もしも五分後の未来が見えたなら

荒巻 如才

もしも五分後の未来が見えたなら

「もしも五分後の未来が見えたなら? なにそれ?」

大して興味無さそうに聞き返したのは佐奈(さな)だった。

「だからさ、今流行ってるんだって。ネットでも中高生の間で話題になっててさ。もしも五分後の未来が見えたなら、あなたは何を見ますか? って質問に対して、自分の見たいものを発表するの」

私は佐奈に薄い反応をされてもめげることなく、懇切丁寧にもう一度説明した。

「ふーん。相変わらず皆子供っぽいことでキャッキャしてんのね」

佐奈はぶっきらぼうに言い放つ。彼女はいつも他の女生徒が夢中になることに対して、興味無さそうに一歩引いた感想を述べる。達観しているというか大人びているというか。とにかく、私を含めた多くの女性徒のことを子供っぽいと言ってはばからない。

私から見れば、大人びようと背伸びしている佐奈のその行為も、子供っぽいと思えるのだけれど。

「でもさ、佐奈だったら何を見たいと思う?」佐奈のことをよく知っている私は、彼女のぶっきらぼうな態度に構うことなく話を続ける。大人ぶっていても、結局はこういった話題に乗ってくるのだ。

「うーん。そうね。やっぱあれでしょ。競馬! それか競艇もしくは株! やったことないからルールわかんないけど、五分後の未来が見えたら絶対勝てるでしょ? それで大儲けしたい」

佐奈はしたり顔を浮かべる。本当に現金な娘だ。まぁそういう飾らないところが好きで友達でいるんだけど。

「なによぉ。その顔は」

私が苦笑いを抑えきらなかったため。口を尖らせて詰め寄る佐奈。

「だってそれじゃ、いくら何でも現金主義的で華がないじゃん。もっと夢とかロマンが溢(あふ)れるものを見てみたいと思わないの?」

「じゃあ、あんたはどうなのよ?」

「え? あたし?」

「そうよ。私に聞くだけじゃ不公平でしょ。どうせ私は現実主義者ですからね。あんただったらなにを見るのよ? 夢とロマンが溢(あふ)れる景色ってのを教えてもらいましょうか」

「えっと、その。私は、うーん。わかんない」

「なによそれ、ずるいじゃん」

佐奈は口を尖らせて不満顔になった。私は平身低頭、謝ってお茶を濁した。幸いなことに、佐奈はそれ以上追及しようとはしなかった。しつこく追及することは、彼女にとっては「子供っぽい」ことなのだ。今回は「子供らしく大人びた」佐奈の性格に救われた。

本当は私にも考えがある。でも、それはあまり言いたくなかった。なぜならちょっと格好悪いから。


もしも五分後の未来が見えたなら、私は好きな人に告白した瞬間の未来が見たいと思っている。


もし告白が成功しているなら、安心して告白できるし、もし失敗していたなら、告白するのを辞めればいい。恋が成就しないという悲しく辛い現実は変わらないが、告白しない分、悲しみや辛さは半分になるだろう。


それが、臆病で不格好で情けない私の願い。


さっきは佐奈のことをバカにしちゃったけど、自分の信念や主義に一切恥じることのない佐奈の方が、とっても立派だ。


私は意気地なしで卑怯者。こんなんじゃ、きっと好きな人に告白しても振られてしまうに決まってる。

私の好きな人は、クラスメイトの山下君だ。山下君は運動神経が良くって、サッカー部では二年生ながらレギュラーとして活躍している。チームのエースってわけじゃないけど、ムードメーカーといった感じで、チームを盛り上げてもいる。私も何度か練習試合を見学に行ったことがある。

とっても明るくて、とっても笑顔が素敵な人。

この間の文化祭では、クラスの出し物である喫茶店で、マスコット係に立候補し、水着一枚になった上に、全身に絵の具で奇抜な装飾を施して、訪れた人を大いに笑わせた。

そして、その恰好のまま校内を練り歩き、後で先生にこっぴどく叱られた話は、三日ほど、学校の全ての話題の中心だった。元気が良くって、行動力があって、勇気がある。

ヘタレの私とは真逆だ。

そういえば、佐奈も私とは真逆の性格だ。私は、正反対の性格の人間が好きなのかもしれない。

山下君はどうなんだろう。やっぱり山下君は、彼と同じような性格の子が好きなのだろうか。明るくて、よく話して、よく笑う女の子。私のような地味な女の子じゃ。山下君とは釣り合わないかもしれない。そう思うと、とても告白なんかできない。


あー。五分後の未来が見えたらいいのに。


「あれ? 綾乃ちゃん、サボり?」

「ふぇっ⁉」

私は、突然の声に驚いて間抜けな声を出してしまった。さらに驚いたのは、声の主が山下君だったことだ。

山下君は誰とでも屈託なく話すから、私に話しかけてくれるのは意外なことではない。でも、ちょうど山下君のことを考えているときに話しかけられたので、私の心臓の鼓動は早鐘のように高鳴りだした。

