6−3 やってみなきゃね

 火竜たちの集落は、フィールーンにとっては魅力的な場所だった。


 野草の一本も生えない、厳しい火山での暮らし。その中にある集落のあちこちで、まるで祭りのように色とりどりの飾りが踊っていた。火竜たちが身につけている装飾品も同じく、凝った作りをしている。聞けば、火山から採れる鉱石を使ったアクセサリーの生産と染色が彼らの主な生業なのだという。


「素敵な暮らしですね」

「あらあら、うれしいねえ。ちょっとヒトには熱いだろうけど」

「いえ、大丈夫です!」


 ヒトではないので、と言いかけた王女は慌てて口を閉じ、曖昧に微笑んだ。体内で水の魔力の割合を強めているというのもあり、実際にそれほど熱さは感じられない。全属の師はもちろん、自分より頑丈な身体をもつセイルも同じらしかった。


「さあ、どうぞお入りください」


 ひときわ大きな族長の家に招かれる。全員が輪になって座れる大部屋へと着いた途端、弱々しい声が王女の耳を打った。


「暑いわ……」

「暑いっつーか、熱いっす……」

「言わないで、タルトちゃん……」


 水の精霊がいないからか、商人同様にエルシーも参っているようだ。アーガントリウスが出現させた水の獣に密着し、涼を得ようとしている。二人の間で、猫に似たその獣は透明な口を開いてあくびした。


 水の獣からもっとも遠い席を陣取ったセイルが、一同を代表して訊く。


「“儀式”は、どこで何をする?」

「ヒトにしてはずいぶんと簡潔な訊き方をなさる」


 率直な質問を受け、ギムリウスは黄色い目を瞬かせる。「ヒトじゃない」と言いかけたらしい木こりの脇腹を、彼のとなりにいた師が小突くのが見えた。


「では、“儀式”の内容をお話しします」


 あぐらを組み直して背を伸ばすと、族長は石をくり抜いて作った窓を指差して続けた。


「この家から続く登り坂の先に、大きな洞穴がございます。その中へ入り、奥まで到達していただきたいのです」

「それだけか?」

「もちろん、ただの洞穴ではありません」


 フィールーンを含めた疑問の色を浮かべている若者たちを見回し、ギムリウスは丁寧に答える。


「火山深奥に近いので、内部は我々でも怯むほどの高温です。常に火の魔力で自身を守らねば、すぐさま引き返すことになりましょう」

「うへえ……そりゃ厳しいっすね」

「さらに道中では、火山が生み出す精霊たちが容赦なく襲ってきます」

「倒しちゃうの? 可哀想だわ」


 エルシーが緑の眉を下げるのを見、フィールーンも落ち着かない気持ちになった。しかし族長は優しい少女に、穏やかな笑みを返す。


「大丈夫です。彼らは焚火からはじける火の粉のようなもので、意思はありません。消えてもすぐに火山の魔力に取り込まれ、また生まれ落ちます。遠慮なくざっくざっく斬り刻んで、自身の強化に努めていただければ!」

「そ、そう……」

「それよりも大事な目的がございます」


 一度大きなカップで茶――好奇心から口をつけたタルトトが盛大に咽せこむのを見てからは、誰も手をつけていない――をすすり、ギムリウスは続ける。


「洞穴の終着点。そこで、挑戦者の力を真に試すための試練が行われます」

「こういうトコだけもったいぶるの止めなよ。族長サマ」

「……。雰囲気出したいんですよ、知恵竜殿! こうして外部の方が“儀式”を受けられるのは久方ぶりですし、なんかこう族長っぽい威厳を醸し出したいではありませんか! 最近の若者ときたら、“自由がオレらの生き方ライフスタイル”だとか言い出して、全然挑もうとしてくれな――」

「うん、俺っちが悪かったよ。続けて」


 長い鼻先からふーっと息を落とし、興奮を鎮めてから族長は咳払いする。


「えーと、どこまでお話ししましたか? まあとにかく、洞穴の奥まで行って“守護者”と手合わせして、その証拠を持って返ってきてくださいって話です」

「なんか最後、色々端折ったわね……。証拠っていうのは?」

「守護者が持たせてくれると思います」


 守護者の正体を事前に教えたくないのか、族長は曖昧な答えを寄越す。フィールーンは不安げな視線で師を見た。


「ま、何でもやってみなきゃね。その守護者とはちょっとした知り合いだけど、頑張る姿を見せてやれば、いいもの貰えるかもしんないよ」

「良いモノ――お宝でやんすかっ!?」

「はい。守護者は大昔、武者修行で世界中を飛び回っていたといいます。その過程で集めた貴重で強力な武具を、自分が認めた戦士に贈呈することがあるんですよ」


 この情報には、フィールーンの冒険心も躍った。苦労の果てにそのような宝を得られたら、どんなに喜ばしいことか。挑戦者はどんな心持ちなのだろうと臣下を盗み見たが、そこで王女の高揚感が消える。


「……リン?」

「……」


 大きな声でなかったとしても、自分の呼びかけに彼が答えないのは珍しいことだった。隅に座すリクスンは硬い表情をし、静かにしている。思えば族長の家にきてからも、彼は一切の発言をしなかった。緊張しているのだろうか?


