よん。

 か、かわいい!!


 抱きしめたい衝動から手は浮いたが、幸せそうにブローチに指を這わす彼女の姿に止まった。私からの贈られたと思っているブローチを大切にしている姿に。


 “このヘタレ!”


 頭の中に響く念話。

 振り向けば扉から顔半分覗くタマオ!


 “男ならここで抱きしめるところ!”

 “いやいや、待って、そういきたいけど、ブローチって!”


 贈ってない。花もブローチも知らないのだから。


 “しかし先日も、確かにイルジオン様の名で花が届けられています”

 “私は贈ってないんだよ!”


 “…………”

 “…………”


 しばしの間。

 そして頭に響くタマオの低い低い声。


 “まさか……”

 “え!? まさかって何!? タマオ!”


 “……イルジオン様、フラワーショップ・エリザベスに心当たりは?”


「あ」


 思わず声が出た。


 脳内に蘇るのは恰幅のよいマダム、エリザベスの声。

 花って、フラワーショップ・エリザベスのマル得メモリアルパックじゃん!


『えー、えー、分かっております! 分かっておりますとも! 花も宝石も男性が女性の好みに疎くて当然ですわ! シーズンごとに変わる女性へ好みを男性が理解している方が驚きますから! そんな男性のための当店イチオシのマンスリー・フラワーギフト! 毎月婚約者様へ季節の花束をなにかとお忙しい男性に代わりお届けするのが、このプランなのです! まぁまぁ、ありがとぉございますぅ、代金は漏れのない給与天引きシステムで、まぁぁぁ! イルジオン・ニース様とおっしゃれば、お父様が魔術師副団長の!? まぁぁぁ!! 失礼いたしました! 婚約者様への贈り物へ対してこのプランでは失礼すぎましたわ! たいっへん、申し訳ございません! では、こちら! マンスリー・フラワーギフト・アイパック! こちらはイルジオン様と婚約者様の瞳の色の花をメインに作る花束なのですわ! ちなみに婚約者様は? はいはい! スミレ色! まぁぁ! イルジオン様の瞳の色との組み合わせはサイッコォですわ! 美しい花束を心を込めてお届けいたしますぅ! ところでイルジオン様、ご存知ですか!? 女性はなにかと記念日を大切にしますでしょう? 婚約者の誕生日など、遅れてしまっては男の質に関わりますわ。そこで、こちらのメモリアルパックは婚約者様の誕生日に、品質を保証するナナアリアの宝石を使った装飾品を贈るセットになっておりますの! デザインは、あの幅広い層の女性に人気のユフィー・アンセル! 流行を逃さず年齢に合わせた人気の品をお贈りできるという、まぁぁ! ありがとうございます! やはり、ニース様ですわ! ほーほほほほほ!』


 忘れてた。フラワーギフトパック。毎月給与から天引きされてたんだよ。契約解除し忘れてた! しかしこれって、うん、し忘れナイス?


 “手抜き月イチギフトなんて、まぁ、今の状況からは、旦那様のいい加減さが功をそうしたということですね。ナイスですわ、旦那様!”


 ん? 褒め、いや貶められてない?


 “さぁ! 一気に伝えるのです! 肩を寄せて! 目をまっすぐ見て! 離婚はしたくないと! これからも妻としていてほしいと! 貴女だけを大切にすると!”

 “ちょ、え? 待っ、タマオ! もう一度ぷりーず!”

 “早く!”

「くっ」


 私は彼女の肩を掴み、驚き顔を上げた彼女の濡れたスミレ色の瞳と、まっすぐ向き合い、――飛んだ。


 タマオからのアドバイス全部飛んだ。

 頭の中が真っ白になってしまった。


 目が離せない。


 熱い、顔が、頭が、身体が。


 私の全てが彼女に、捕らえられてしまった。



 愛しい。



 占めるのはこの想い。


 一緒にいてほしい。


 離したくない。


 このままずっと、側にいてほしい。




「このままいればいい。今まで通り・・・・・いてほしい」


 溢れた正直な想い。






 ……言った。



 言ったぞ! タマオ! 私は言った!


「…………はい」

「――っ! ありがとう……」


 舞い上がっていた、彼女の返事に、側にいてくれるという返事に舞い上がっていた。頭の中はもう、本気で花畑だった。


 だから気づかなかった、顔を伏せた彼女の表情に。扉の向こうで頭を抱えているタマオに。




 自分が何を間違えたのか、私はまだ気づいていなかった。



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