第22話 修行開始
それからと言うものの、フィリップとリリアンの生活は決まったものとなった。
朝起きて、寝っ転がったままお互いに挨拶をして、身だしなみを整える。祠に向かって祈って後に守り神を呼び出す。朝食の
「1、2、3、4、5……」
ただひたすらに数字を積み重ねていっているのはフィリップだ。何をしているかというと素振り。ただの素振りだ。但し、修行中なので目隠しをしている状況である。
「33、34、35、36、3な……っ」
ぐらっとフィリップの体がよろめいた。目隠しをしているせいで平衡感覚すら狂っているからだ。ただの素振りであっても、剣の重みが平衡感覚を更に狂わせ、素振りすらまともにすることは叶わない。
勿論、元々のフィリップの剣の腕はこの場合置いておいて欲しい。軸がブレまくりなのは何も目隠ししているからだけではないのだが、今重要なのは剣の腕ではないのだから。
『ふんふん、残念。さあさあ、もう一回だな』
「はいっ。1、2、3、4、5……」
珍しく守り神が横についている……というわけではなく、フィリップが祠の前で素振りをしているだけだ。勿論、誤って祠を壊してしまわない程度には距離はとっている。
だが、守り神は意外と修行中は起きてフィリップとリリアンを見守っている。フィリップの方が比重が大きいのは修行内容的に仕方がない。何せフィリップは現状一人にされると何もできないのだ。
「97、98、99、100! っしゃ! 守り神様、終わりました!」
素振りを続けて100回出来たら1日のノルマ達成ということになっている為、フィリップがはしゃいだ様子を見せる。やはり達成感を得られるというのは大事なことだ。
『ふんふん、見てた見てた。昨日よりは早いんじゃないか?』
「だいぶ平衡感覚って言うのも掴めるようになりましたからね!」
やはり修行中のフィリップは少し子供っぽくなる。多分修行だとかそういうのが男の子の心をくすぐるんだろう。
だが、それだけではない。リリアンと離れているのが良い作用になっているのだ。どうしてもフィリップはリリアンの前では良い子でいよう、格好良くしていようという気持ちが強い。惚れている女に格好悪い姿は見せたくないという気持ちと唯一無二の理解者で仲間だったのだから見捨てられたくないという思いで自然とそうなっていたのだ。
勿論リリアンの前でも子供っぽくなることはあるのだが、それはお互い仲の良い友達が居なかった為にそういう面を求めている、求められているというのが分かっているからだ。つまり理想の友達を演じている面がないとは言えないのだ。
その点、守り神はフィリップ達の保護者のようなものだ。絶対的に格上の神様ということもあり、醜態を晒しても良いという安心感がある。暗闇に居る不安感からか、神様への緊張感的なものも剥がれ、縋れる相手である守り神に縋った結果とも言える。
なんであれ、感情を素直に表に出せるようになるのは悪いことではない。
『ほらほら、あんまり過信していると大怪我に繋がるぞ。まずは一旦休憩。その後は伐根だ』
「はーい」
リリアンも呼んで、10分程祠前の食事処に設置された屋根の下で水を飲みながら休憩をする。人間の集中力と言うものはそう長く続かないのだ。修行を始めるにおいて、必ず小まめに休憩するよう厳命していた。よって、フィリップもリリアンも反対することなく素直に休憩する。
その後は剣から
フィリップはまずは地面を手で触って大体の感覚を覚え、体重をも使って、ザックリと
手で触って分かっていても立ち上がっただけで距離感がすぐに分からなくなり、最初の頃は本当に悲惨な状況だった。しかし、やはり痛みで覚えるというのは優れた方法なのだろう。体が危険信号を出したのか、徐々に改善が見られている。
「うぐっ……い、ってえ……痺れたあ……」
勿論、まだまだ出来ているとは言い難いが、回数が減っているのは事実だ。
『あ、おいこら。足元気を付けろ。こんなところでコケて切り株に頭ぶつけたりしたらどうするんだ』
「あ、ごめんなさい……」
『キツいなら休憩しろ。いつも言ってるだろ。緊張感欠いて惰性で修行しても意味ないんだぞ』
「はーい。リリー、休憩しよー!」
「あ、はーい」
フィリップはまだ平坦な道を1人でまっすぐ歩くことさえ出来ない。リリアンも休憩が必要なのは事実だが、どこかに移動する際はリリアンに連れていって貰うことでしか移動できないのだ。まあ、リリアンも熱中してしまうタイプなので強制的に休憩を取らせることが出来る今は悪いことではない。
太陽の光が和らぎ、暗くなってくると今日の修行は終了だ。だからその前に再度素振りが行われる。大抵平衡感覚だけで良い素振りは修行始めの際にした素振りよりも短時間で終えることが出来る。明日にはまた元通りになっている部分もあるが、一時的にでもかなりの成長を見ることが出来る、実感できるというのはとても大事なことだ。
そうして今日の修行の成果を確かめることが出来たフィリップも嬉しそうに目隠し布を外した。
尚、一方のリリアンはと言うと、こちらは完全に畑仕事だ。と言っても小さな畑。そこまですることはない。毎日植物の声を聴き、話し掛けながら世話をするだけだ。
但し、まだまだ芽が出たばかり、人間で言う赤ちゃんの状態なので会話をすると言った感じではない。延々と一方的に話し掛けているような感じだ。
やれることも少ないので、余った時間では実は小物作成をしていたりする。
小物作成は、ただ奉納するより加工したものの方が信仰量に変えた際に多くの信仰量が貰えることが分かった為の作業だ。道具は兎も角、素材となるものを創り出して貰っていたら信仰量の赤字だ。よって、基本的には魔物を解体した後に余る骨や爪などの部位、もしくは木材だ。
「これはこれで職人になったみたいで楽しいわよね。でも貴方達に作ってあげられそうなものはないのが残念だわ。骨粉は土作りの段階で混ぜるものだから意味はないし……何かないかしらね」
流石にリリアンも小物を植物にあげるということは出来ないらしく、いつも同じようなことを言っている。
「それにしても、フィー様は本当に頑張り屋さんだと思わない? 本当は体の色んなところに負担がいっているだろうに、全くそんな顔も見せないで……本当に子供らしくない方よね。初めて会った時からずっと……フィー様はああ言う方だったの」
リリアンが植物に話し掛ける内容の大半はフィリップのことだった。守り神はフィリップの傍に居たけれど、リリアンの声は聞いていた。だから、少しだけフィリップとリリアンのことに詳しくなった。勿論、聞かれていることが分かったらリリアンは口を開かなくなるかもしれないから守り神は決しておくびにも出さなかった。
だけど、守り神ももう自分はフィリップとリリアンのことを見捨てられないだろうということだけは自覚していた。
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