第21話 方向性と修行内容の決定

『リリアン。君の修行方法はただ1つだ。畑を作って、何か育てろ』

「………………はい?」


 あまりにも予想外だったのか、リリアンが何度か瞬きし、首を傾げた。


『君がまず出来るようになるべきことは植物の成長を促進させることだ。これすら出来ないなら干渉は君には出来ないということになる。何故ならこれが植物に対する一番簡単な干渉方法だからだ。だから植物の声を聴きながら植物を育て、植物の成長に干渉出来るようになること。これが君がやるべき修行だ』


 これが修行かと思うかもしれない。しかし、剣術だって素振りからなんだ。そんなものだろう。

 流石に体力作りからなんて言わない。参照はそれなりに出来ているんだから剣術でいう体は出来ている状態という認識だ。必要ないだろう。

 だから次の段階である素振り、つまり畑での植物育成というわけだ。


「つまり、畑仕事をしろ……ということですか?」

『きちんと君の“神の耳”を使い、“神の力”を意識しながら、だ。ただ普通に畑仕事をするようならそれは修行ではない。ただの畑仕事だ』


 守り神にとって“神の力”は一度認識してしまえば簡単に使えるものだ。そこに修行など要らない。けれど、それは守り神が神だからなのだろう。

 人間が“神の力”を使おうとするなんて普通は有り得ない。だから意識したところで使えないかもしれない。


「んんっ、難しいです……」


 理解出来ないと言った様子のリリアンだが、もしかしたらそれが普通かもしれない。


『まあまあ、やってみなければ分からなくて当然だ。これは感覚的なものだろうし、もしかしたら君は参照しか出来ないのかもしれない。干渉できるようになるのは参照するだけより格段に難しいからな。だからこそ、やる意味があるのだろう』

「ん、んー……」


 本当に人間が“神の力”を使いこなせるようになるかは守り神にも分からないのだ。修行内容だってこれで良いのかなんて分からない。

 だからこれ以上は口で説明しても無意味だろう。実際にやってみてもらうしかない。



「守り神様」

『んん、決まったか?』

「はい。私はリリを守りたいです。だから、守るための力を下さい」


 真っ直ぐに守り神を見ながら言うフィリップの声にはこれ以上ないくらいに想いが込められていた。


「! フィー様……」


 目を潤わせながら唇をへの字にすると言う感動してるか不満なのか分からない微妙な顔をしてリリアンがフィリップを見ると、フィリップは笑ってリリアンの手を握った。

 本当に隙あらばイチャイチャしないで欲しい。


『了解した。攻撃と防御に特化したものだな。それ以外は良いんだな?』

「はい、欲張りすぎは良くないですから。一番大切なものを優先しようと思います」


 一番大切なものという部分でリリアンを見ながらフィリップは言った。

 リリアンはその言葉に嬉しそうに笑いそうになり、ぎゅっと唇を結んだ。そんなすまし顔をしようとしてもフィリップには筒抜けなのだが、リリアンの癖なのだろう。


『良い判断だ』


 いちゃいちゃを無視して頷いた。


 リリアンがフィリップに全て従う、フィリップの決定を支持するというのはあながち間違っていないのだ。フィリップはそれだけ上に立つ者が備えているべきものを持っている。合理的で、だけれど人情に溢れた決断を素早く下すことが出来る。勿論、世間知らずな子供特有の視野の狭さもあるけれど、それを差し引いてもフィリップの判断は安心できる。


(この子が王になれば、国も安泰だっただろうに。勿体ないことするよな)


 【国王殺し】なんてことをした理由は守り神はまだ知らない。だが、フィリップが無駄な殺生をするとも思えなかった。だから多分、やらかしたのは国の方なのだろう。と守り神は思っている。色々と過去にありそうだしね。