でも、なんで急にサボりだなんて言うんだろう。私は緊張と不思議な思いとで、返答できないでいた。

「どうしたの? 次、化学だから移動教室だよ? 気分でも悪いの?」

キョトンとしている私を心配して、山下君は私の顔を覗き込むように腰を曲げた。

「うわっ! 移動教室⁉ しまった、忘れてた」

私は恥ずかしさと驚きで、椅子が後ろに吹き飛びそうな勢いで立ち上がってしまった。その大きな音で、山下君はびっくりしてしまったようだ。

「綾乃ちゃん、意外とパワーあるね」山下君は、おどけながらいった。

私の顔は、リンゴも青く見えるくらい赤くなっているに違いない。

もう! 佐奈の奴、移動教室なのに、なんで私を誘ってくれなかったのよ。私は心の中で悪態をついていた。ボーっとしていた私が悪いのだけれど。

「その。うっかりしてて。でも、なんで山下君もここにいるの?」私は恥ずかしさを紛らわすために質問した。

「うっかりだなんて、綾乃ちゃんて意外とおっちょこちょいなんだね。俺は、教科書忘れたから取りに戻っただけ」

「山下君もおっちょこちょいじゃん」私は反射的にツッコミを入れてしまった。

「確かに。なかなか鋭い突っ込みするね」山下君は満面の笑みで言った。

「あ、っていうか、これ、遅刻じゃない?」私は山下君の眩しい笑顔を直視できず、腕時計に視線を逸らしながら言った。

「あ、ほんとだ。もうこれ走っても絶対に間に合わないパターンだ。ま、いいか。化学の橋本先生は優しいしね。のんびり重役出勤と行きますか」山下君は遅刻という深刻な事態を前にしても、取り乱すことなく平然としていた。普段の私は、遅刻なんて不名誉極まりない事だと思っていたが、山下君と一緒になら遅刻も大歓迎だ。

私の心は、いそいそ、わくわく、そわそわ、うきうきしていた。理科室までは約五分。一緒にいられる時間は短いが、その距離は身近だ。

私は、なにか話さなきゃと思うものの、いざ意識し始めると口が動かなかった。しかし、山下君はおしゃべりが得意なので、私は相槌(あいづち)を打つだけでよかった。

「そういえば綾乃ちゃん聞いた? もしも五分後の未来が見えたなら、あなたは何を見ますか?って話」その時、山下君が例の話を始めた。

「あ、うん。さっきも佐奈とその話してたの。佐奈ったらさ、競馬の結果を見て大勝ちしたいんだって。高校生とは思えない発想で思わず笑っちゃった」

「アハハ。いかにも佐奈ちゃんらしいね。ところで、綾乃ちゃんだったら何を見たいと思うの?」山下君は当然の流れで話を振ってきた。

私は、戸惑ってしまった。不格好な私の願いは知られたくなかった。でも、とっさに他の理由は思いつかなかった。

会話が途切れ、気まずい雰囲気が漂う。

「その……。私だったら」私は気まずさを紛らわすため、正直に言うことにした。「好きな人に告白した未来を見たいなって。もし、振られてたら、告白しなくて言い分、悲しみとか辛さが半分になるかなって」

「へー、驚き」山下君は目を丸くして言った。

「アハハ。ごめんなさい。変な考えで。ヘタレの考えだよね」

「いや、いや。実はさ。俺もまったく同じこと考えてたんだよね。だから驚いたの。本当はヘタレよ。俺も」

「えー、嘘でしょ。山下君にそんなイメージないなぁ」

「いやいや、本当だって。確かに俺って、ちょっと陽気で目立ちたがり屋なところあるけど、実は本番に弱いタイプなんだよね。どうでもいい状況の時にはいくらでも大胆にいけるけど、大事なところでは腰が引けちゃうっていうかさ。サッカーでも練習試合じゃ活躍するけど、本番じゃからきしだし、いっつも大事なとこで声がでないし……」

 山下君が弱音を吐くなんて意外だった。

「そうなんだ。山下君は、その、好きな人とか、いたり、するの?」私は話題を変えようと思いって口を開いたが、思いがけないことを聞いてしまった。でもそれは、私が一番気になっていることだった。

「え? いや、その、いるような、いないような。気になってるような、いないような」不意を突かれたのか、山下君はしどろもどろな返事をしていた。

「フフフ。なにそれ」私はしどろもどろな山下君の返事に思わず笑ってしまった。しかし、すぐに心が重くなった。やっぱり山下君には、好きな人がいるのだろう。


そして、多分それは私ではない。


「じゃ、綾乃ちゃんはどうなの? 好きな人とか、いるの?」と、山下君は私に聞き返してきた。

「え、私、その。私も気になる人がいたり、いなかったり、かなぁ」

「ずるい」口を尖らせる山下君。

「フフフ」私は、沈んだ心を強引に引き上げて笑顔を作った。

「ずるよ、綾乃ちゃん。でも、さっきからその……」

山下君は右手で頭をかきながら、急にそっぽを向いた。そして、いつもの饒舌さは嘘のように、しどろもどろ、不明瞭な声で言った。

「なんか俺たちって結構、その、気が合うよね」

消え入りそうな声は、そっぽを向いているせいではなかったように思う。

私は、その言葉に驚いて、反射的に山下君を見た。そっぽを向いている山下君の顔色は確認できなかった。でも、よく見ると、山下君は手に何も持っていなかった。


私の顔は真っ赤になっていると思う。心臓の鼓動が早くなる。


私は間違っていた。


確かに、五分後の未来が見えて、告白の結果を知ることができたら、たとえ振られたとしても、悲しみや辛さは半分になるだろう。

でも、それは同時に、恋が実ったうれしさや楽しさも半減してしまうことを意味する。


そして、なにより、このドキドキを味わうことができない。


五分後の未来なんて、見えない方がいいのだ。

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