第2話 選ばれた少女

 揺れる馬車に身を委ね、窓の外を見るしかできない少女は何度目か分からないため息をついた。どうしてこんな事になったのか未だ理解できない。

 自分と似たような境遇だったはずの同乗者たちの視線に気づいて、もう一度ため息をついた。


「マリアンヌ様、大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫よ」


 全く大丈夫ではなかったが、そう答えるしか無かった。声を掛けてきた侍女もそれが分かっていて聞いてきている。腹立たしいを通り越して虚しさを覚える。

 マリアンヌ役を命じられた少女の本当の名前はマリア・レプス。両親を亡くし、家名に意味などないが、確かに彼女はそう呼ばれていた。どこにでもいるマリアだ。自分の名前が少し長くなっただけ、そう思えればどれほど楽だったろう。


「あなたにするわ、マリア。私の代わりは」


 今でも鮮明に思い出せる言葉。その後に始まった礼儀作法や教養の時間など些事に過ぎない。マリアを絶望させたのは、その呪詛めいたその言葉だけだった。

 偽者とバレて殺される可能性。望まない結婚。王女の代わりに子を産み、育てる。つい先日まで敵国がだった女の産んだ子が祝福されるとは思えない。

考えれば考えるほど絶望の底が抜けて下に落ちる思考。


「庶民に戻りたい……」


 零れ落ちる本音。王族になんてなるものじゃない、心の底からそう思う。生まれ変わっても嫌だと思う。

 この馬車の中でマリアの言葉を咎める者は居なかった。自分もその立場になっていたかもしれなかったので、他人事ではなかった。秘密を知る者として偽王女付きの侍女の教育を受けて同行している。

 帝国に着かなければいいのに、それが彼女たちの共通認識だった。

 その気持ちを表すように厚い雲が空を覆い、今にも雨が降り出しそうだった。


  

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