第31話 必殺技
「さぁ、いっちょ全員の度肝抜いてやろうぜ、Ragged Useless‼︎」
歩射の合図で私達は散らばった。
「何か、作戦があるのか?」
「へぇ〜、この状況で反撃とは、よっぽど自信あるんだネ」
「みたいだな。全員警戒しろ、何をしてくるか分からんぞ」
「ンなモン知るか‼︎アタシが全員ブッ殺す‼︎」
首を鳴らした海鏡先輩が駆け出して跳びかかってくる。さて、誰から襲ってくるのか………
「ア゛ァァァ───────ッ‼︎」
私かぁ………
「よっ!」
素早く転移ゲートを展開して逃げ出すと、彼女の死角をついて歩射が銃を連射する。
「このッ!」
しかし海鏡先輩の身体は全ての光弾を弾き返してしまった。
「効かねぇつってんだろうが!」
牙を剥いた海鏡先輩が、禍々しく歪んだ爪を振り下ろす。
「海金砂」
「うん」
海金砂は手にしているエネルギーを練り上げ円盤状にすると、天井に向けて放った。私はその円盤の上に全員を転移させる。
歩射もギリギリで海鏡先輩の攻撃を受けずに済んだ。
海鏡先輩を見下ろして歩射が舌を出す。
「ヘイヘイ、鬼さんこちら♪」
「テメェ、舐めてんじゃねぇぞ‼︎」
分かりやすく挑発に乗った海鏡先輩が、助走も無しに跳び上がった。それにもかかわらず、余裕で私達にその手が伸びる。
「ちょッ⁉︎散開散開!」
慌てて転移ゲートを開いて、私達はすぐさまその場を離れた。
しかし円盤の維持をしていたせいか、海金砂だけは逃げ遅れてしまった。海鏡先輩に首を掴まれてしまう。
「ぐっ!」
「捕まえたぜ!」
「海金砂!」
捕まってしまった海金砂を助けようと、歩射が銃を構えるが海金砂がそれを止める。
「行って!私は、大丈夫だから………」
「くたばれやぁッ!」
首を掴んだ海鏡先輩は海金砂を床へと叩きつけるように投げた。
海金砂は円盤のエネルギーを身体に纏わせてバリアにした。バリアに覆われた海金砂が床に激突し、エネルギーの弾ける音が響き渡る。
「がはッ⁉︎」
バリアのおかげで深傷は避けられたが、それでもダメージがあるようで体が痺れてしまったようだ。バリアも消えてしまう。
何とか動こうとするが、着地した海鏡先輩に腹を踏まれて動けなくなる。
「ぐぅッ!」
「これでようやく一匹か。手間かけさせやがって」
トドメを刺そうと爪が振り下ろされる。
海金砂が串刺しになる前に彼女の背後に転移ゲートを開いて抱き寄せる。
「っと、大丈夫?」
「た、大刀石花………ありがとう。ッ‼︎危ない!」
安堵の息も束の間、海金砂が私を背後に匿い、手にしたエネルギーを盾にした。
風を切る音がして、海金砂の盾に氷の矢が突き刺さる。
「むっ………仕留め損なったか」
私達に弓を向けていた五百先輩が眉を動かした。すぐに次の矢をつがえた。
「失礼しま〜す」
しかし真横に突如現れた梢殺が、五百先輩に向けて鎌を振り回す。
さすがに避けきれずに鎌の斬撃を喰らってしまう。
「ぐっ!」
「五百!貴様………!」
梢殺を睨んで屍櫃先輩が駆け出した。
「シュッ!」
「ほいっ」
屍櫃先輩の攻撃が当たる前に梢殺は姿を消した。標的を見失い攻撃は空を切る。
「何?」
「先輩、後ろがお留守ですぜ」
死角から突如現れた歩射が、屍櫃先輩に銃を向け乱射する。
「ッ!ふっ!」
光弾が腕を掠めるが、すぐに体勢を立て直して残りの光弾を避けた。
反撃に出られる前に、また梢殺が歩射の姿を消す。
また攻撃しようとするが、今度はその間に歩射に化けた絡新婦先輩が割り込んできた。
「おっと!視線バレバレだヨ!」
「やっべ!」
