「辻沢日記 5」(最恐ヴァンパイアvsカレー☆パンマン)

 祭り見物まで時間があったから鞠野フスキの提案で葬式に参列することになった。


辻沢の西山方面の土葬の風習が残る村で葬式が出たから見学させてもらおうという誘いだった。


聞けばそれは四ツ辻で、あたしにはなじみの土地だった。


四ツ辻には調査に関係なく夏休みに入ったら一回は訪ねようと思っていたので先に挨拶ができれば好都合だと思って行くことにする。


ただ、行ってみたはいいけど、足のはずの鞠野フスキのバモスが足を引っ張って、土葬には間に合わないわ、知り合いには会えないわでいく意味あったか感が半端なかった。


 それで辻沢に舞い戻るとすでに町は祭り一色になっていた。


今夜は辻沢ヴァンパイア祭りだ。


街中はヴァンパイアの格好をした人たちで大賑わいだった。


 あたしが前にこの祭りを見たのは中学2年のことだから7年も前で、まだその頃は辻沢夜祭と言われ4年に一度の開催だった。


宮木野神社と志野婦神社の参道に夜店が並んでそこを辻沢の人たちが行き来する、いたって普通の夜祭だった。


そのころはヴァンパイアのことなど表立って口にする人など一人もいなかったけど、それは確かに存在していた。


 あの日、あたしは一人で祭り見物に出かけた。ユウと二人でN市で買い物をしたときユウに選んで貰った白いワンピを着てアン☆パンマンのお面を買って頭に乗せて夜店をのぞいて歩いていた。


 あたしは志野婦神社近くの金魚すくい屋に足を止めて、夜店のお兄さんがお姉ちゃんもどうだいって声をかけてくれるのを断って、近くにしゃがんで長いこと眺めていた。


そうやって青いどぶ漬けの中でゆっくりと泳ぐ金色の和金、赤い琉金や黒い出目金にずっと見とれていたのだ。


 どれくらいそうしていただろう。


あたしはふと風に乗って薫ってくるクチナシの花の香りに気が付いた。


それは季節柄嗅ぎなれていたものとは異なりどこか特別に妖艶な甘い甘い香りだった。


あたしはその香りに誘われるように立ち上がって夜店が並んだ参道を外れ杜の奥へと入っていった。


杜の中は月の光も射し込まないのに道がぼんやりと明るくなっている。


それはクチナシの白い花びらが地面に敷き詰められてあったからで、あたしはそれを踏んでさらに杜の奥に進んで行った。


その白くて香しい道の先は小高いステージのようになっていて、月光のスポットライトを浴びて人が立っていた。


何故だか、あたしはその人のことを大昔から知ってる気がして、そこでそうしてずっとあたしを待っていてくれたのだと胸を詰まらせながら近づいて行った。


その人は傍まで来たあたしの顎に手を添えてそして微笑んだ。


その顔は月の光で乳白色に輝き、そしてなにより美しかった。


まさにクチナシの精のような青年だったのだ。


あたしはその青年の腕に抱かれこのまま愉楽の園に連れて行かれるのを心の底から願った。


はやくその銀色の牙であたしの穢れた喉笛を切り裂き、そこから迸るあたしの玉の緒を吸いつくしてほしい。


ドン!


体が激しい衝撃に襲われた。


気づくとあたしは枯葉にまみれて森の斜面を勢いよく転がっていた。


やっと止まって転がって来た斜面を見上げると、片手に棒を握ったカレー☆パンマンが仁王立ちになっていて、巨大な牙を生やし金色の眼をした魔物に対峙していた。


刹那、カレー☆パンマンが大きくジャンプして魔物に回し蹴りをぶち込む。


しかし魔物はびくともしない。


2発、3発、4発と続けざまに蹴りを入れるがやはり微動だにしない。


カレー☆パンマンが体を返し魔物の脳天めがけて握った棒を振り下ろす。


魔物はそれを片手で軽く避けたが、一瞬だけ構えに隙が出来た。


カレー☆パンマンは着地した勢いのまま後ろに飛びしさり近くの草むらに飛び込むと、すぐさま反転しあたしのいるほうに猛烈な早さで駆け下りてきた。


そして突然始まった激闘に呆然としていたあたしの腕をとって助け起こすと、


「逃げるよ」


 と言って走り出す。


猛スピードのカレー☆パンマンについてあたしも全力で杜を駆け抜け、やっと志野婦神社の参道下にたどり着いた。


振り返って見たが魔物は追ってこないようだった。


あたしのすぐ横で息を弾ませていたカレー☆パンマンがお面を取ると、それはユウだった。


そしてあたしの肩に手を置いて、


「大丈夫?」


 と微笑んで、


「ミユウ。とんでもない奴に取り憑かれたな」


 とあきれたように言った。


「あれは?」


「馬鹿だね、志野婦だよ」


 宮木野と志野婦。辻沢の全てのヴァンパイアの始祖にして最強の存在。


「めったに出てこないらしいけどね」


「僥倖だった?」


「生きてこそでしょ」


 ユウが現れなければ、あたしは志野婦の銀牙にかかって屍人になっていたのだった。


その出来事以来、カレー☆パンマンはあたしのヒーローだ。




 クロエたちと夜店を見て回ってたら、カレー☆パンマンのパーカーを見つけた。


黄色地に顔がたくさんプリントしてあるやつ。


少し高かったけど消費税分値切って買った。大事に着ようと思う。


クロエたちとはぐれてしまったけれど、一人で祭りを見物したくなったのであえて探さないで宮木野神社に向かっていると、クロエからメッセージが入った。


志野婦神社にいると嘘をついて返信。


スマフォから顔を上げると目の前を白い影が横切った。


その白いパーカーがユウのと似ていたので咄嗟に追いかけた。


参道に入ると白パーカーは人混みを避けてか、夜店の裏手に入って駆け出した。


あたしはその敏捷な動きに付いて行くことができず、参道の人混みを掻き分けながら先を急いだ。


すると社殿のあたりから悲鳴が聞こえてきた。


「人が燃えている!」


 人垣の間から見えたのは青い炎だった。


その炎は段々大きくなって最後は強い光を放って消えた。


残ったのは地面についた煤の跡だけだった。


「ヴァンパイアだ」


 誰かの囁き声が静かに広がっていく。


「また鬼子にやられたんだ」


 あたしは、最近辻沢でヴァンパイアが何人も殺されているという噂を思い出した。


あたりを見回して白パーカーを探したけれど、どこにも見当たらなかった。


これがユウの仕業でないことを心から祈る。


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