第32話 退場

「駐車場、だと?」

 大刀石花が海鏡先輩を転移させて、会場一帯が呆然となり私達に注目している。

「大会規定には『バトルフィールド外に出たら失格』ってあったよなぁ。駐車場まで吹っ飛んだら、思いっきりアウトだろ」

 歩射の説明で、ようやくみんなが私達の意図に気がついたようだ。静かだった場が一気に騒然とする。

「えっ?それじゃあ海鏡先輩失格なの?」

「でも、いくらなんでも卑怯じゃない?」

「会場の外使うとか………大会規定には則ってるけど………」

「何やってるんだアイツら」

 耳を澄まさなくてもみんなの小声が聞こえてくる。あぁ、また悪目立ちするの確定だ。

 私がこれからのことを考えて天を仰いでいると、会場の外から凄まじい破壊音が聞こえてきた。

 その音が私達の真上まで迫ったと思った瞬間、体育館の窓に人影が映った。人影は窓ガラスを突き破って、氷壁の外側に降り立つ。

 反射的にその場から遠のき、入ってきた人影を確認した。

「うわ、海鏡先輩………」

「テメェら、舐めたマネしてくれたじゃねぇか………」

 落っことした衝撃で気絶してくれることを願っていたが、気絶どころか人間の姿にすら戻っていない。

 ただし所々に擦り傷が見えて、その顔は怒りに歪んでいる。

「おぉ、激オコぷんぷん丸だぁ」

「古いしそんな生優しいレベルじゃないって」

 ヤバい、本気で怒らせたみたいだ。

 本来なら彼女は失格、もうフィールドに戻ってはいけない。しかしその理屈が通用するほど冷静なようには見えない。

 首の骨を鳴らして、禍々しい爪をこちらに向ける。凶悪な殺意に膝が勝手に震えてしまう。

「この場で、全員喰い散らかしてやる‼︎」

 海鏡先輩は足に力をこめて、氷壁を飛び越えようとする。私達は慌てて武器を構えた。

「ぐッ⁉︎」

 しかし次の瞬間、海鏡先輩はいきなり胸を押さえて苦しみ出した。膝をついて倒れ込む。

「クソ、が………!」

 その言葉を最後に、海鏡先輩は気を失った。それと同時に彼女の姿が、みるみる内に人間の姿へと戻っていく。

 完全に人間の姿に戻っても起きることはなかった。

「ど、どうしたんだろう?」

「さぁ………って、そうか。キーが使えなくなったから」

「あっ………なるほど」

 大刀石花はポンと手を打ち、私も納得した。

 海鏡先輩の性格の豹変がキーに関係することなら、キーの能力が無くなれば元に戻る。

 そして彼女は会場には戻ってきたものの、氷壁の外側、つまりフィールド外にいた。つまりタレンテッドリジェクターの範囲内だ。

 キーの能力が消えて豹変が終わった、ということだろう。

 驚愕の事態が連続して、観客のみんなは混乱している。固唾を飲んで判定を待つ。

 そして少しのノイズの後、実況が話し出す。

『え、えっと………やり方はともかく、大会規定に則った上で戦闘不能となったので、Jekyll & Hydeダウン‼︎』

 予想外の展開に客席は湧き上がった。まぁ、何人かは不服そうだが。

「よっしゃあッ‼︎まずは一人!」

「やっと一人かぁ」

 一人退場させるのにここまで手間取ったのは初めてだ。改めてすごいな、この人達。

「まさか………二重がやられるとはな」

「Oh マジかぁ………めちゃくちゃやるネ、あの子達」

「………」

 残された『月契呪』のメンバーも、仲間の退場に相当動揺しているようだ。

 さて、ようやく一人退場できたわけだが、ここからは本当にノープランになってしまった。

 隠していた寅の子の必殺技も使ってしまい、もう作戦がない。

 でも向こうの数は減らせた。実力を考えれば、少しは対等に戦える………とは言えないか。

 崩れたハットを直して、歩射が五百先輩に銃口を向ける。

「んで、どうするよ姉貴?まだやんのか?」

「無論だ。大蛇、椿、私がサポートするから前衛を頼む」

「分かった」

「はいは〜い、お任せ!」

 どうやらまだ終わってくれなさそうだ。正直気分悪いから速攻でやめたいんだけど。

「いくぞ」

 五百先輩は素早く氷の矢を放った。それは私達の目の前に突き刺さると同時に昇華、水蒸気となって私達の視界を塞ぐ。

「くっ!またこれか!」

 霧の中にいるような、ジメッとした熱気と周りが見えないという不安に体が硬直してしまう。