「説明は以上となります。挑戦をはじめる時刻は自由ですが、明日ごろになさいますか? 今日はお疲れでしょうし、集落の散策にでも――」

「いえ、気遣いは無用です。今から発ちます」

「えっ!?」


 思わず腰を浮かしてしまったフィールーンに、ようやく臣下が顔を向ける。先ほどの表情が嘘のように、彼の顔にはいつものはつらつさが戻っていた。


「このリクスン、登山ごときで疲弊する身体は持ち合わせておりません! 皆にはこの暑さが堪えるでしょうし、早々に任を果たしてまいります」

「で、でも……」

「良いじゃん、弱気にならない内に行ってきなよ。俺っちたちもやることがあるし」


 知恵竜の後押しを受け、リクスンは剣を握って立ち上がる。その姿を認めた族長も腰を浮かし、青年を戸口へと導いた。


「わかりました。洞穴までご案内しましょう」

「リクスン」


 それほど懸念が声に滲んでいたのだろう。フィールーンの呼びかけを聞いた族長が、ほほえましいといった声で言い添えてくれる。


「ご心配には及びませんよ。試練と言っても、死者を出したことはないのです。救護係をつとめる竜がおりまして、“儀式”の進行を見守ってくれます。危ないと思ったら中止するといった判断も、彼女にお任せ下さい」

「そう……なんですか」

「では姫様、行ってまいります」


 フィールーンに向けて金髪頭を垂れ、リクスンは廊下へと続く石すだれの向こうに消える。族長も一礼し、続いた。


「……」


 遠のいていく足音がどこかいつもより早く感じたのは、自分だけだっただろうか。同じく廊下を見つめていたエルシーとふと目が合うと、少女は細い肩を小さくすくめてみせた。


「アガト。オレたちは何をするんだ」

「珍しい集落の観光はあとにして、やることやっとかなきゃね」


 ローブの袖から師が取り出した細長い紙を見、フィールーンの顔が輝いた。


「ギャラクトラペルポルッコルウィーナの栞! ということは、先生」

「うん。いよいよ薬作りに取り掛かろうと思う。この集落の裏手に、若い火竜たちの演習場があんのよ。けど今は“禁武月”で、手合わせは禁止のはずだから」

「そんなところで薬を作るのか?」


 木こりからの疑問にはフィールーンも同意見だった。若者たちの視線を受け止め、知恵竜はうなずいて答える。


「この薬は、最初の工程が一番難しい。だから集中して調薬をするにふさわしい、涼しくて安全な洞穴が必要なのよ。さらにセイちゃんには、外で見張りを頼みたい。間違っても精霊やら魔獣やら、お節介な火竜たちが入ってこないようにね」

「わかった」

「その他の女子たちは、調薬の助手を頼むよ。ま、料理と一緒だから」

「お話中、失礼します」


 シャラシャラと涼しげな音を立て、石すだれが左右に割れる。その向こうから顔を出したのは、淡い桃色のうろこを持つ火竜の女だった。


「ギムリウスの妻の、キャレーナと申します」

「どしたの、キャリー。お茶のおかわりなら間に合ってるけど」

「いえ……あの、さきほど戸口からどなたかが出ていく気配がしましたけれど、まさかもう“儀式”に向かわれたのでしょうか?」

「うん。君の旦那と、意気込んで出発しちゃったけど」


 アーガントリウスの返答に、キャレーナは大きな口を手で押さえる。


「大変だわ! 今しがた、代々“救護係”を務めている家の者から連絡があって……」

「どっ、どうしたんですか!?」


 つい大きな声を出してしまったフィールーンに、族長の妻は申し訳なさげな顔を向ける。


「数日前に身篭っていることが判明したので、今回の“儀式”への同行はできないと」

「ええっ! で、では、リンはひとりで“試練”に――?」


 追いかけて中止するよう伝えねばと一歩踏み出したフィールーンに向けて、はっきりとした声が寄越される。


「待って、フィル。あたしが行くわ」

「エルシーさん?」


 胸に手を添えて言い切る少女を見、王女は目を丸くした。彼女は一同を見渡し、最後におろおろしている族長の妻へ優しく言った。


「キャレーナさん。手当てができる者が同行すればいいのよね?」

「は、はい……。けれど、あの場所はすごい熱気ですよ」

「この火山の精霊たちは陽気だから、きっと気が合うと思うの。そうすれば暑さも凌げるはず。リンさんが無理してたら、引っ張ってでも帰ってくるわ。どうかしら?」


 自信をのぞかせる少女の進言に、妻はついにうなずいてみせた。師も立ち上がり、腕組みして言い足す。


「兄貴の意見は聞かなくていいわけ、エルシーちゃん?」

「あるのかしら、お兄様?」

「……。日暮れまでには帰ってこい」

「お父さんっすか!?」


 あっという間にまとまってしまった場の雰囲気だが、フィールーンは妙な胸騒ぎを抑えられなかった。部屋を回り込んできたエルシーが、そっと耳打ちする。


「最近のリンさん、様子が変よね」

「……! は、はい。そうなんです。だから、心配で」

「その辺りも含めて補助してくるわ。主君のあなたには、弱いところは見せたくないでしょうし」

「エルシーさん……。わかりました。リンのこと、お願いしても良いでしょうか」


 了解、と元気よく返答したあと、少女はいたずらっぽく言い添えた。



「男って面倒よね、ほんと!」


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