第10話 歪なフィリップと落差のリリアン

「守り神様……」


 心底疲れ切ったとでも言わんばかりに力なくフィリップが呼び掛ける。


『ふんふん、大分見られる格好になったな』


 ポンっと現れた守り神がそう感想を言う。

 例え冷遇されていても王子らしい服がないわけではなかった。国王に近付く為に王宮内をうろついていても違和感のない恰好、つまり王子らしい恰好をフィリップはしていた。

 こんな森の中でするには違和感のある格好だが、きちんとした服装になったのだから今は喜ぶべきところだろう。


「あまり着慣れていない恰好ではあるのですが、ようやく血が取れて安心しました。リリが少し気にしていたようだったのが、気になっていたんです」


 相変わらずフィリップの行動はリリアンが中心だ。殺した相手の血が付いていることを気持ち悪がるより、リリアンが気にしていることの方が重要だなんて――


(歪、だな)


 全幅の信頼を預け合っている関係は美しい。お互いが全てと言わんばかりの関係は尊い。

 それも間違ってはいないが、守り神はやはり少し気になってしまう。だけれども、ここに居る限りは問題にはならないだろう。


「フィー様、守り神様」

「ああ、リリ。着替えたのかい。やっぱりリリは可愛いね」

「ふふ。フィー様もいつになくカッコいいですよ?」


 まともな服になったからか、リリアンも女としてお洒落は嬉しいのか、フィリップの誉め言葉にリリアンが素直に笑みを浮かべる。


「いつになくは余計だよ。僕はいつだってカッコいいだろう?」

「ふふ、そうですね。ごめんなさい」


 フィリップもリリアンも先程までのことがなかったかのように楽しそうに笑い合う。いや、敢えて笑うことで気まずさを払拭させているのかもしれない。


「さて、守り神様。続きを良いですか?」

『ふんふん。布切れかな?』

「それもですが、鍋が1つ欲しいのです。食事にも使えますし、身体を拭く為のお湯を沸かすことも出来ます。採取の際の入れ物にも出来ますし、畑が出来た時は水撒きする際にも使えるでしょう。色んなことに応用が出来るので鍋は必需品だと思っております。如何でしょう?」


 色々付け加えたのは何か他にももっといい案があるかもしれないと思ったからなのだろう。どこか自信がなさそうにフィリップはそう言った。


『私の見解を言わせて貰うと、食事に使う鍋と体を拭く為の鍋を一緒にするのは反対だな。体を壊す可能性があると言うのはこんな森の中での生活では一番避けなければならないことだ』

「え、っと……一緒にすると身体を壊す可能性がある……ということですか?」


(ああ、こいつ王子だったか)


 不思議そうに首を傾げながら言うフィリップに守り神はそう思った。多分そういう下働きがするようなことをしたことがないのだろう。


 事実、冷遇はされていてもフィリップはリリアンと会うまでそういうことをしなければいけないことすら知らなかった。綺麗になった服がそこにあるのが当たり前で、食事が出てくるのが当たり前だった。例えフィリップの異端さが分かってから手抜きをされるようになっても、フィリップは自分でするという発想がなかったのだ。

 リリアンと会ってからは少しずつリリアンが手を貸してくれ、やり方を教えてはくれた。その時は当然のようにリリアンが場を整えてくれたし、王宮に物資は大量にあった。よって道具を併用するということがなかったのだ。だからフィリップには道具を併用することの危険さが分からなかった。


「フィー様、私も守り神様の意見に賛成です。私は植物のことは分かっても薬を作れるわけではないのです。節約は大事ですが、自分達の体を、健康を大切にすることを第一にしましょう」

「ああ、そうだな」


 リリアンに心底心配そうに言われたからか、フィリップはあっさりと頷いた。


『最優先でしたいことは何だ?』


 こういう時は目標をきちんと定める必要がある。やりたいことと言うのは口にして初めて気付くことは多々あるのだ。


「体を拭くこと、ですね」

『確かに健康に悪いな。病気の予防はまず清潔にすることだからな。大事なことだ』

「私も賛成します」


 三者とも同意を示したことで最優先事項は体を拭くこととなった。

 守り神はまずはタライの必要信仰量を確認した。その後、鍋も確認する。


『体を拭くだけならタライで事足りるだろう。だが、水では冷たいから風邪を引くかもしれない。風邪を引かない為にはお湯にする必要がある。お湯にする為には鍋も必要だ。鍋は料理にも使える』

