ができる。コニッシュは我が国では三百年ぶりの『神子』。こちらとしても取り戻したい」

「!」

「だから、使えるものは全部使おう」

「え?」


 扇子を閉じて、頭の上に。

 その奥義で舞うように魔法陣を宙へ描き上げる。


「ぎゃっ!」

「えっ!」


 その魔法陣から出てきたのは『ヒカリ』だ。

 正確には姉の書いた物語の主人公『ヒカリ』を名乗る不審者。

 本名は名乗ってた気がするけど忘れた。


「え! え!? な、ななななにここ、なに!?」

「ヒカリ様、突然申し訳ない。しかし緊急事態だったのです」

「あ、ミゲル様!」


 ニコッと笑ったミゲルさんが、彼女の側へ歩み寄り手を差し出す。

 その手を頬を染めて取る『ヒカリ』。

 あれ、なんだろう?

 俺の背筋は薄寒いものが駆け上がっていったぞ。

 あれ、おかしいな。

 ミゲルさんあんな笑顔が胡散臭かっただろうか?


「あれを」

「あれ? ……ひええっ! な、なんですかあの怪物!」

「妖魔です。しかも妖霊神に次ぐ強力な。あの奥にコニッシュが捕らえられているらしい」

「え……! な、なんで……」

「おそらく彼女の持つ『闇の聖霊神の加護』が狙われたのでしょう。このままでは人間の国も我が国も危険。それになによりコニッシュ……あなたの親友の! 姉君が! 危険です」


 わあ、かなり強めに強調した〜。


「ヒカリ様ならば“親友”の姉君を放ってなとおきませんよね? 優しいあなたなら……」

「え、えー? そ、そんなもちろん、当たり前じゃないですかー!」


 えー……めっちゃ見捨てるつもりだったじゃないかー……。

 前科もあるし〜。


「協力してください。あなたの協力があれば、コニッシュを助けられる」

「え、つまり、共闘ですか!? え、やだ、どうしよう、こんな展開ストーリーにはなかったのに。でもミゲル様と共闘だなんてこれはいよいよ私が主人公としてこの世界に馴染んだってことなのかしら……? それに戦うミゲル様を間近で見るなんて、こんな機会もうないかも」


 長いし大きな独り言だな。

 ミゲルさん心なしか口元が引き攣ってる。


「ヒカリ様?」

「はい! もちろんお手伝いします!」


 チョロインっていうんだっけ、ああいうの。


「ありがとうございます。では——」


 ミゲルさんが俺の方を見る。

 がしゃどくろを弱体化させるのは、ミゲルさんとあの『ヒカリ』に任せて大丈夫そう。

 俺はあいつを封印できる、強力な神符を作るのに集中する。


「援護お願いします、ヒカリ様。頼りにさせていただきますよ」

「はい! お任せください!」

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