「辻沢ノーツ 47」(鬼子の業罪)

 ユウが言うには、Nさんはずっと前からひだるに憑りつかれていたのだそうだ。


最初に脳梗塞で倒れたあたりからだと言う。


「こいつはクロエに憑りつこうとしてた。死期の迫ったNからクロエに乗り換えようとしたんだ」


 ひだるは人の心の隙間から入り込んでその人に憑りつくという。


ユウは、Nさんがあたしに何かしたかと聞いた。


詳しくは話せないけど二人に共通する話をしたとだけ説明すると、ユウは言った。


「夕霧太夫と伊左衛門の話をしたんだろ」


 どうしてそれを? あれはあたしとNさんだけの話だったはず。


驚いて二の句が継げないでいると、


「あの話は憑りつくのにもってこいの話だからね。特にクロエのような子にはね」


「でも、あの話はすごく身近でリアルだった。まるで二人で思い出話をしているみたいだった」


「それはクロエがあの話の主だからだよ。ヒダルはそれを利用しただけ」


 Nさんはあの話を始める前に、これはあたしの話だと言っていた。


 ユウはあたしの側に来ると、あたしの額に指をあてて説明しだした。


「ヒダルは人の深奥にある記憶から心に忍び込み、そこにある情念を鷲掴みにすることでその人に憑りつく。それは抗いようのない感情の絆を芽生えさせて自分とヒダルの区別をつかなくする方便なんだ。一度そうなったらヒダルに魂を取って代わられるまであっという間だ」


 あの話を聞いた後、あたしは説明できない激しい感情をNさんに抱いたのだった。


あれはひだるの方便だった?


「でも語ったのはNさんだった。あたしの話なら何でNさんがあの話を知ってたの?」


「まあNはもともと鬼子だったわけだし夕霧と伊左衛門の物語を知る術ならここにもあるからね」


 とあたしの背後を指差した。


後ろを振り向くと鴨居の上に数枚の額絵馬が並んでいた。


漆塗りの黒い額縁に木目が目立つ地に、ところどころ塗料の剥げ落ちた素朴な感じの彩色絵が嵌っている。


 一番右の絵には吹抜屋台の寝殿に人々が配されていて、ただそれが物語絵巻とかで見る宮廷ではないのは、中央に描かれたのがどう見ても遊女で、そのまわりに集まっているのが酔客、禿たち、3人の異国の人間だったから。


そして中の一人は軒を超えるほどの大男だ。


この額絵は夕霧太夫の阿波の鳴門屋に違いない。


 隣の絵馬は阿波の鳴門屋が炎に包まれ、遊女が火中でもだえ苦しんでる様が描かれてある。


すでに体は赤く焼けただれ、まるで火炎地獄で責めさいなまれる亡者のようだ。


 そして、次の絵馬は焼け落ちた家屋から黒々とした異形の者が引き出される様子。


ここに再び3人の異人と一人の禿が登場し、その異形の者を幟旗の付いた土車に乗せて街道を運んでゆく場面。


 次はおそらく道中で、夥しい数のひだるさまに一行が襲われている様子。


大鉈を振り回し先頭で交戦しているのは先ほどの異人の大男だ。


 そして次が森を背にした六地蔵の前で3異人と禿が握り飯を分けあっている様子で、その隣のものは激しく痛んで内容が分からず、左端の絵馬がはじめの遊女が禿と共に入水する場面だった。


 Nさんが話をしてくれたあの時、あたしは確かにこの絵を生きていた。


あたしの心にざわざわとさざ波が立った。


「ここが鬼子神社っていわれる理由はこの絵馬にあるんだけど、どうしてだと思う」


 わかるはずない。鬼子神社が辻沢に存在することすらこの間エリさんから聞いたばっかりだもの。


「鬼子は普段、人と異なるわけでもないし特別な能力があるわけでもない。ボクだってそうだしクロエだってそうだろ?」


「え? あたしも鬼子前提なの?」


「クロエはこの絵馬に見覚えあるだろ?」


「うん。絵馬の内容を知ってるどころか」


 あたしの深層心理に焼き付いているんじゃないか?


「でしょ。つまり鬼子かどうかはこの絵の記憶があるかどうかなんだ。昔は鬼子の疑いのある子はここに連れて来られてこの絵を見せられる。そして覚えていれば鬼子と決められて四ツ辻に置き去りにされるか縊り殺された」


「どうしてそんな目に?」


「多分、いずれヒダルになるからかも」


 あたしがあの気味の悪い生き物に?

 

「鬼子はみんないつかヒダルになるの? あたしやユウも?」


「ならない場合もあるみたい。夕霧太夫に導かれれば、ヒダルにならず後生に転生できる、らしい」


「らしい?」


「後生に転生って、ウケる」


 たしかに後生って何? 転生? 草生える、だよな。


「鬼子はヒダルになる可能性のほうが高い?」


「それも笑なんだけど、実際にNみたいなの見るとね。やっぱ悩む」


「いったい鬼子って何なの?」


 ユウは腕組みをしたまま困ったような表情で、


「ボクは知らない。夕霧太夫なら答えを知ってるかもだけど」


(またすぐ会える)


 夕霧太夫が耳もとで囁いたような気がした。


「でも夕霧太夫が誰か分からない以上、答えは自分で見つけるしかないんだよ」


 答えを見つける? いったいどうやって。


すがるような気持ちでユウを見たせいか、ユウはあたしから目を逸らせた。


そしてロングスギコギを床から引き抜くと、


「そろそろ行こうか?」


 とぼそっと言った。


「どこへ?」


「青墓」


「何しに?」


「探し物」


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