「辻沢ノーツ 45」(暗闇の参道)
あたしはKさんに手を引かれて石畳を歩き出した。
それまで空にあって山道を仄かに照らしていた月が針葉樹の天蓋に邪魔されてまったく見えなくなった。
おかげで石畳は明りのないトンネルのようだ。
その上この石畳は歩きづらかった。
まったく整備の手が入っていないせいか踏んだ石がグラついたり滑ったり段差に躓いて転びそうになったりする。
懐中電灯の光に浮かび上がるのは道の真ん中が窪んで傾斜のついた様子ばかり。
Kさんとあたしはお互いによろけながら進まず奥宮がなかなか見えてこない。
「ちょっと待って」
と言ってKさんが立ち止まった。
どうしましたと聞くと、
「懐中電灯がおかしいんです。電池は入れ替えてきたはずなのに」
光が明らかに心もとない様子だった。
あたしのはまだ大丈夫そうだったので、もしもの時はこれ一本でなんとかしましょうと再び石畳を歩き始める。
ところが、あまり行かないうちに今度はあたしの懐中電灯がおかしくなった。
徐々に光の量が落ちて来て2、3度点滅を繰り返したかと思うとそのまま切れてしまった。
残ったのはKさんの薄暗い懐中電灯だけだ。
もしKさんのが消えたら、あたしたちは真っ暗闇の中で立ち往生することになる。
光がなくなって目が役に立たなくなると、逆に耳が敏感になって色んな音が聞こえて来るようになった。
自分達のおぼつかない足音さえ大きく聞こえる。
Kさんの息遣いだけが頼りだ。
そしてまたやぶの中を蠢く密やかな音。
森の中でヒュィーヒュィーと心細げに鳴いているのはどんな動物なんだろう。
先ほどの気配を右後ろの木立に感じる。
それがもし襲って来ても武器になるものはない。
あたしの手にある電気が切れた懐中電灯ではものの役には立たないだろう。
今は身を固くして前を向くしかない。
知らぬうちにKさんの手を強く引き寄せてしまったのかもしれない、Kさんが小さく「あっ」と声を上げて転んでしまった。
その拍子に、Kさんの懐中電灯が石畳の上を弾け飛んで遠くでガチッと言うなり光が消えて見えなくなった。
あたしはKさんに大丈夫ですかと声をかけ、返事も待たずに懐中電灯が消えた場所にずり寄った。
この光だけが頼りと後先を考えずに飛び出してしまったのだ。
瞼の裏に残った灯りの記憶を頼りに湿った地面を探したけど、真っ暗闇の中ではどこにあるか見当もつかなかった。
パニックになる寸前、咄嗟の思いつきであたしはスマホを取り出しカメラのフラッシュであたりを照らした。
その光に照らし出されたのは苔に覆われた石の並びだった。
石と石との間は深い隙間になっていて、そこに落ちたら見つけることなど無理そうだった。
しばらくの間、苔の上に這いつくばって探してみたけれど結局Kさんの懐中電灯は見つけることが出来なかった。
そうしてようやくあたしはKさんのことを気にする始末で、振り向いてKさんが倒れたあたりにスマホの光を翳したけれどKさんの姿はなかった。
「Kさん?」
呼んだが返事がない。
耳を澄ましてみても、Kさんの息遣いさえ聞こえない。
「Kさん?」
もう一度呼びかけて見た。やはり返事はなかった。
スマホが照らす範囲は狭く、その先はまったくの闇が広がっている。
咄嗟に森の中の気配のことが脳裏をよぎったけれど今はそのことを考えるのはやめにした。
それとKさんを結びつけることが恐ろしかったからだ。
その場でじっとしていると静寂がミシミシと音をたてて背中に覆いかぶさって来る気がして、あたしはパニックになりそうになった。
一人でここに居続けるのにはこれ以上耐えられそうになかった。
誰かの助けが欲しかった。
その時、目の端になにかが動いた気がしてそちらを見ると暗闇の先がトンネルの出口のように明るくなっていて、そこで人影が手を振っているのだった。
Kさん? いつの間にあんなに先に行ってしまったのか。
急いであたしもスマホを高く上げて振ると、その人影もそれに応えてくれたようだった。
そちらに向かってあたしが歩き出すと人影が見えなくなった。
あたしも焦り気味に急ぎ足で進むけれど、足場が悪いしスマホの明りでは足元もおぼつかないため出口になかなか辿りつかない。
やっとのことで人影が見えた場所に辿りつくと、急に参道の針葉樹が開け、眼下に月の光で白く照らされた窪地が広がっていた。
石畳はそのまま石段になって窪地の底に溜まった靄に伸びていて、その中に陰気な建物が黒々と蹲っている。
それが目指して来た奥宮、鬼子神社なのだった。
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