歩射の能力を使ってることで味方の死角を塞がれてしまった。これじゃあ姿を消しても意味ない。
「よっと!」
「うわぁっ⁉︎」
自分と同じ姿の先輩が放った跳び蹴り何とか避けると、歩射は身軽に跳んでから転がる。
「ったく、人の姿で好き勝手やりやがって………私の能力使われるなら、やっぱ全員でやらなきゃダメっぽいな。海金砂!動けるか?」
「う、うん………!」
海金砂も立ち上がり、私達は一斉に走り出した。梢殺の能力で気配を消したり現したりしながら錯乱する。
縦横無尽に駆け巡り、隙を見つけて攻撃する。海金砂はエネルギーボールを投げて、歩射は連射、私と梢殺はすれ違い様に武器を振るう。
「くっ!面倒だな。椿、誰か一人でいい、どこにいるか教えろ」
「本気で気配消してるから見つけにくい!うわっ!」
「チッ!チョロチョロとウゼェヤツらだな!」
「落ち着け。攻撃力は低い、索敵に集中しろ」
何とかして絡新婦先輩は索敵しようとするが、そこを邪魔にするように攻撃を仕掛ける。
どうやら目論見通り錯乱は上手くいってるようだ。最初からこうすればよかったな。
連携が崩れてきて、体力も削れてきている。
トドメを刺す絶好のチャンスだ。
「もらった!」
そのチャンスを見極めて、歩射が駆け出した。海鏡先輩の至近距離まで近づき、彼女の目に向けて銃口を向ける。
いくら頑丈でも生物、目には弱いはず。
これで一人は脱落だ。
「なーんちゃってネ♪」
私達が絡新婦先輩の笑顔に気がついた頃には遅かった。
「オラァッ‼︎」
「がはッ⁉︎」
錯乱していたはずの海鏡先輩の蹴りを腹に喰らい、歩射は吹き飛ばされた。氷壁に叩きつけられて倒れる。
その衝撃でトレードマークのハットが転がり落ち、痛みで身体に上手く力が入らなくなった。
辛うじて意識はあるようで、何とか腕をついて立ち上がる。
「ぐっ!………な、何で………」
「いやぁ、じょーだんに決まってるでしょ?あんな質の能力で錯乱されるわけないじゃん。私のコピー能力舐めないでよネ」
「劣勢を装えば、油断すると思った」
「指摘した点が直っていないな、九十九」
全てが演技だった、ということか。完全に嵌められた。
「ま、マジか………」
「逃がさんぞ」
五百先輩が逃げようとした歩射の足元に矢を放った。足が氷結して動けなくなる。
「さぁ、今度こそぶっ殺してやるぜ‼︎」
歩射にトドメを刺そうと、海鏡先輩が床を踏み込み飛び出した。歩射にこれ以上の攻撃を耐える体力はない。
「ぐっ………!」
「ア゛ァァァ──────ッッッ‼︎」
海鏡先輩の爪が歩射の喉元目がけて振るわれた。
その瞬間、絡新婦先輩がハッと顔を上げる。
「ハーム止まって!それ罠‼︎」
「はぁ?」
絡新婦先輩の叫びに海鏡先輩が首を傾げると、歩射と海鏡先輩の間を阻むように転移ゲートが開いていた。さっきまで開く気配すらなかったのに。
「何ッ⁉︎」
「これヤバい!」
私達の意図は分からないが、危険だと感じたのだろう。絡新婦先輩が私に変身して妨害しようとする。
「させない………!」
絡新婦先輩が動き出したのと同時に現れたのは海金砂だ。両手にエネルギーボールを生み出すと、一つを絡新婦先輩に、もう一つを海鏡先輩に放った。
「きゃっ!」
「ぐはっ!」
絡新婦先輩の動きを妨害しつつ、加速していた海鏡先輩の背中にエネルギーボールをぶつけることで、さらに前に突き飛ばした。
「ぐっ!この………ッ!」
今さらになって止まれるはずがなく、バランスを崩しながら海鏡先輩は前のめりに倒れる。
そして吸い込まれるように転移ゲートに突っ込んでいった海鏡先輩は、どこにも現れることはなかった。