「危ない!」

 歩射の声がしたと思った瞬間、何かに突き飛ばされたのか大刀石花の悲鳴が聞こえる。

「きゃっ⁉︎」

「大刀石花⁉︎はっ!」

 咄嗟に私はエネルギーを衝撃波にして伝播させた。私達の周りの蒸気を押し退けて視界がはっきりしてくる。

 目の前にいたのは大刀石花と梢殺と歩射の三人、だけではなかった。

 私の立っていた場所にいる歩射を羽交締めにして、首筋にクローの刃を突き立てる屍櫃先輩だ。

 足音どころか気配すら気づかなかった。

「シュ────────ッ!」

 力強い息を吐きながら、屍櫃先輩は歩射に刃を捻じ込ませる。

「ぐっ!………あぁッ………⁉︎」

「歩射⁉︎」

「………庇ったか。まぁいい」

 屍櫃先輩のクローが妖しく光った。そして刃を抜くと歩射は膝をついてもがき苦しむ。

「ぐあぁッ⁉︎くっ………フーッ!フーッ!はぁッ、あぁッ、があぁぁ─────ッ‼︎」

 一気に悪くなった顔色と浮かび上がる血管から、その苦しみが突き刺されたからだけではないのは明白だ。

 間違いない、毒を打たれてしまった。

 次の一手を繰り出す前にまた私はエネルギーボールを放つ。でもそれで倒せるわけもなく、全て避けられてしまい屍櫃先輩は五百先輩の元へ戻った。

「すまない。大刀石花 三狐神を仕留め損ねた」

「構わないさ。九十九の能力を考えれば、こうなってくれた方がいい」

 そうか。歩射は能力で屍櫃先輩の視線が読めた。だから大刀石花を狙ってるのを分かって、突き飛ばして庇ったんだ。

「歩射!歩射大丈夫⁉︎」

「あ、あぁ………ぐっ‼︎これくらい………!」

「無理をするな。動くたびに身体に激痛が走る。貴様はもう戦えない」

「チッ………!」

 歩射は無理して動こうとするが、痛みに身体が震えている。

「それじゃあ、残りの子達もサクッと仕留めるヨ!」

 双剣を構えて絡新婦先輩が突撃してきた。

「うわっ⁉︎」

 私は咄嗟にバリアをドーム状に広げてみんなを匿った。ギリギリで双剣はバリアに刺さり弾かれる。

「な、何コレ⁉︎くっ!このッ!」

 いくら剣を突き刺してもバリアが破れられることはない。

 ん?………もしかして………

「ちょっと!それズルくない⁉︎」

「大刀石花、転移して距離取ろう」

「了解」

 絡新婦先輩の抗議を無視して、私達はバリアごとフィールドの端まで移動した。

「籠城されても面倒だ。壊すか」

 五百先輩が矢を生成して放った。バリアに矢が突き刺さり、僅かに揺らぐ。

「ぐっ!」

 当然だが、バリアのドームは盾よりも広い面積を守れる。しかし使うエネルギーは同じなので、相対的に防御力は低い。

「このままいてもバリアが破られる」

「分かった。歩射はここで休んでて」

「んなこと、できるか!私も………!」

「そんなボロボロで戦えるわけないよ」

「でも!せっかく一人減らせたのに、このまま終われるかよ………!」

 悔しそうに拳を握る歩射は、無理とわかっていても立ちあがろうとしている。

「歩射、もう降参した方がいいって」

 大刀石花はこれ以上戦いたくないのか、歩射を宥めようとしている。

 正直、私はこの試合に勝とうが負けようがどうだっていい。戦う気なんてそもそも無いし、ただやらなきゃいけないからやるだけだ。

 でも、どうせやるなら………

「ねぇ、もしかしたらもう一人減らせるかもしれないんだけど」

 気がつけば私はそんなことを言っていた。

「ちょっと海金砂?」

「ッ⁉︎海金砂、マジか⁉︎」

 眉を顰める大刀石花とは対照的に、歩射は目を輝かせた。

 私はバリアを維持しつつ、さっきまでの戦いで気がついたことをみんなに手短に話す。

「………なるほどな。たしかに、それならやれないこともないか」

「でもさぁ、一人やるにしても残り二人どうするの?妨害してこない?」

 梢殺がバリアを破壊しようとしている先輩達を指差して首を傾げる。

 誰かを狙い撃ちすれば本気で妨害される。私達の実力じゃどうにもならない。ましてや一人は動けないのだ。

 同人数じゃまず勝ち目なんてない。必殺技も使っちゃったし、どうすれば………

 私達が俯いていると、歩射がハッと顔を上げた。

「そうだ!梢殺、アレやれるか?」

 アレ?何のことだ?

