第2話 探し物
日が傾き始め、人もまばらになっていた広場にアルドたちが到着すると、ぽつんと一人で不安そうに辺りを見回すルースの姿があった。
「どうしよう? ねえ、どこにいっちゃったの……?」
そんな彼女に駆け寄り、ふたりは声をかける。
「あれれ、ルースちゃん。なにかあったのかな?」
「あのねこさん……遊んでたらどっかにいっちゃった……」
「……もう失くしたのか」
確かに、この年ごろの子どもなら、何かに気を取られている間に大事なものを置き忘れてしまうことは日常茶飯事だ。しかし、あまりにも早すぎる。
「うん……。だからさ、おにいさんたちも探すの手伝ってよ」
協力してもらって当然というようなルースの様子は、人にものを頼むときの態度とは言いがたいが、アルドたちがそんなことで人助けをやめることはない。
「ああ、別にいいけど……オレたちはここの土地を良く知らないから、あまり力になれないかもしれないぞ」
生まれ育ったバルオキーなら子供がよく遊ぶ場所を熟知しているアルドたちだが、同じ時代とはいえ、そこまで慣れないリンデの街での物探しは簡単ではないだろう。
アルドたちが木彫りの猫を探し始めようとすると、道の向こうから足音が近づいてきた。
「仕方ないですね……。私も手伝って差し上げましょう」
そこに現れたのは先ほどルースを睨んでいた娘だった。呆れ顔で腕組みをする彼女は、どうやら乗り気ではないものの、協力する意思はあるらしい。
「やった! ありがとうございます!」
地元の住民の力を借りられるのは心強い。フィーネが感謝を伝えると、なぜか娘は大きくため息をつく。
「はぁ……。なぜあなたがお礼をいうんですか? それを言わなければならないのはルースちゃんの方じゃありません?」
娘はルースに冷たい視線を投げかけ、首をかしげた。
「え……!? わたしは……だって……」
娘の不意打ちにルースがうろたえていると、遠くから彼女の名を呼ぶ声が聞こえてくる。
「おーい! ルース! ……どうしたんだ?」
道具を片付け終わったお爺さんがゆっくりとこちらへ歩いてきた。
「あ、おじいちゃん! あのね、ねこさんがね、どっかにいっちゃって……みんなといっしょに探してるの」
失くしたのは祖父に彫ってもらった作品だというのに、ルースは悪びれるそぶりさえ見せない。そんなことは気にも留めない様子で、お爺さんはアルドたちに頭を下げる。
「そうかそうか。皆さん、ありがとうございます……。ご迷惑をおかけしてすみません」
「い、いえ。お気になさらないでください……」
ルースの祖父の丁寧な礼に戸惑った様子の娘は、目を逸らすと近くの藪の中を探し始めた。
「私たちもがんばろうね! お兄ちゃん!」
「ああ。早く見つけてあげよう」
いつものように人助けに燃えるアルドとフィーネは「ねこさん」探しに意気込むのであった。
***
子どもは子どもだけの独特な世界の中を生きている。失くした宝物が大人には想像もつかないような場所から出てきたりするのもよくあることだ。アルドたちは小さな頃の感覚を呼び起こしながら、黙々と「ねこさん」の捜索を続けていた。
「うーん。なかなか見つからないもんだな……」
積まれた木箱の隙間を覗いていたアルドは、唸りつつ別の場所を探すことにした。
「この辺にありそうな気がするんだけど……」
フィーネが草むらの中を歩いていると、奥からガサゴソと物音が聞こえてくる。
「……あれ? 今、そこで何かが動いたような……」
音の聞こえた方へフィーネがおそるおそる近づいていくと、草の陰からヴァルヲが姿を現した。
「なんだ、ヴァルヲだったんだ! もしかして、いっしょに探してくれてたのかな?」
フィーネにもふもふと頭を撫でられ、気持ちよさそうに鳴き声を上げたヴァルヲは、尻尾を振りながらその場を後にするのだった。
五人が木彫りの猫を探し始めて十分ほど経過したころ、お爺さんの方から小さな悲鳴が聞こえてきた。
「イタタタタタ……」
「おじいさん、大丈夫か!?」
苦しそうに腰をさするお爺さんを心配し、皆が捜索を中断して駆け寄ってきた。
「……ふぅ。ご心配ありがとう。いやなに、屈んでの探し物は年寄りの身にはこたえてね。腰が少し痛くなっただけだよ」
「おじいさん。ルースちゃん。もう二人とも疲れたと思うし、探し物の続きは明日やることにして、いったんおうちに帰りませんか?」
フィーネはそう提案するが、ルースは首を縦に振らない。
「いやだ! まだねこさんみつかってないもん!」
どうやら帰る気はさらさらないようだ。
「じいちゃん、お腹すいちゃったよ。明日になったらどこに忘れたか思い出すかもしれないし、今日は家に帰って……」
「いーやーだー!! 見つかるまで帰らない!! おじいちゃんもちゃんと探してよ!!」
お爺さんの説得も空しく、孫は駄々をこね続ける。
「いい加減にしなさい!!」
そんなルースの様子を見かねたのか、ついに娘が彼女を大声で叱りつけた。
「さっきから黙って聞いてれば、自分が勝手に失くしたくせに、お礼を言ったり謝ったりは、全部他人任せ……! その上にこの態度って、あなた、おかしいと思わないの!?」
怒りを爆発させた娘は、まくしたてるようにルースを非難する。
「だいたい、あなたはいつも平気で周りに迷惑をかけてばかり……! あなたのそういう行いが、たった一人の味方であるおじいさんにどれだけ恥をかかせているのか、まだわからないというの!?」
「お姉さん。そ、そこまで怒らなくても……」
