op.13

「二人で出掛けるのって初めてだよね」

「ああ、そうだな」


 約束の日曜日、俺と真莉愛は都心に向かう電車に乗車していた。服を買ってもらえるのがそんなに嬉しいのか、真莉愛は家を出てから終始機嫌がよく、ずっとニコニコ笑っていた。

 対照的に、俺は人で埋め尽くされた車両のなか、不規則な揺れに加え、汗やら加齢臭やら香水やらが一緒くたになった臭いに、心身ともに疲弊していた。

 昔から、混雑した電車の車両ほど苦手なものはない。一時期は無理してホワイトカラーの仕事をしていたが、それもそうは長続きしなかった理由として、この吐き気すら感じる電車通勤も一因だった。


「おっと、大丈夫か?」

 ちょうどカーブに差し掛かった車両が大きく傾き、バランスを崩した真莉愛が俺に全体重をかけるように倒れてきた。

「だ、大丈夫だから!ちょっと離れて」

 ドン、と胸板を手で押し返され、耳を赤くした真莉愛は視線を逸らすように車窓の外眺めた。


 ――そりゃ、俺みたいな三十路男に抱きついたら、普通十代の女性は嫌がるか。


 そんなやり取りをしていると、周囲の乗客から一斉に好奇の視線が集まった。

 乗客には俺達のことが一体どう見えてるのだろうか。兄弟、親子、はたまたカップル……自分でも想像をしてみたが、どれもしっくりこない。

 親子ほど年が離れているようには見えず、かといって兄妹にしては年が離れすぎている。カップルは……犯罪者として見られている可能性が高いのかもしれない。


「次は~」

 妙なアクセントのアナウンスが聴こえると、急行の停車駅に到着した。

 扉が開かれると、ぞろぞろと乗客が下車していく。その水の流れのような光景を何となく眺めていると、その駅が侑里の職場の最寄り駅だったことに気付いた。

 一時期は同じ屋根の下で暮らしていた元カノ。

 人数合わせで参加した合コンで出会い、なし崩し的に同棲し、置き手紙を置いて去っていった女性。

 まだ、この街で働いてるのだろうか――

 無理してワイシャツに袖を通し社会に馴染もうとしていた過去の記憶が甦る。

 改札を越えていく人の群れの中に、無意識のうちに人波のなかに面影を探していた。


「ねぇ……今私のこと忘れてたでしょ」

 ずいと、横から顔を覗きこんできた真莉愛が、機嫌の悪そうな目で訴えかけてきた。

「私とデー、じゃなくてお出掛けしてること忘れないでよ」

「もちろんだ。忘れるわけないじゃないか」

 えー本当かなぁ、と訝しむ真莉愛は、唐突に「元カノの事でも考えてたりして」と、まさに核心をつくような事を言ってくる。

「そんなわけないだろ」

「でも、たまに律人ってぼんやりとしてること多いよ。心ここにあらず、って感じで」

 女というのは年齢関係なく、変なところで鋭いものだと苦笑いするしかなかった。

 そういえば、侑里も勘が鋭い女だったと思い出していると、またしても真莉愛の険しい視線が刺さってしまった。


 さらに数駅走り終点の駅に到着すると、扉が開かれると同時に、人の波に呑まれるように地上へ吐き出されていく。

 最後に訪れたのが数年前とはいえ、コンコースから地上へと続く階段を上りきると、目の前に広がるのは始めてみる高層ビルばかりだった。

 昔立ち寄った書店は姿を消している。喫煙所は取り壊されていた。

 俺の時が止まったままでも、社会は確実に時を刻んでいる――さながら浦島太郎のように時の流れを実感していると、赤色だったスクランブル交差点の信号が青に切り替わり、続々と通行人が前を歩き始める。


「ほら、早く行こう!」

 そう言って俺の手を引っ張り先を行く真莉愛に、置いていかれないよう後をついていった。


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