 一方で聞かれた梢殺は眉を顰める。

「え?えぇ〜………出来るけど、ホントにやるのぉ?」

 このピンチでも梢殺はのんびりとした口調を崩さない。放っておいたら寝てしまいそうだ。

「私だって極力やりたくないけど、この状況で最善策はこれしかないんだよ」

 何の話かはよく分からないが、どうやら何か計画があったようだ。

 歩射は苦しみながらも手を伸ばし、梢殺の手を掴んだ。

「海金砂と大刀石花が体張って一人落としたんだ。今度は私達の番、だろ?」

 痛みに顔を歪ませながらも、歩射はニヤッと笑った。彼女の言葉に梢殺もフニャッと笑い、親指を立てる。

「任せんしゃい」

 バリンッ‼︎

 その瞬間、維持していたバリアが砕け散った。

 五百先輩の周りには氷柱のようなものが何本も浮遊している。あれで集中攻撃されたのか。

「作戦会議中すまないな。これ以上面倒を起こされても困る」

 そう言うなり、氷柱がこちらに向かって飛んできた。

 すぐにバリアで防ごうとするが、それより前に大刀石花が手をかざす。

 開いた転移ゲートに氷柱が吸い込まれて、隣に開いたゲートから逆に五百先輩達へと返される。

「くっ!」

 先輩達は素早く身を翻して氷柱を避けた。

「大刀石花………」

「まぁ、こうなったら仕方ないでしょ。歩射、何か作戦あるのはいいけど、あんまり無理させないでよ」

「あぁ。お前らは自分の身の安全第一で構わない。頼んだぜ!」

 一体何をするつもりかは分からないが、その内容を聞いてる時間はないか。

「よーし、やったるぜ〜。ってなわけで、大刀石花よろしく」

「はいはい」

 大刀石花が足元に転移ゲートを開き、私達三人はその中へと飛び込んだ。

 転移先は先輩達の背後。出会い頭に私達で一斉に攻撃する。

「「「よっ!」」」

 攻撃と同時に大刀石花が屍櫃先輩の足元にゲートを開く。後退すればちょうど落ちそうだ。

「ふっ!」

 しかしその前に屍櫃先輩は跳び上がってゲートを避けた。

「同じ手は食わん」

「やっぱりダメかぁ」

 着地と同時に、屍櫃先輩が大刀石花に狙いを定めた。今度こそ仕留めようと飛びかかる。

「はぁっ!」

「ぐっ!」

 大刀石花は刀でクローを受け止めるが、勢いを殺しきれず後ろに下がった。

「やぁっ!」

 五百先輩の周りに再び氷柱が生成され飛んできた。

「うわぁっ⁉︎」

 氷柱は咄嗟に避けられたが、その隙をついて絡新婦先輩が前に踊り出る。

「ほいっと!」

「ぐっ!」「おっとっと!」

 軽やかな動きで蹴りを二発。まともに喰らった私と梢殺は吹き飛ばされた。

「くっ!ちょっと梢殺、何か作戦あるんじゃないの?このままだとやられるんだけど」

 大刀石花がまた転移して逃げようとするが、それを止めるように三発の氷の矢が彼女の足元に刺さる。

「さて、いい加減降参してもらおうか」

 三人に囲まれて私達は動けなくなった。下手に動けばトドメを刺される。

 でも、あの様子だと梢殺が何かしてくれる………

「おぉ〜、すご〜い」

 ことは無さそうだ。手叩いて感心しちゃってるよ。


「あぁ、でも降参はやめとこうかな。そろそろ歩射来るし」


「何だと?」

 意味が分からず全員が首を傾げると

「オラァァァッ‼︎」

 気合いの叫び声と共に光弾の雨が降り、人影が鉄砲玉のように突撃してきた。

「何⁉︎」「ッ⁉︎」「ひゃあっ⁉︎」

 素早く駆け抜ける人影は、光弾を避けた三人と私達の間に割って入る。

「えっ⁉︎」

「な、何で………?」

 私と大刀石花は目の前の光景が信じられず目を見開く。

「ったく………こういうのはピンチになって颯爽と登場するのがカッコいいのに、お前雰囲気台無しにするなよな。それじゃあ改めて………コホン」

 梢殺の方を向いて唇を尖らせると、彼女は咳払いしてキリッと顔を上げた。

「真打登場!」

 毒で動けなくなったはずの歩射が、銃口でハットのツバをあげて笑った。



「言うてもあんま間開いてないから新鮮味ないね」

「だから雰囲気台無しにするな!」

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