フィーネがなんとかなだめようとするが、娘の説教は止まらない。
「感謝や思いやりの気持ちも持てないあなたに、誰かに守られる資格は……」
と言いかけた瞬間、娘の鞄から布に包まれた何かが落ちる。
「お、おい。何か落としたぞ……? ん……? これって……!?」
「…………!! しまった!!」
布の中から顔をのぞかせていたのは、五人が今まで探し続けていた木彫りの猫の頭だった。それに気づいたルースが駆け寄り、中身を確認する。
「あー! ねこさんだ! 耳が片方欠けちゃってる! ……でも、なんでおねえさんの鞄の中に?」
乱雑に扱われたのか、娘が持っていた「ねこさん」は少し汚れたように見え、片耳は完全に折れてしまっていた。
「あ、こ、これは……その……」
狼狽し、後ずさる娘。怪しい態度をとる彼女にアルドとフィーネは警戒の目を向ける。
「さあ、どういうわけか聞かせてもらおうか」
「違うの……私は何も……!」
娘は首を振って否定するが、動揺を隠しきれない。
「もしかしてお姉さん、ルースちゃんに意地悪しようとしてわざと猫さんを……」
「だ、だから違います! 私は何もしてない……関係ないですから……!!」
激しく取り乱した様子の娘は、アルドたちから逃げるように走り出した。
「お兄ちゃん、わたし、あの人と話してくる!」
「あ、オ、オレも行くよ! フィーネ!」
フィーネは街の北の方へ去った彼女を追い、アルドがそのあとに続く。
三人がいなくなり、静まりかえった広場にはルースとお爺さんだけが残された。急な事態の展開に、何が何だかわからなくなってしまったルースは不安げに首を傾げた。
「おねえさん、悪い人だったの?」
片耳の欠けた「ねこさん」を見つめ、お爺さんは少し考えてからルースに応える。
「……うーん。いや、そうとも限らんよ」
ルースはやっぱりよくわからないと思いながら、今しがた手元に戻ってきた木彫りの猫を眺めはじめた。
「ねこさん。お耳、怪我しちゃったね……。痛いのかわいそう……」
ルースは「ねこさん」を抱きしめ、その傷口に手を当てる。
「ふふふ……。ルースは優しい子だな」
そう言うと、お爺さんは孫の頭を静かに撫でるのだった。
***
逃げていった娘を探して周囲を見回していたフィーネは、灯台の近くで休む彼女を見つけた。
「はぁ……はぁ……。あなた、まだ追いかけてきてたんですね?」
肩で息をする娘にフィーネは少しずつ歩み寄っていく。
「はい……。お姉さんが何であんなことをしたのか、理由を聞きたくて」
「そんなこと、知って何になるんですか。……というか、他人の問題に首を突っ込まないでくれません?」
「……さっき他人に全力で説教してたあんたには言われたくないな」
追いついたアルドの指摘を受け、娘は黙り込む。
「………………」
しばらくの間、沈黙が続いていた。ただ波の音だけが響く中、やがてフィーネが口を開く。
「あの……ルースちゃんたちに謝りに行きませんか? ちゃんと反省すれば、きっと許してくれますよ」
「……なに? 私が謝る? 反省? なんで……」
俯いたまま応える娘。他人事と言ってしまえばそれまでだが、彼女がこれからもリンデで暮らしていくことを考えると、こういった問題をそのままにしておくのは本人のためにもならない。お節介なアルドたちにとっては、それこそが彼女にかかわる一番の理由だった。
「おい、この期に及んでまだ言い逃れする気か?」
アルドは腕を組み、娘に厳しい視線を向ける。
「………………。……そうですね。仕方がありません。お詫びに行くとしましょう」
頑固な二人に根負けしたのか、娘はようやく自分の非を認め、謝罪する姿勢を見せた。
「ほっ……。 よかった……」
フィーネは安心した様子で息をつくが、娘はまだ言葉を続ける。
「……でもその前に一つ、お二人にお願いしたいことがあります」
「……なんだ?」
「明日、わたしを王都ユニガンまで連れて行ってください」
予想外の依頼にアルドとフィーネは目を丸くした。口調こそ丁寧なものの、娘の態度はどこか高圧的にも見える。
「な、なぜそこで王都が出てくる?」
「誰かに謝罪するとき、何かしらお詫びの品を持っていくのが世の中の常識というものですよね? そのための品がユニガンにしかないのですが、魔物の出るセレナ海岸を通るために、お二人の護衛が必要なんです」
「なるほど……? それなら構わないけど……」
確かに、リンデで売っている目新しさのない品よりも王都にしかない物を贈られたほうが、もらう側にとっては嬉しいだろう。しかし、アルドにはそれが謝罪においてそこまで重要なことのようには思えない。自分が世間を知らないだけなのかと悩んでいるうちに、娘はその場を立ち去ろうとしていた。
「それでは、どうぞ宜しくお願いします。……また明日お会いしましょう」
「お、おう……」
アルドは歩き出す娘を見つめていたフィーネに小声で話しかける。
「フィーネ。この人、オレには本当に反省してるようには見えないんだけど……」
「それでも、だよ。お兄ちゃん! お姉さんの謝りたいって気持ちを応援してあげようよ!」
フィーネはこの状況を前向きにとらえているようだ。アルドも仕方なく、ユニガンへと向かう娘を護衛することに決める。
「うーん。そうか……。でも、あの態度、何か引っかかるんだよな……」
アルドは帰っていく娘の横顔を見る。その表情にはなぜか、強い意志が滲んでいるように見えた。
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