なぜか親友の娘と同居することになったんだがどうすればいい!?

下端野洲広

第1話

今まで転機があったか、と聞かれたときに思い当たる事は何かあるだろうか。

 結婚、異動、入学、卒業、といった分かりやすいものから、日常のちょっとした変化から起こる事もあると思う。

 しかし中には心当たりが全くないという人もいるかもしれない。

 そして、俺こと神白弘人は今までの人生で転機が全く無かったと思っている数少ない人間だった。

 小、中、高、大学と無難に学生時代を過ごし、無難に就職し、10年経った今も無難に仕事に就いている。

 多少の出来事もあったかもしれないが、総じて起伏が少ない人生だったと思える。

 35歳となって独り身ではあるが、週末に共に遊べる友人も居るし生活で特に不自由を感じた事も無い。

 このまま結婚もせず独り身で自由に、そして無難に過ごしていき、人生を終えるのだと何となく思っていた。




 そう、あの日までは。




 きっかけはある一本の電話によって突然やって来たのだ。




 電話が掛かってきたのは4月も下旬に入り、ゴールデンウィークを直前に迎えたある日の仕事終わりである。

 会社のロッカーで服を着替え、駐車場に向かって歩いていた時ポケットの中に入れているスマホが振動し出したのだ。

 振動のタイミングから着信であると判断し、ポケットからスマホを取り出して画面を確認すると、


『祭川誠也』


 と表示されていた。


 祭川誠也は小学生時代からの同級生で、今でも時々週末に遊び程の古い親友---というよりはもはや幼馴染と言っても差し支えない。

 誠也は学生時代に当時の同級生と結婚して一人の娘を授かったが、奥さんは娘を産んだ少し後に亡くなり、以降は男手一つで娘を育て上げてきた所謂シングルファザーである。

 学生結婚を両家に猛反対されるも二人で強引に押し切ったという話は聞いており、その影響で勘当同然だったので両親を頼る事も出来なかったという事らしい。

 そのため誠也は相当に苦労していたので、幼馴染であった俺がしばしば誠也の家を訪ねては慣れない家事や子守りを手伝ったりもした。

 その甲斐もあってか誠也の娘、莉緒ちゃんはすくすくと良い子に育って4月に高校の入学式を迎えたところである。




(ん?この時間に珍しいな)




 誠也が電話を掛けてくるのはほとんどが金曜日の夜か土日なので、水曜日である今日のこの時間に掛かってくる事は皆無なので不思議に思った。

 とりあえず画面の通話スイッチを押してスマホを耳に持って行った。


「もしもし、誠也がこの時間に掛けてくるのは珍しいな」


 俺が話し掛けると、電話の向こうで誠也がホッと安堵した様な息を吐いた気がした。


『すまねえな、急に電話掛けちまってよ』


「いや、それは構わないけど。何か用があるのか?」


『・・・実はな、会社で突発のトラブルが起きて今から北海道に行かなきゃならなくなっちまった。しかもちょっと長引きそうでな、しばらくは帰って来れなさそうなんだ』


「え?それはまた急な話じゃないか。という事はしばらくは遊べなさそうだな」


 俺は内心とても残念な気持ちになっていた。学生時代からずっと遊んできたと言っても過言では無い幼馴染としばらく面と向かって会う事が無くなりそうだったからだ。

 しかし、誠也の話には続きがあった。というよりはこちらが本題だったのだろう。

 申し訳なさそうに、しかしどこか楽しげな声音で誠也は再び話し掛けてきた。


『・・・実は折り入って頼みがあるんだ』


「うん?何だ?」


 この時俺は嫌な予感がしつつも、続きを促さざるを得なかった。


『あのな・・・、しばらく莉緒を預かっててくれねえか?』


「ん、莉緒ちゃんを預かれば・・・ってはぁ!?何言ってんだお前!?」


『いやあ、俺が北海道に行っちまったら莉緒が一人になるじゃねえか。だからその間だけでも預かっててもらえねえかな、と』


「ちょっと待て、別に家をどうこうするって訳じゃないんだろ?それなら別に預かる必要ないじゃないか。それが嫌なら莉緒ちゃんを連れて行けば良いってだけの話じゃないのか?」


「駄目だ!莉緒は高校を入学したばかりなのに転校なんかさせられねえし、家に一人だけだとあんなに可愛い莉緒が暴漢に襲われちまうかもしれねえだろ!』


(また始まったよ・・・)


 俺はため息を吐きたくなった。男手一つで今まで苦労して育ててきたせいもあってか、娘である莉緒ちゃんをこれでもかという程溺愛している事をよく知っている。少しでも男の影がちらつこうものなら射殺すような眼で睨み付けながら相当な圧を掛けて追っ払っているのだ。


