3−12 間抜けなお話、ですよね

 本当に伝えたいことを話そうとする時、不思議とこの声は滑らかさを取り戻す。


 そのことが王女に自信を与え、いつもよりも強い光を浮かべて質問者を見返すことが出来た。


「……強がってばかりだな。お前さんは」


 竜人青年の顔に浮かんでいるのは、今まで見た中で一番柔らかい表情だった。

 驚きに、諦め――それから、一握りの嬉しさをこぼしたような笑み。


「!」


 王女の心臓が過剰に脈を打った。


「つ、強がってなんか……!」

「いいや、そうさ。荷車の上でも、苦しいのを堪えてたろ」

「!」


 竜人の魔力は、本来フィールーンの精神とは相反するものだ。竜人化とまではいかずとも、体内を這い回るようなその脈動に苦しめられることは毎日のことである。


 最近は側付にも気取られないほど、上手く隠してきたと思っていたのだが――。


「み、見てたん……ですか」

「ああ。けどそれでいちいち旅を中断すんのは、お前さんの望むところじゃねえだろうと思ってな」


 言って少しバツが悪くなったのか、セイルはそっと視線を外す。対してフィールーンは、その顔を穴が開きそうなほど見つめた。


 自分と同じように、彼もまたこちらを覗き見ていたのだ。


「……テオが、あいつの魔力が変だと言ってる。何か知ってるか?」

「! は、はいっ!」


 飛び出す機会を窺うように、枝を揺さぶってこちらを見上げる魔獣。その首を指差し、フィールーンは知りうる限りの情報を開示した。


「魔獣の首輪です。皮などの一般材質よりも強度があります。端々に浮かんだ特徴的な模様から、おそらく“テミナ合金”かと思われますが、たしかめるには銀を用いた実験が必要です。中央に嵌った紅い宝石は、“ゾムーダ石”――遠隔で魔術を伝えられることのできる石で、古来より呪具に」

「わかった、わかった。要点だけ教えてくれ、学者さんよ」


 苦笑して割り込んできた竜人に、我に返ったフィールーンは頬を赤らめる。


「つ、つまり、ですね……。あの首輪によって、魔獣は自意識を制御されているのではないかと」

「んじゃ、首輪を破壊すればいいんだな」

「は、はいっ! 平素の彼に、き、きちんとした知性があるのは確認しています。私を、解放してくれると」


 魔獣がどのような事情でならず者一家に仕えることになったのかは知らない。しかし本人が望んで悪行に与しているのではないというのは明らかだった。


 自分の話を食い入るように聴いていたドゥムルの姿を思い出し、王女の胸が痛む。


「ヒトの力で破壊できる道具ではない、と思います。けれど、りゅ、竜人に成っても、私では……上手くやれる、自信がありません」

「まあな。首輪どころか、首そのものまで引き千切りそうだ」

「……」


 まったく、“あちら”の自分は一体どのような印象を彼にもたらしたのだろうか。

 鮮明には思い出せない自分の言動をもどかしく思いつつも、フィールーンは思い切って口を開いた。


「で、ですから……その、セイルさん」

「――俺がそうすれば、お前さんは嬉しいか?」

「え?」


 囚われの魔獣のことについて話しているというのに、彼は何を言っているのか。

 意図が読めないフィールーンが困って黙り込むと、青年はふたたび切れ長の瞳をこちらへ落として言う。


「俺はな、フィル。お前さんに、笑って旅をしてほしいと思ってる」

「……!」


 竜人と化している間の彼と自分は、大きく性格を変えてしまっているという。しかしなにも、別人格が乗り移っているわけではないのだ。


 大胆な正直者になっているだけで、やはり己は己――つまり目の前の青年が口に出すことはすべて、普段の彼も心に抱いている考えであるということ。


 だからこそ、彼の真摯な声にフィールーンの胸は盛大に騒いだ。


「お前さんに息づいた竜人の血を取り除くには、相当な苦労や――あるいは、苦痛を強いる可能性もある」

「は……はい」

「さらに俺たちの旅は“竜殺し”なんていう、血生臭い事件に首を突っ込む行為そのものかもしれねえ」


 男性らしく目立った喉仏が、こくりと上下に揺れる。心なしか自分を抱いている彼の腕に力がこもった気がした。


「けどこれってまさに、“冒険”ってやつじゃねえか?」

「!」


 冒険。


 運命に導かれた勇者が、仲間たちと苦難を乗り越えながら世界を巡る。

 そしてあてのない旅路の果てに、誰も見たことがないような楽園を発見する――。


「俺が聞いたどんな物語の中でだって、そいつらはいつでも楽しく旅をしてた。厄介な宿命を背負ってやがるクセに、冗談を言い合いながらな。俺も、そんな旅にしてえんだよ。そういうの、嫌いか?」

「そんな! わ、私も好きです、冒険のお話っ!」

「そりゃよかった!」


 暗い書物の海で時たま目にしたそれらの物語に、幼い姫の心が躍らないはずもなかった。たくさんの冒険譚は今も、細部まで記憶している。


「まずはお互い、引きこもってた家を出た。幻とも噂される、世界一の知恵者に会いにいくためだ――定番の幕開けじゃねえか?」


 声を弾ませるセイルに王女もうなずいたが、現状を思い出して暗い声になる。


「で、でも……。早々に荷物を全部盗られるなんて、間抜けなお話、ですよね……」

「全部順調に進むなんて、つまんねえだろ? これくらいが丁度良いのさ」


 にっと白い牙を見せて笑う竜人に、フィールーンの頬もつられて緩む。

 はしたないと咎める者はだれもいない――そう思うと、いつもよりも口角が上がった。


「そうだ! その顔だよ、フィル」

「あ……」

「俺はお前さんのそんな顔を、この旅でたくさん拝みてぇんだ。お前さんが嬉しくなることなら何だって――全力でやる」


 上機嫌の竜人が顔を向けた先にあるのは、我を失い宙に向かって吼え続ける魔獣の姿。こちらの対応が決まったのを感じたのか、喉元で紅い宝石がぎらりと鋭い輝きを放つ。



「だから、ちゃんと“ご褒美”をくれよな? 未来の王さまよ」



 鋭い爪が光る手をゴキリと鳴らし、竜人は不敵に笑んだ。


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