「辻沢日記 21」(襲撃のヴァンパイア)

 声を掛けて来たのは黒髪ロン毛に無精ひげ、彫りの深いグリーンアイのイケメンで、


あらナンパ?


と、ちょとでも思ってしまった自分が情けなかった。


ナンパなら名前は知らないはずだ。


瞬時に警戒心が芽生え出口を探った。


それを悟られたのか、


「シンパイナイデス。アナタノシリアイノミカタデス」


 と変な発音でなだめにかかる。


あたしのシリアイのシリアイに外国人はいないはず。


思いっきりしゃがんでそのまま男の長い足に向かって体当たりを敢行する。


鬼子使いのあたしがそんなことをしたら常人なら骨が折れる。


それも止むを得ない。


おそらく今あたしは死に直面している。


しかし、その2本の細い足はびくともしなかった。


あのリクス女と同じように。


重い、そして頑強だ。


だが、そこで昨晩のように崩れ落ちたらそれは本当に死を意味する。


あたしは床にうつ伏すのをこらえ、その体勢のまま男の後方に飛び右奥のドアに駆けた。


この店には表に面した出入口と、この男が入って来た裏通りへの通用口。


そしてトイレのドアがある。


あたしはトイレに入って鍵をかけた。


ここには幸いあたしぐらいならギリギリ出入りできる窓がある。


以前ここでトイレを使ったから覚えていたのだった。


他はおそらく待ち伏せがあるから、ここからビルの間を伝って外に出たほうがよいはずだ。


 いざ外に出てみると障害物があって窓からすぐに表に出るというわけにはいかなさそうだった。


一番よさげなのが上に見えている隣のビルの非常階段まで登ること。


ビルの隙間を利用しながら伝い登ろうとしたが、中華食堂のダクトのせいで壁がぬたぬたとしていて滑り登れなかった。


奥に雨どいらしきパイプを見つけてそれにすがって登る。


出てきたトイレの窓を気にしながら登ってきたけど、あの男は追ってくる気はないのか一度も顔をのぞかせることはなかった。


 苦労したがなんとか無事に3階の非常階段まで辿り着くことができた。


そこからは表通りが見えている。


通りはいつもと変わりなく買い物の人たちが行き交っている。


見えた範囲ではあの男の姿はなかったし怪しげな影もなさそうだった。


用心に空も見たが、カラスが一羽飛んでいるだけだった。


 足早に階段を下りて歩道に出ると駆け足で駅に向かう。


そのまま大学に行き、このことを鞠野フスキに報告をすることにした。


電車でミユキに注意するように連絡を入れるとすぐに既読が付いた。


「OK」のスタンプのあと、「気を付けて」と来た。


 大学に着いてゼミ室へ向かう。


鉄の扉を開けると目の前に畑中先輩が一人で本を読んでいた。


鞠野フスキの居場所を聞くと講義中だという。


この先輩は嫌いだけど出て行けとも言えないので気にしないようにして資料でも調べて待つことにした。


「大変だったんだってね」


 ぞわっとした。こいつ何で知ってる?


「野太さん、大酔っ払いしたらしいじゃない」


 そっちか。こいつあたしをミユキと間違えてる。


 面倒くさいのでそのままにしておこうと思ったけど、昨晩のことを何でこいつが知ってる?


「ごめんごめん、君が知ってるはずないよね。だって君は昨晩、青墓にいたんだから」


 それはこっちのセリフだろ。


畑中の目がやばい。


あのリクス女と同じ真っ赤な眼でこっちに殺意を滲み出させている。


ゼミ室の出入りは鉄扉が一つ、こいつがその前に陣取っているから使用不可だ。


窓から飛び降りるか?


ここは5階だけど下は中庭の芝生だから鬼子使いのあたしならギリ捻挫ですむかも。


けど、さっき中庭には学生がわんさかいた。


5階から人が降ってきて平気な顔で立ち去ったら、それこそ大騒ぎになる。


どうする? 


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