「ッ⁉︎…………は?」
それは誰の声だっただろうか。
きっとみんな、転移されて何かが起きると思っていたのだろう。すぐに転移ゲートは閉じてしまい、それ以降は何も起こらない。
予想外の展開に、試合中なことも忘れてみんなが固まった。観客も、実況も、月契呪のメンバーさえも。
『え、えっと………Jekyll & Hydeの姿が、消えてしまったが………こ、これは一体………?』
実況もさっきまでのキレが無くなり、訳がわからなくなってるようだ。みんながようやく事態を飲み込み戸惑っている。
そんな中、海鏡先輩に蹴飛ばされて動けなくなっていたはずの歩射が、銃で氷を砕きぴょんっと跳んで立ち上がった。
「っとと………ふぃ───────、なんとか成功したな。海金砂、ナイスアシスト!マジでヤバかったぁ」
転がり落ちたハットを拾って被り直すと、大きく伸びをして首を回す。
私と梢殺も姿を現した。
どうやら全て上手くいったようだ。みんなで顔を見合わせて息を吐いた。
「九十九………ハームを、二重をどこにやった?」
「はぁ?私が知るかよ。転移させたの私じゃないし」
歩射がそう答えれば、当然全員の視線は転移させた私に向く。
ある程度目星ついてるだろうし、答えてくれればいいじゃん。人に注目されるの嫌なんだけど。
これ以上みんなに見られるのも嫌なので、私は手短に答えた。
「このスタジアムの駐車場ですよ」
私達が初めて五百さん達と会った日の作戦会議の時。
「それだ────────ッッッ‼︎」
白鼬ちゃんと話していた歩射は、突然机を叩いて立ち上がった。全員が耳を塞いで体を跳ねさせる。
「白鼬ナイス‼︎私達、何でそんな簡単なことに気がつかなかったんだ!」
「ちょッ、歩射うるさい。何、急に叫んで?」
「あんまり動くと傷に響くよぉ〜」
「そんなのどうでもいいんだよ!イケる、これならイケるぞ!」
歩射は拳を握って喜んでいるが、私達には何のことだかさっぱり分からない。
「何か作戦でも思いついたの?」
海金砂か引き攣った表情で尋ねると、歩射は前のめりで叫んだ。
「あぁ、あの姉貴に勝つ方法思いついたんだよ!」
「へぇ………どんなの?」
正直、こんな勝ち目ゼロの状態で思いついた作戦なんて嫌な予感しかしないんだが、一応聞くだけは聞こう。
「話は簡単だ。大刀石花の能力でアイツをフィールド外に弾き飛ばす。勝つにはそれしかない」
「だーかーらー、大会じゃそれが出来ないんだって。フィールドでゲートが開けても、キーが使えない所には転移出来ないの」
「あぁ、分かってるさ」
「それなら、弾き飛ばすなんて出来ないって」
「いや、出来る」
ニヤッと笑い、歩射は足元になった菓子箱の蓋を逆さにしてローテーブルに置いた。
そして筆箱から消しゴムを取り出して箱の中に置いた。
「たしかに、大刀石花の能力じゃリジェクターのせいでフィールドの外には出せない。効力の範囲はコンピューターで制御されてる、一部の隙も無いだろうな」
歩射は蓋の中にある消しゴムを指で弾いた。当然蓋のフチに阻まれて、消しゴムは跳ね返ってくる。
私達が五百先輩を押し出すことができない様子と全く同じだ。
「でも、こうしたらどうだ?」
そう言って歩射は、今度は消しゴムを掴んで軽く上に放った。消しゴムは緩やかに弧を描き舞うと、蓋の外に投げられてローテーブルに転がった。
『ッ⁉︎』
それを見た瞬間、私達全員が息を飲んだ。
「キーが使えない所だから弾き飛ばせないなら、キーが使える所に弾き飛ばしてやればいい、だろ?」