「そうですね、タライと鍋というのが一番良い選択肢でしょうか」

『だがタライではなく、手桶もしくは片手桶にすれば植物採取の際の入れ物として使えなくもない。タライのままならば洗濯の際にも使える。植物採取の入れ物は別途出すか、ツルで編んで作るという手もある』

「そちらは併用しても良いのですか?」

『口に入れるモノなら兎も角、他は構わないだろう。肥溜めと併用するとか言い出したら止めるけどな』

「それは流石に知っております」


 確かにフィリップは厠を創る際に汚れるものを別にするべきだという考えを示していた。食事に関する衛生面は知らないのに、どういうことなのか守り神は不思議に思った。

 だが前向きになっている今、過去のことを掘り起こすのは止めておこうとやはりスルーする。


『今日は物資を創るだけで良いというのなら結構融通は効くと思うぞ』

「分かりました。少し考えてみますね」


 そう言ってフィリップが思案を始めると、リリアンは守り神に視線を向けた。


「守り神様。先程少し触れましたが、薬はございますか?」

『ああ、私に創れないものなどないさ。但し、原材料となる薬草がないと高すぎて手が出せないな』

「では、今後の為に薬に使えるような薬草を見つけた際には奉納しておくように心掛けた方が良いですね」

『そうだな』


 植物に関しては自分の役割だとリリアンはそう自負している。それくらいしか出来ないなんて言った日にはフィリップに怒られるだろうけれど、植物に関することだけは真剣にやりたかった。

 何せフィリップはそれごと全てリリアンを受け入れてくれたのだから。


「守り神様、こういうのはどうでしょうか」


 フィリップが顔を上げて、そう言う。先程までの自信なさげな顔からいつもの堂々とした顔に変わっていた。


「布切れ4枚、鍋1つ、斧1つを創って頂けませんか?」

『ほおほお、伐採するつもりだな』

「はい。そして木を奉納することで色々と創って頂きたいのです」

『いい考えだ』


 フィリップとリリアンが伐採の仕方を知っているかは守り神には分からないが、守り神の役目は奇跡の行使をすることだ。必要信仰量が問題なく足りるのかをきちんと確認する。


『ふんふん、問題なく創れそうだな』

「ありがとうございます。リリ、良いかな?」

「伐採ですね。問題ないと思われます」


 こういう時はいつもフィリップが独断で決めるのだが、何故かリリアンに同意を求めた。守り神は首を傾げたが、リリアンの返答からすると伐採はリリアン主導で行われるということなのかもしれない。


「では、守り神様、お願い致します」

『ふんふん、了解っと』


 透明の画面を操作し、順番に創り出していく。


「お、お、おー……」


 何だかオットセイの鳴き声みたいな感嘆の声を上げたフィリップに対して、リリアンは目をキラキラさせて覗き込むようにして見ていた。


「やっぱり不思議ですねぇ。何もないところから物が出てくるのは」

「だな」

「守り神様小さいのに凄いです」


(あ、天然リリアンになってる)


 さっきまでのしっかりしたお姉さんはどこに行ったんだろうと守り神は思うが、フィリップはこの落差に気付いていないかのように普通に話している。もう慣れっこなのだろう。多分、きっと。


『さてさて、これでご要望の品は以上だ。伐採は自分達で頑張るように』

「勿論です」

「頑張りますっ」


 本当にこの天然リリアンで大丈夫だろうかと守り神は不安になるが、きっと作業を始めればしっかり者のお姉さんに戻るだろう。フィリップもリリアンも自らの役割というものをしっかりと認識しているようなのだから。


 守り神は怠惰に尻尾の先だけを振って、頑張れとエールを送った。

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