ご。

 私達は正座をさせられていた。

 なぜだ、彼女は私の妻でいてくれると言ってくれたのに。意味がわからない。


「タマオ、なぜ正座を」

 パァン!

『ヒィっ』

 タマオ愛用のハリセンが音を立てた。


「旦那様方、情けのうございますわ!」


 パァン! パァン!

 タマオの手のひらを打つハリセン。この音にトラウマ持ちの私達は身を硬くする。


「まずは、ニージオ様!」

「はひっ!」


 噛んだな、ニィ君……。


「ニィチェル様と会話が全く噛み合っていませんでしたが、勢いだけで謝罪し、心を伝えたことは素晴らしいですわ、フラワーショップ・エリザベスの手抜き月イチギフトのことは最後まで思い出されることは無くても! 勢いだけで想いを伝えられる姿は、ニィチェル様も心を動かされたようでしたわ」


 あ、フラワーショップ・エリザベスの月イチギフトのことだったのか……と、横で呟くニージオ。今思い出したんだな……ってか、ニィ君も月イチギフト契約してたんだな……。


「しかし! 勢いのまま押し倒すなんて、夫であっても許せるものではありませんわ!」

「はひっ!」

 背筋を伸ばすニージオ。


 ちょ、押し倒したの!? 何してんの! ニィ君!


「お可哀想に、ケダモノと化した旦那様に、怯えきったニィチェル様は寝室にこもられたそうですわ」

「うぐっ」


「そして……」


 ゆらりと向けるタマオの表情に竦み上がった。狩られる! と。魔獣と遭遇した草食動物のような、そんな命の危険を感じるほどの表情を向けられた。


「“今まで通りいてほしい”?」

「え?」

今まで通り・・・・・で『ひっ、ヒィィィ!』すってぇぇぇ?」


 思わずニージオと二人抱き合ったよ!


「イルジオン様、ご自分が何を言ったか、分かっておられないようですねぇぇ」

「な、な、なに、を、まちがへたの、でしょうか?」

「イルジオン様に今まで通り・・・・・と言われ、イーシア様は、今まで通り、名ばかりの・・・・・妻でいてほしい・・・・・・・と、そう思われたんですよ!」

「なっ!?」

 “なっ”のままクチを開けっぱで固まってしまった。


 あの時、通じ合ったと思っていたのに、勘違いさせていた? そんな、では私の言葉に、彼女はどんな顔をして!?


「わ、私は、どうした「なんということでしょうっ!」えっ!?」

 顔を覆い崩れるタマオ。


「顔面偏差値は高いのに、人の女を追いかけていた所為でこんなにも恋愛経験値が底辺だなんて!「すみません!」あぁ、望まれる言葉しか返したことがないから、気の利いた言葉すら思いつかないだなんて!「すみませんっ!!」」

 ふっと、立ち上がるタマオ。向けられた表情は残念な、可哀想なモノを見るものだった。


「イーシア様もご気分が優れないと、寝室へこもられましたわ。旦那様方、今日はこのままお引き取りくださいませ」

『待ってくれ!タマオ、一目彼女に!』

 縋る私達に、できの悪い弟を見る、困ったような笑を浮かべた。


「私からのアドバイスですわ。お二人とも、毎日手紙を送ること。休日には必ず奥様へ会いに来てくださいね」

 明日もお仕事なのですからと、追い出されるように馬車に押し込まれ、私達は王都へ帰ってきた。




 帰宅後私は手紙を書いた。何度も書き直し、結局体調を気遣うというものになった。妻への初めての手紙。いや、考えれば女性へ手紙を送るとこ自体初めてだった。


『今まで通りいてほしい』を、『今まで通り、名ばかりの妻でいてほしい』なんて勘違いさせ、顔も合わせることすら出来ず戻ってきた私は、思いっきり寝不足だった。日差しが目に痛いよ。




***

 食堂でニージオと会った。

 同じく自分の失態に寝不足で、私と同じような顔をしているのかと思いきや、ツヤテカ、満面の笑みでカップケーキを頬張っていた。

 隣の席でうどんを啜るが、バターの良い香りが気になりだした。


「一個くれよ」

「断る!」

 カップケーキを抱きかかえるように私を避ける姿にイラ。

 昨日の今日でなんで、こんなに能天気なんだ。


 馬車の中では大きな身体を丸めて「嫌われた? オレ、嫌われた?」と真っ青になって頭抱えていたくせに! が、ニージオの言葉に私は声を失ったよ。


「愛しい妻の手作りを人へやれるか!」


 え?