得意顔で笑う歩射に私達は声も出なかった。
「大会の規定には『フィールド外に出たらアウト』とはあったが、『フィールド内でバトルを完結させろ』なんて文は無かったからな。ルール違反にはならない」
そうだ。たしかにリジェクターの範囲外である体育館の外、駐車場になり道路になりになら転移ゲートを開ける。
後は上手いことゲートに落とせれば………イケるな。
「おぉ〜、すごいじゃん歩射〜!」
「ふっふ〜ん!だろ?」
「思ったより頭いいんだねぇ〜」
「ンだとコラ」
歩射が梢殺の頭を拳でグリグリしてるのを横目に見つつ、海金砂は私に尋ねる。
「何かやる事決定みたいになってるけどどうなの?現実問題、出来るの?」
「いやまぁ、たぶん出来るけどさ………絶対後で怒られるって」
普通試合ってのは決められたフィールド内で行うものだ。
この作戦は大会規定には違反していないが、いわゆる暗黙の了解をガン無視してるからなぁ。
表立って文句は言われないだろうけど、小言の一つや二つは言われるだろう。
「そんなの気にすんなって。先生に目つけられるなんて今さらだろ?」
「だからやりたくないの」
ただでさえ先生にいいイメージを持たれてないんだし、さらに悪くするようなことはしたくない。
「分かった分かった、それじゃあこれは最終手段な。基本的には力技で押し出す。姉貴達にどうしても対処が出来なくなったら、その時は頼む。お前だって、必要以上に痛い思いはしたくないだろ?」
「それはそうだけど………」
たしかにこの方法なら攻撃を受ける前に対処ができる。私だって攻撃されたくないし、何とかなるのなら………
「分かったよ。でも、やるなら梢殺の能力を貸してほしい」
「それは私も同感。ミスったら姉貴達は作戦に気がつく。梢殺、錯乱のためにちょこちょこ私ら消しといて」
「任せなさ〜い。あむっ、むぐむぐ………ありゃ、もう無いや。白鼬、おやつおかわり」
「お姉ちゃん食べすぎ!でも………相手強いんでしょ?そんな簡単にいくの?」
「だよなぁ。落とし穴よろしく上手いこと落ちてくれりゃいいけど、避けられそうなんだよな」
私の転移ゲートを開くのに一、二秒程必要だ。反射神経がいいと避けられそうだね。しかも戦いながらちゃんとイメージしてゲート開くの結構大変だし。
「ゲートを梢殺が消しておけば?それで私がエネルギーボールか何かで押し出すとか」
「おっ、いいね。それなら………ある程度錯乱したら私が囮になる。アイツらの死角にいるから、そこにゲート開いてくれ」
「簡単に言うけど、上手くいくの?」
こっちの真意を隠しつつ、自分だけが目立つように囮になる。そんな高度なことできるかな?」
「私達が錯乱すれば、絡新婦先輩が私に変身して能力を使うはずだ。私が目立つことしなくても向こうが気がついて反撃するだろ」
「ちょ、それ大丈夫なの?危なすぎない?」
「なぁに、あの姉貴の鼻あかせるなら、これくらい安いモンだっての。姉貴のことだ、氷で私や動きを止めようとするはずだ。囮になってわざと捕まってやるさ」
歩射なら相手の視線が分かる。不安はあるとはいえ、囮になるなら歩射が適任だろう。
無茶苦茶な作戦だけど、これなら何とかなるかも。
「よっし!そんじゃあ必殺技も思いついたことだし、早速練習するか!」
「えぇ?私帰ってゆっくりしたいんだけど」
「私も」
「お腹いっぱいだから動けな〜い」
「お前らいい加減やる気出せよ‼︎」
「九十九ちゃんも大変だねぇ………」
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