2−35 世界を救うってこと!

「――あとは知っての通りだ。オレは屋上で“竜人”になり、ヤツらの親玉を倒した。王女を抱えてそのまま森に行こうとしたが、空中の防護壁までそこの側付が飛びかかってきて」

「そこはもう良いッ!」


 自分の側付騎士が身を乗り出したのを合図に、フィールーンの意識も現在へと着地する。


「す、すごいお話でした……」


 終盤は自分も体験した話だというのに、こうして聞いてみるとまるでお伽話のような出来事だ。


「ご苦労だった。なかなか良い語りだったぞ、セイル君」

「ホントにね、お兄ちゃん。あたしの補足、もっと必要かと思ったのに。お話の技術は、テオさんから譲り受けたのかしらね」


 労いの言葉を向けられても、語り終えた青年は重い息を落としただけだった。大斧を振り回した時よりも疲れているように見え、フィールーンも知らずに微笑む。


「あ、ありがとうございます。たた、たくさん話して頂いて」

「……別にいい。それよりも、今度はお前が口を開く番だ」

「えっ――」


 青年は低い声でそう告げ、今はヒトと変わらぬ色をした瞳をフィールーンへと向ける。一般的な茶色の中に、たしかにあの賢者が持つ青銀の眼差しが見えた気がした。


「オレは友と師から、お前を助けてほしいと頼まれてここへ来た。一緒にアーガントリウスの元へ知恵を求めて旅に出るか、返事を聞かせてくれ」

「!」


 予想していた内容だというのに、王女の胃は蛙のごとく跳ねた。

 話に聞き入りすぎて、まだ自分の行く末について検討できていない。


「待て。貴様たちの話に嘘はないとしても、やはり姫様が直接赴くのは危険が多すぎるというものだ!」

「あら、どうして?」


 護衛の問いに優雅に髪を払ったのは、エルシーであった。

 語り疲れた兄の代わりをするつもりらしく、彼と揃いの色をした瞳をきらりと光らせている。


「姫様のお身体はまだ不安定だ」

「竜人化については、あたしたちのほうが詳しいはずよ。それに“竜薔薇”の威力を見たでしょう? お兄ちゃんだけでなく、あたしやアナタにだって制御が可能よ」

「半端竜人とやらの急襲がある可能性も――」

「当然あるでしょうね」


 エルシーが腕組みをすると、精霊も同意するように上下に揺れる。


「けど怖がってお城にいたって危険だわ。敵はすぐそばにいるかもしれないし、王都は広い。あたし達の出会いのこともきっと伝わる」

「そ、それでもやはり騎士隊から護衛部隊を選抜するなり、他の方法もあるではないか! そうだ、知恵竜殿に文を飛ばしてお力添えを乞うことだって」

「魔法で閉じられている家の玄関に、文受けはあるのかしら?」

「……ッ」


 魔女呼ばわりされたことの鬱憤が晴れたのか、歯噛みしている騎士を見てエルシーは不敵に笑んだ。


 堂々としたその態度に見惚れていたフィールーンは、彼女の端正な顔がくるりと自分に振り向いたのを見てぎょっとする。


「王女様。あなたが一緒に行かない場合でも、あたしたちはアーガントリウスの元へ向かいます」

「そ……そう、ですか」

「ええ。どこかの誰かさんが、なんだか暗い企みをしているのは間違いないの。このままじゃいずれ、みんな“竜人”の影に怯えて過ごすことになっちゃう」


 ぐいと兄の逞しい腕を取り、精霊に愛された少女は花のように笑った。


「だから、あたしたちはそいつを止める。殺されたテオさんとルナニーナさんのためにも、これからを生きるみんなのためにも」

「……! そ、それって、まるで」

「そ!」


 迷うことなく真上の星空を指差し、エルシーは高らかに宣言した。


「世界を救うってこと! ただの木こりが、ね!」


 誰かが『無理だ』と口にすると思った。そんな『常識』の声を聞き取ろうとしたフィールーンは、ハッと息を呑む。


 彼らの覚悟は――本物だ。


「わざわざ宣言することか……?」

「あら、国のお偉いさん方から追い回される理由はないもの。ちゃんと言っておかなきゃでしょう? テオさんだって良いって言ってくれてるはずよ」

「……。“拍手する手がないのは残念だ”と」

「ほーらね! さっすが、あたしたちの賢者さまだわ」


 善人であるヒトや竜を“竜人”などという超常の存在へと変えてしまう、恐ろしい事件。影から糸を引く、目的不明の敵に立ち向かうというその心意気は、間違いなく勇気だ。


 そして何度も城を破壊してきた問題児である王女じぶんの面倒を見るという、度を超えた救済の精神――。


「……」


 少々変わり者である木こりと、王女である自分。

 交差するはずのない人生がこうして出会ったのには、きっと理由があるのではないか。


「い、いや待て! やはり一度城へ戻り、再度検討すべきだ。ラビエル陛下も、思案されるお時間がなく」

「長く考えれば良い結論が出るとは限らんものだ、義弟おとうとよ」

「しかし義兄上! まだ準備も、何も」


 愕然としているリクスンの鎧をコンコンと叩いたのは、小さな商人である。


「準備のほうなら、問題ありやせんぜ? むしろばっちりってもんで」

「なんだと」

「あいさ。クリュウさんとあっしで、道中に必要な物資は全部手配してありやす」

「そ、それも先ほどの火事で――」

「デキる商人ってぇのは、本当に大事なモンは家なんかに置かねぇもんです」


 得意げに小さな胸を張っているタルトトに、騎士は言葉を失っている。


 フィールーンはいよいよ結論を出さねばと身を固くしたが、考えれば考えるほど頭の中が混沌に沈んでいく。


「どうする。王女」

「え、えっと……」


 ふたたび木こりに問われ、フィールーンは冷え切った指を祈るように絡ませた。わずかに震えていることに気づき、情けなさが込み上げる。


「ねえ、何かしらあれ。お城が光ってる」

「!」


 エルシーが指差す暗闇の先を、王女も反射的に見遣る。

 見れば城の高い位置にある一部屋に、ちかちかと明滅するオレンジ色の光があった。


 しばらく観察していた木こりの妹が、不思議そうに推察する。


「規則的な光り方ね。騎士隊か何かの合図かしら」

「いや、そんなものはない。それに、あの位置は……!」


 驚愕しているリクスンの隣で、フィールーンはその輝きに見入った。


「お――」


 仕組みは分かる。カンテラの光を板で遮り、短い信号を作っているのだ。

 繰り返す一定の光り方を見つめていた王女は、掠れた声を上げた。



「お父様」


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