『よしよし、ならフィリップ。君はこうしよう。一日数時間でも良いから目隠ししながら過ごすんだ』


 本当はずっと目隠ししたまま過ごす方が良いのだけれど、生活もあるからな。仕方ない。


「目隠し?」

「え? フィー様の力って“神の目”でしょう? それを使わないってことですか?」


 フィリップとリリアンにとってはやはり驚きの修行内容だったのだろう。特にリリアンは不安そうにした。


『言っただろう。君達は既に第六感が開いている。だからフィリップ。君は第七感を開いてもらう。その為に空間認知能力を鍛える』


 空間認知能力とは、その空間内のどこに何があるのかを余すことなく認識及び知覚できる能力のことだ。余すことなく、だから視覚と言うものに頼っていては得られない感覚だ。


「……目を使わずに視えるようになれ、ということですね?」

『その通りだ』


 そう。目を瞑っていても“神の目”が発動できるくらいにはならないと始まらないのだ。

 フィリップは少し俯き、唇に拳を当てた。何か気になることがあるらしい。


「守り神様。私の力をどの方向に持っていくおつもりですか?」

『ああ、言ってなかったな。空間をずらせるようにする』

「空間を……ですか?」


 フィリップの目は多分視ようと思えば何でも視れる。

 フィリップとリリアンの力は間違いなくどちらも“神の力”だけど、神にも格の差というものはある。そしてフィリップの“神の力”はリリアンの“神の力”より確実に1段上だ。

 万能型だからとかではなく“神の力”の質、いや密度が違うのだ。だから空間という高度な次元のものもフィリップの“神の力”なら視認及び干渉可能なはずだ。


『ああ、一時的に空間に干渉するという言い方でも良い。例えば攻撃は魂と命綱の空間をずらせば、一時的に魂は命綱がない状態となって、浮かんでしまうだろう。その後空間を元に戻しても体から完全に浮いた魂が戻ることは困難だ。いや、空間が元に戻る時に引き伸ばされた命綱が切れるだろうから戻る可能性は0に近いと言った方が良い』

「防御は向こうからの攻撃が届かないように空間をずらすことで対応すると言うことですね」

『そういうことだ』


 再度フィリップは思案体勢になる。

 まあ、納得してから修行した方が絶対に良いので、問題ない。


「守り神様」

『うん?』

「それでお願いします!」

『ああ、了解した。リリアンも良いかな?』

「あ、は、はい。お願いします」


 ようやく方向性と修行内容が決定して、守り神様もホッとした。


『ならフィリップの修行の為に目隠し布を、リリアンの修行の為に祠の横辺りに畑を創るってことで良いかな?』

「はい、お願いします」

「お願いします」

『よしよし、ならパパっと創ってしまうぞ』

「はい」


 透明な画面を操作し、まずは目隠し布を創った。そして信仰の許す範囲内で且つ生活に邪魔にならない程度の本当に小さな畑も。


「やったっ、畑だわ!!」


 いつもは奇跡が起こることに感動するのに、畑は欲しかったのだろう。リリアンは畑自体に感動しているようだった。


「あ、守り神様。植えるものは何にするのでしょうか」

『何でも構わないさ。欲しいものの方がやる気も出るだろうしな』

「そうですか。フィー様、どうしましょう」

「僕もリリの好きで良いと思うよ。今十分最低限暮らしていけるくらいにはなっているしね。後は趣味を優先させたところで困らないさ」

「そうですか。どうしようかな……」


 はしゃいでいる様子のリリアンを微笑ましく見守っているフィリップ。年齢的には逆なんだけど、この2人は何故かこうしている方が多い気がする。

 いや、フィリップの自制心が強すぎるだけか。やはり歪な子だ。


「リリ。ヴァイツェンこむぎが良かったんじゃないのかい?」


 ちょうど昼にその会話をしたばかりだったから、フィリップは不思議そうにそう声を掛けた。


「それはそうなんですけど、この大きさならヴァイツェンこむぎよりもっと色々な種類のものを植えた方が良いかなと思いまして」

「そうか。まあ、存分に悩むと良いよ」

「はいっ、ありがとうございますっ」


 テンションの上がっているリリアンは、フィリップの視線に気付く様子はなかった。

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