「だからと言ってなぜ俺のところに預けるという結論になるんだ?俺だって男だぞ」


『それこそ何言ってんだ。弘人なら何の問題も無いぞ・・・ていうかお前なら莉緒を任せられると思っているんだけどな』


 後半はよく聞こえなかったが、どうやら俺に預けるのは良いらしい。おそらくは小さい頃から一緒に面倒を見てきたという信頼があるからだろうと思った。


「いきなり言われても何も準備なんかしてないぞ」


『準備なんか無くても弘人のアパートは広いし、一人泊めるくらい余裕だろ?』


「いや、だから・・・」


『もう莉緒には弘人のところへ行けって話してあるから、アパートで待ってると思うぜ。んじゃ、頼んだぞ!』


 それっきり通話が途切れた。俺は再度誠也へ電話しようとするも電源を切ったのか繋がる事は無かった。


(あいつ、俺に押し付けやがったな・・・!)


 今度会った時はどうしてやろうかと怒りが込み上げてきたが、莉緒ちゃんがすでにアパートに向かっているという事なので少し冷静になり、とりあえずアパートに戻る事にした。

 会社へは車で通勤しているが、所要時間はだいたい15分位なのでそこまで遠くはない。ただ、いつもならどこか飲食店に寄って夕食を食べて帰るところだけど、今日は直接アパートへ車を走らせた。

 特に道は混んでいなかったので予定通り15分程度で到着し、車を駐車場に停めてアパートへ歩くと俺の部屋の前に一人の少女が立っていた。

 俺が部屋の前まで近づいて行くと、少女がこちらの方を向いた。


「あっ、弘人さんお帰りなさい」


 少女ーーー祭川莉緒ちゃんが嬉しそうな表情をして俺の方へと寄ってくる。

 身長は150センチよりも少し高い程度、辺りが明るければ艶やかな黒髪がストレートで背中辺りまで伸びているのが見えるはずである。ぱっちりとした目に男であれば十人が十人振り向くような整った顔立ち、すらりとした体形ながらも制服の上からでも分かる程出るところは出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる正にモデル体型と言っても良いと思う。

 この前誠也にさんざん莉緒ちゃん自慢をされた時に、入学当初からかなり騒がれているという話を聞いていた。

 どうやらこの短期間で学園のアイドルという地位を築き(築かれたという方が正しい)、すでに何人かに告白されたらしい。

 ちなみに学園のアイドルとやらのくだりは機嫌良さそうに話していたが、男子生徒に告白されたらしいという話は憎々しげに語っていたので余程気に入らなかったのだろうと思う。


「久しぶり、莉緒ちゃん」


「はい、二週間ぶりですね」


 暗がりの中でも分かるくらい莉緒ちゃんはに明るい笑顔をしている。何か良いことでもあったのだろうか?


「もう外も暗いし、とりあえず中に入って」


 俺は鍵を取り出すと、鍵穴に差し込んで玄関のドアを開ける。


「はい、ありがとうございます」


 お礼を言った莉緒ちゃんの側には大きめのキャリーケースが置かれていた。大きさから見ても本当にしばらく泊まる事を想定しているように見えた。


「キャリーケースは俺が持っていくから」


と言って、俺は莉緒ちゃんが持ってきたキャリーケースを運ぶ。莉緒ちゃんは申し訳なさそうな表情をしていたけど、女の子が持つには少々重量がありそうでよくここまで持ってこれたなと思う。

 ちなみに俺の住んでいるアパートの間取りは2LDKで一人で住むには充分すぎる程の広さがあるので、誠也の言った通り莉緒ちゃんをしばらく泊める分には問題無いが、一部屋は趣味の物置部屋と化している。


(あの部屋を片付けて、使ってもらうか)


 具体的な期間は分かっていないけど、それなりに長く居るのであれば個別に部屋が必要だろう。ただ、このアパートに引っ越してきてまだ半年と日は浅いにもかかわらず、荷物の整理が面倒で全てあの部屋に詰め込んでしまったので片付けるには相当な時間がかかると思っていた。


(片付けるをするなら次の休日だな)


