第2話

 ひらりと一枚の符が黒い影達の真ん中で舞った。

 “十二天が一、騰蛇とうだ!”

 黄の光が囲む夜のバス停を、赤い光が照らす。

 炎の蛇を出現させる霊符は木属性の一真の霊気と相性がいいらしく、燃え上がる大蛇へと姿を変え、邪霊を次々に呑み込んでゆく。

 蛇が消えた後には、結界内に閉じ込められていた十体を超える邪霊の姿も消えていた。

「スゲエ……! 一撃じゃねェか!」

 思わず、自分の手と大蛇の軌道を見比べた。

 この場所で、たった一体の邪霊に苦戦して、光咲に怪我までさせてしまったのは、僅か一週間前のことだ。

 今ならば、邪霊が急に出てこようが、光咲や詩織、若菜も守ることができる。

「合格です。霊符を使いこなせていますね」

 少し後ろで見守っていた望が頷いた。

 戦闘中は彼の霊気で薄紫に見えるパーカーは空色のまま。刀も持っていない。望が臨戦態勢もとらず、見学に徹していたことを意味している。

「剣技も霊符も、どちらも問題ありません。破邪もよく乗っていますし、あとは経験ですね。状況に応じて上手く使い分けてください。この調子なら、夏前には正規の鎮守役に昇格できますよ」

「先輩……!」

 文句なしの賞賛に、思わず師匠を振り返った。

「霊符って強かったんだな!」

 望が頭痛を覚えたように額を押さえた。

「物凄く誤解してる気がするんだけど……。霊符は霊山でも使われてる、れっきとした神通力で、鎮守隊の活動を支える大事な霊具なんですよ?」

「それはわかってるけどさ……。霊符って、なんか弱いイメージなんだよな……。今まで見た霊符使いが沖野とか若菜とかだったからっていうのもあるかもしれねェけど……。壬生先輩は霊符がスゲエっていうより、先輩のテクニックがスゲエって感じだったし……」

「えっと……」

 望は自分のこめかみをグリグリと揉んだ。

「言っておくけれど、沖野君クラスの霊符使いって、武蔵国現衆むさしこくうつつがしゅう全部の組でもなかなかいないんですから。壬生君は武蔵国でも一、二を争う使い手だから強くて当たり前です。逆に、力技だけで沖野君や壬生君の霊符を破る一真君がおかしいんですよ……」

「力技っていうか……、とりあえず、気合入れて引き剥がしたら何とかなるかなって……」

「やり方は乱暴だけど考え方はだいたい合ってます……。霊符を破るには、込められている霊力を上回る霊力をぶつければ解除できます。無理やり引き剥がすのは、よっぽどの緊急事態以外は避けてください。たいてい怪我しますから……」

「了解。でもさ、霊符使いと戦うことなんて、そんなにしょっちゅうねェんだろ?」

「ええ。普通はありませんよ。仮に戦いになっても、霊符の使い方を覚えた今なら、一真君のほうが断然有利です。木属性は霊符と相性がいいですから」

「それ、沖野も言ってたけど……、今んとこはあんま実感ねェな……」

 手の甲でダンダラ模様を縁取ったような文様が碧に染まっている。

 珍しい霊紋で高位の霊狼の証らしく、似た紋を持っているのは望だけだ。

「そういえばさ、オレは手袋しなくてもいいの? 霊紋ちもんって、普通の奴には見えてねェみてーだけど……、隠人には視えるんだろ?」

 隠人でも覚醒していなければ視えないらしいので問題ないといえばそうなのだろうが、手の甲といった目立つ場所にあると少し気になる。

「そうだなあ……。今のところは問題なさそうだけど……」

 一真の手の甲をしげしげと眺め、望は考え込んだ。

「……問題って……。その手袋、霊紋が目立って嫌だからつけてるんじゃねェの?」

「それもありますけど……」

 望は左手の手袋を外した。赤い火花がチカチカと舞った。

「僕は火属性だから、常に押さえておかないと危ないんですよ。無意識に霊力が高まった時に火の気を撒き散らしちゃうんです」

「やっぱ周りに飛んだら火事になったりとか……?」

「攻撃性を帯びてる時とかは特に引火しやすいですね。木造の家で、うっかり霊気を高めちゃったらアウトかなあ」

「アウトって……、燃えるんだよな、やっぱ……」

 望はこくんと頷いた。

「良くて全焼、運悪くガスでも漏れてたら爆発でしょうね」

「め、めちゃくちゃ危ないじゃん! 火ィついた花火が手の甲にくっついてるようなもんじゃねェか!!」

 望は憂鬱そうに自分の手袋を眺めた。

「霊格が高いとね……、身体能力が高くなったり、扱える術は増えるけど、気を遣わないといけないことも増えるんですよ……。手袋って、冬はいいけど夏は暑いんですよね……」

「普通に苦労してたんだな、先輩……」

「一真君も、そのうちいろいろ出てきますよ。でも、木属性は他の属性に比べて危険は少ないんじゃないかな……。霊気が周りに散ったところで、浴びた植物が元気になったり、成長が早くなるくらいだと思うんだけど……」

「……へえ……、なんか試してみたら面白そうだよな……」

 そういえば、今朝。庭に植えたばかりのミントの苗が元気がないと詩織が嘆いていた。

 伸真が言うには、金属性の強い斎木家では園芸は難しく、どれだけ世話をしても上手く育たないらしい。それを聞いた詩織がしょんぼりしていたのは言うまでもない。

(……オレの霊気で植物が元気になるんなら……、霊気当てたら、うちでも園芸できんじゃねェか……?)

 妹が喜ぶ顔が浮かんだ。

 すぐに家に帰って試したい衝動が襲うが、夜は長い。巡察は始まったばかりだ。

「……一真君の場合は、属性よりも風かなあ……」

「風? 先輩も風使えるだろ?」

 望は細い顎に手をやって考え込んだ。

「撃ち合った印象だけど……、一真君は僕よりも霊風が強い気がするんですよね……。最初から霊風に破邪が乗ってたし、風の操り方もなんだか慣れてる感じがしたし……。霊獣だった頃、風に特化していたのかも……」

「え……?」

 鼓動が跳ねた。

 何か、隠しておきたいことを言い当てられたような気がした。

「そろそろ出ましょうか。次の包囲網ができているかもしれませんし」

 それ以上の推測をやめて、望はおっとりと笑った。

 何故か、ひどく安堵して頷いた。

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