「辻沢日記 9」(危険な匂いの女)

 ユウに肩を貸して階段を昇りだすと朝の空気が心地よかった。


脱力状態で全身をあたしにもたせ掛けるユウ。


黒い濡れ髪を垂らし青白い頬に屍人の血汚泥をこびりつかせてる。


この時だけはユウはあたしのもの。そしてあたしは正真正銘の鬼子使いとなる。


よろけながら階段を昇っていくと出口に人影があった。


背後から朝日を受けて人が立っていて表情は分からない。


金色に輝く長い髪。黒のセーラー服にひざ丈のスカート。


女のようだ。


どこかで見たことのある制服だけど宮木野沿線に黒一色の制服の学校はない。


「ごきげんよう」


 澄んだ声でこちらに向かって声を掛けてきた。


なんだこの女、朝から変な挨拶して。


「あなた、その方のお知り合い?」


 言葉は丁寧だけど女からは危険な匂いがしてる。


それはユウが毛嫌いするこすからい人間のものとも、一晩中戦った屍人のとも違う匂い。


時にオトナが発する、穏やかに見えて隠しようのない恐怖の匂いにも似ていた。


「……」


 ユウがを振り絞って何か言った。


それを受けてあたしはユウを取って肩にかけ一気に階段を蹴って飛んだ。


不意を突かれた女は身じろぎもせずあたしとユウが横をすり抜けるのを見送る。


これはあたしたち鬼子使いの能力の一つだ。


成人男性の一人くらいなら担いだまま全力疾走できる。


 道路に出るとユウをおぶり直して朝日に輝く紫色の道を駆けだす。


駆けだして分かったのはここがバイパスの大曲だってこと。


しばらく行けば車を停めたシャトー大曲がある。


時々、後ろを振り向いて確かめたけど女の姿は見えない。


もとから追って来る気はなかったのかもしれない。


 シャトー大曲の地下駐車場に向かう。


薄暗い中に真っ赤な外車がひときわ目立っている。


キーを探しているとユウがドアのノブに手を掛けた。


するとキュピッという音がしてドアが開いた。


この状態のユウを運転席には座らせられないので、しかたなくあたしが運転席に座った。


ドアを閉めるとユウが赤い大き目のボタンを押してエンジンを掛ける。


お腹の底から響いてくる経験したことのないエンジン音。


待って、こんな車まともに運転できそうにない。


ユウがけだるそうに前を指して合図する。


分かったよ、でも、これどうやって運転するの?


ドライブシフトはどの位置?


このたくさんあるボタンは何?


もう一度、ユウが前を指差した。


分かってるって。


もうちょっと待ってよ。


またユウが前を指す。


コンコン。


フロントガラスをたたく音。


見ると、あの女が中を覗いていてあたしと目が合った。


大きな目と吸い込まれるような金色の瞳。


透き通った肌にスッと通った鼻筋。


可愛いく開いた小鼻と魅惑的なえくぼ。


きれいに整った歯並び。


笑ってる。


どこかで見たことがある気がする。


「あたしと会ったことあるの? いつだった? どこでだったかな」


 とその女に問いかけるように思い出そうとしていると、ユウがシフトレバーを倒し、あたしの腿を叩いた。


反射的にあたしは足を突っ張りペダルを踏み込んだ。


狂暴にエンジンが昂ぶり、タイヤが悲鳴を上げて車は急発進。


強烈な圧力でシートに押さえつけられながら必死に頭を前に向けると、フロントガラスに女の姿はなくなっていた。


やっと難を逃れたのに何故だか切ない気持ちがあって、自分は混乱しているんだと思い込むことにした。


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