 平日は仕事があるし、仕事の後にあの量を片付けるのは少々気力が湧かないのでそうするしか選択肢はない。

 とりあえずキャリーケースをリビングまで運び、莉緒ちゃんにソファへ腰掛けるように促す。

 俺も対面にある座椅子に座ろうとすると、


「弘人さん、隣空いてますからこちらに座りませんか?」


 確かにソファは最大3人程度は座れるが、話をするなら面と向かった方が良いはずである。


「ん?正面の方が話をしやすくないか?」


 俺がそう言っても、莉緒ちゃんは首を傾げている。


「そうですか?隣の方が近くて話しやすいと思いますよ。それとも私の隣に座るのが嫌ですか・・・?」


 上目遣いに瞳を心なしかうるうるとされてしまっては断りようが無かった。


「いや、そんな事無いって。じゃあ隣に座るぞ」


「はいっ」


 莉緒ちゃんの声音が少し弾んだ様に聞こえるのは気のせいだろうか。

 俺が莉緒ちゃんの隣に少し間を空けて座ると、なぜか莉緒ちゃんはその隙間を詰めてきた。


「ち、ちょっと近くないか?」


 莉緒ちゃんが近づいてきた事で甘い香りが漂ってくる。あいつもそうだが、なぜ女性というのは良い香りがするのだろうか。

 香水を使っている様子も無いはずなのだが。


「良いじゃないですか、その方が話しやすいですし。それに・・・」


「それに?」


 莉緒ちゃんはハッとして頬を少し赤らめると、慌てた様子になり手を激しく振った。


「い、いえ、何でもありません!と、とにかくお話しましょう!」


「?ああ、そうだね」


 何はともあれ莉緒ちゃんから事情を聴く事になった。誠也から突然北海道への長期出張が決まった事、本当に辛いが莉緒ちゃんを連れていけない事、一人暮らしをさせるのはあまりにも心配だから俺の居るアパートに行って一緒に住まわせてもらえと言われ、さっさと出張の準備をして出かけて行った事等が話された。

 つまり、得られた情報は俺が電話で聞いた内容とほとんど変わらなかった。


「まったく、あいつは時々強引すぎるんだ。しかもあれだけ過保護な割に自分の娘に対してロクな説明もしなかったのか」


 誠也昔からたまに無茶な頼みをしてくる事があり、しかもその時はだいたい断れない様なタイミングで言ってくるので余計にタチが悪かった。

 今回は莉緒ちゃんに対しても詳しく説明していない様子だったので俺は再び怒りが湧き上がってくる。


「お父さんが無茶を言ってごめんさい。もし、弘人さんが無理であれば私は一人で暮らしますから」


 とても申し訳なさそうな、少し悲しげな表情をして莉緒ちゃんは呟いた。

 う~ん、そんな暗い表情をされると断る事など出来ようはずもないんだけど。


「いや、無理な訳無いよ。というかあいつから電話をもらった時から莉緒ちゃんを預かるつもりでいたし」


 莉緒ちゃんは何も悪くないので、誠也への怒りを抑えながら務めて穏やかな口調にして俺は答えた。


「・・・ご迷惑ではないですか?」


 恐る恐る莉緒ちゃんは聞いてくる。


「ああ、あいつが帰ってくるまでいくらでも居てくれて良いよ。というかむしろ俺みたいなおっさんと一緒に暮らすのは嫌じゃないか?」


「ぜ、全然嫌じゃありません!むしろ嬉しいですっ!」


 顔をずいっと寄せてくる莉緒ちゃんだが、それよりも気になる言葉があった。


「ん?嬉しい?」


 俺がぼそりと呟くと、莉緒ちゃんは先程よりも顔を赤らめながら顔を離した。


「え、えと、あのっ!ば、晩御飯は食べましたか?」


 明らかに話題を逸らされた気もするけど、莉緒ちゃんが話した内容は俺も気になっていたので乗っかる事にする。


「いや、今日は莉緒ちゃんが待ってるって聞いたからまだ食べてないよ」


「そ、それなら何か作りましょうか?」


「あ~、食材は買いに行かないと何も無いよ」


「えっ、冷蔵庫に何も入っていないのですか?」


「うん、朝はパンだし、昼は会社の弁当、夜は外食するから食材は全く無い。冷蔵庫の中はほとんど飲み物だし、あとはせいぜいカップ麺があるくらいかな」


 俺の回答を聞いて莉緒ちゃんは眉間に皺を寄せてむむむ、と唸った。


「そんな偏った食生活を送っていたら、身体を壊してしまいます!」


「う~ん、今まで体調が崩した事がほとんど無いから」


「いいえ、駄目ですっ!一緒に暮らす以上は私が料理を作って健康的な食生活を送ってもらいますからね!」


「わ、態々そこまでしてもらわなくても・・・」


「一緒に住まわせてもらうのですから、それくらいはやらせてください!」


 俺はどうにか説得を試みるものの、莉緒ちゃんの意志は固く結局は押し切られてしまった。

 最初は昼食に関して会社の弁当を食べると主張したけど、莉緒ちゃんは毎日お弁当を作って持っているらしく「手間はそこまで変わらないから作ります」と言われたのだ。

 ただ、食費については俺が全て出すという事で押し切らせてもらったが。


(やっぱり誠也の娘だな・・・)


 特に強引に押し切る、というか頑固な性格は誠也に似ているなとつくづく思う。


 こうして俺と莉緒ちゃんの同居生活が幕を開けるのだが、まさかこれを機に今後の生活が(良くも悪くも)大きく変化する事をこの時の俺はまだ知る由も無かったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

なぜか親友の娘と同居することになったんだがどうすればいい!? 下端野洲広 @fizzo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