 妻?

 ドコにいる妻?


「ニィチェルに決まってるだろ、今朝、持たせてくれたんだ」

「は? はぁぁぁっ!?」


 いやいやいやいや、待て待て待ってっ!

 領地の端の屋敷まで行ったの!? 今日の朝!?

 驚きすぎて、声も無くパクパクする私の言わんとすることを察してくれた友。


「行って来たよ、会いたくて寝れなくてさ」

 キラリとめっさ、いい笑顔だけど! 門を使っても片道三時間だよ!?

「馬で駆ければ二時間程で着く!」

 ドヤっと胸を反らせるけど、

「まだ使用人も起きてなくてさ、屋敷にも入れなくて、門前で待ってたら警邏隊に職質されちゃったしさー、まいったぜ」

 何時についたんだよ。ソレ!


「ニィチェルに会ってもすぐに王都へ帰らなきゃなんないだろ? 朝食を一緒にとる時間もないからって、ニィ……オレの奥さんが持たせてくれたんだよ!」

 ナニソレ、ナニソレ! 羨ましすぎるんですけどー!


「あぁ、イーシアも「はぁ!?」」

「会ったのか! 彼女に!? ど、どんな様子だった!? わ、私のことは、何か言ってなかったか!?」

「視界の端にいた気するけど、オレ、ニィチェルしか見えてないから、何言われても記憶にものこってないな」

「おぉぉぉまぁえぇぇぇっ」

「な、なんだよ! イッ君も会いに行けばいいだろ!」

 くっ!

 単騎で駆けるなんて、内職系(室内で働く術士)にできるわけないだろ!

 コイツの行動力がうらやましい!


 幸せそうなニージオと比べ、焦りと寝不足で集中力は散漫し、仕事はつまらないミスを繰り返し、全て片付けたのは日付が変わってからだった。




 自室に入り、机に置かれた封筒が目に入り、飛びついた。

 イーシアからの返事!!


 はやる気持ちを抑え、慎重に封を開ける。


「あぁ……」

 そこには体調を気遣う短い文章、だけ。


 私の言葉で彼女の気持ちが離れてしまったのか?

 ため息ついて初めて目にした彼女の美しい文字、一文字一文字を目で追う。そして、気づいてしまった。

 何度も書き直しであろう薄く残った文字の後!


「え、え? ここは、“申し訳あり”申し訳ありません? え? こっちは、“会えて”、“嬉し”? 会えて嬉しかった? え、本当に? うわ、ここには、“イル”私の名前か? “一緒に”って、イルジオン様と一緒にって書いてあるのか!? うわぁぁぁ……」

 ベッドの上で手紙を抱きしめゴロゴロした。

 会いたい。すごく会いたい。


 こんな時間ではイーシアも眠っているだろう……。会いたい……。

 ベッドの中で寝返りをうつが今夜も眠れそうにない。

 このまま会いに行こうか? これから馬車を走らせて。


「…………」


 ウチで抱えている高齢の御者の顔が浮かんだ。うん、無理させちゃダメ。

 馬車を呼ぶか? 深夜料金っていくらだろう? 護衛も割り増しだったなぁ……、転移門も深夜料金かかってたなぁ…………。


 そんなことを考えていたら夜が明けた。

 今日も寝てない。




 それからニージオは毎朝片道二時間駆け、己の妻へ会いに行っていた。ニージオの笑顔と、妻の手作りだという菓子や、弁当に、想いが通じ合った様子が見えて羨ましかった。


 しかし私達の交わす手紙も、少しづつ、変化していった。

 お互いの手紙に書かれるようになった“あいたい”、“会いたいです”の文字。


 休日の前日、“明日会いに行きます”に届いた手紙は。

「よぉっし!!」


“イルジオン様に会えるのを楽しみにしています”


 一週間が長かった。

 明日、やっと彼女に会える。

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