「辻沢日記 8」(血まみれの出会い)

 地下道に入ってからもう1時間は過ぎた。


ユウに引っ張りまわされて、今どの辺りを徘徊しているのかさえ分からない。


構内はかなり前から明りもなくなって真っ暗で、あたしはユウの少し後から壁を伝ってついて行ってる。


灯がなくても少しは見えるようになったのは鬼子使いの経験値があがったせいだろう。


 ユウはかなり前から発現し、荒い息になっていて鬼子の本性を晒している。


そして近づく物があればその残忍さを爆発させて排除する。


煌めく火花、嗚咽のような叫び声、異様な臭気。


それはあたかもあたしたち二人の行く手を切り開くようだ。


発現したユウは目に入った物を手当たり次第に攻撃するけど、後ろのあたしに気づいているはずなのに矛先を決してこちらに向けない。


それはユウとあたしのエニシのせいという。オトナが言ってたことだけども。


 小学3年生の春、あたしは偶然、ユウの初めての発現に出くわした。


「発現」とは今回のような「潮時」に鬼子の本性を現すことだが、初めての時だけは潮時とは関係なく、その時の鬼子の心的状況に影響されて起こると言われている。


その日、あたしは仲良しのお友達数人とN市の中央児童公園に遊びに来ていた。


そこは他にはない変わった遊具があることで有名で、市内のあちこちから子どもたちが遊びに来る公園だった。


天気も良く、沢山の子供たちのグループで賑わう昼下がりの公園はぬくぬくとして平和そのものだったはずだ。


何きっかけだったかは知らない。


突然、その場にいた一人の大人が悲鳴を上げた。


そちらに目を向けるとその大人の前の何かから赤い煙が吹き上がっていた。


次に悲鳴を上げた大人の上半身が無くなって、そこから赤い煙が立ち上がった。


それからの光景は、人がまるでかまぼこかキュウリかのように無残に切り刻まれ、殺されていく阿鼻叫喚の地獄さながらだった。


その中心に全身に返り血を浴びながら凶刃を振るう少女がいて、それがユウだった。


この時あたしはユウに初めて会ったのだ。


自分と変わらない小さなその生き物は動くものに反応して嬉々として飛び掛り殺戮を繰り返していた。


そして、その生き物があたしたちのグループに迫ってきた。


最初にナナコちゃんが犠牲になった。


幼稚園の時から仲良しだった子だ。


あたしの周りでいつも一緒だった子たちが断末魔の叫びをあげる間もなく切り刻まれてゆく。


あたしは逃げることもできず、運命はすでに決まっているかのように、その生き物が自分を消し去る順番を待っていることしかできなかった。


ところが、その生き物は、あたしの親しい子たちを屠り尽くすと他の獲物を探して別のグループ目掛けて駆け出して行った。


あたしだけがそこに生きて取り残された。


あたしはまるで真空の容器の中にいたかのように無傷だった。


惨劇が終わり公園が異様な静けさに満たされると、ユウが死屍累々の真ん中に立ち尽くしていた。


全身に真っ赤に染まり、寒いのか小刻みに震えながら、かつ、心なしか口元が笑っているようでもあった。


遠くの方でたくさんのサイレンの音がしている。


それがだんだんとこちらに近づいてくる。


あたしはユウのところまで歩いて行くと、血でベトつくその手を取ってその場から足早に立ち去った。


今でもどうしてそうしたか分からないけれど。


 それからのことはあまり覚えていない。


商店街を抜けて住宅地の人のいない道を選んで逃げたことぐらい。


どうやってたどり着いたのか。


気付いたときはオトナの庇護の元にあって、その後ずっと、ユウとあたしとが姉妹として暮らすことになる屋敷の中だった。


 ユウの初発現が起きたのはあたしがその場にいたからだとオトナは言う。


でも、あたしもユウもそれまでお互いのことは知らなかったし、まったく偶然にそこに居合わせただけだった。


それこそがエニシなのだというのがオトナの言いぐさなのだけれど。


 地下道の闇はどこまでも続いている。


水が膝辺りまで増えてさらに進みを遅くする。


その水を分けてまた一つこちらに何かが近付いて来る音がする。


奇妙な嗚咽を漏らしたのはそれなのか、それとも殺戮の瞬間に高揚したユウなのか。暗闇にパッと火花が散って、金属音が構内に反響する。


火花が一瞬の視界を開き、屍人がユウに襲いかかる姿を浮かび上がらせる。


屍人の巨大な爪をユウが片手でふさぎ、もう片方の手でその膨れ上がった腹に手刀をぶち込めば、臓腑が飛び散って裂けた腹から血汚泥がユウの肢体に降りかかった。


その凄惨さはあたしの中の何かを鷲掴みにして離さない。


もう見たくないという気持ちを、ずっと見ていたいという気持ちが上回ってしまうからだ。


「潮時」が終われば無愛想だけどホントはやさしい元のユウに戻るのは知っている。


けれど、それが嬉しいことなのか悲しいことなのか、あたしはいつも分からなくなるのだった。


 出口への階段が明るい。朝が来たんだ。


ユウは膝を突き肩で息をして一夜の疲労を総身で背負い込んでる。


一人では歩くこともできないほど体力を消耗して、朝日の明るさを呪うように出口を見上げている。


あたしはユウに近づき、屍人の血汚泥で異臭を放つユウに肩を貸して地下道の外にでる。


ユウのことを自分を見失った場所まで送り届けるのだ。


そう、あの駐車場へ。


この瞬間世界で一番の弱者であるユウを、元いた安全な場所に連れ戻すこと。


それが鬼子使いのあたしがユウにしてあげられる唯一のこと。


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