第22話 姉妹

「何だ、私達のことを知っているのか。それならば名乗る必要は無かったな」

 歩射 五百と名乗った生徒会長は口元を緩めた。

 朝のSHRの後に虎杖が言っていた、生徒会メンバーで組まれた前回と前々回の優勝チーム『月契呪げっけいじゅ』。

 そんなチームを前にして、私はただ呆然としていた。私とは縁のないような強豪チームに声をかけられたという事実が訳がわからず、私をフリーズさせる。

「一応チームメンバーも紹介しておこうか。彼女は屍櫃からひつ 大蛇おろち、生徒副会長を務めてくれている」

「………」

 先程体育館で五百先輩と戦っていたマスクをした先輩は、紹介されたにも関わらず挨拶もせずに黙っている。

絡新婦じょろうぐも・ケイト・椿つばき。生徒会書記だ」

「やぁやぁ後輩諸君、ヨロシク〜!」

 打って変わって明るい雰囲気のポニーテールの先輩が、私達に手を振る。

「最後に生徒会会計の海鏡つきひがい 二重ふたえだ」

「よ、よろしくお願いします!」

 ショートカットの先輩はガチガチに緊張しながら頭を下げた。見たまんま人見知りなようだ。

「はぁ………」

 ここまで紹介されたら私達も自己紹介とかしといた方がいいんだろうか。

「えっと、私は………」

「大刀石花 三狐神、だろう?隣の君は海金砂 瘧といったかな」

 名乗る前に名前を当てられて、私と海金砂は目を見開いた。そりゃそうだ、生徒会に名前を覚えられるようなことをした覚えはない。

「あの、何で私達の名前を………」

「おっと、これは失礼。こうして君達と会うのは初めてだが、実は少し前から君達の事は知っていてね」

「知っていた………というと?」

「私達生徒会にはあらゆる生徒の問題が持ち込まれるのだ。四月末に起こったイジメの事件も、当然持ち込まれている」

「あぁ………」

 なるほど、それで私達のことを知ってるのか。海金砂も納得したようだ。

「八人を一人で撃退したんでしょ?君も彼女を助けたんでしょ?すごいじゃん!」

「は、はぁ………どうも」

 絡新婦先輩がニッコリと笑って褒めてくれる。

 いきなり褒められても、なんと返せばいいのか分からない。

「そんな君達が決勝トーナメントに残った事に関しては驚かないよ。もっとも、そのチームメンバーの一人が私の愚妹というのは予想外だったがな」

「へぇ、そりゃ嬉しいねぇ。驚いた時の顔が見たかったよ」

 五百先輩の鋭い視線をものともせずに、歩射はニヤッと笑った。よく平気だよね。

「彼女はキーを使えなかったと聞いている。お前が入れ知恵したのか?」

「そんなとこ。用がないならもういいか?ウチの腹ペコイタチの腹満たさにゃならないから、姉貴に構ってる余裕無いんだけど」

「それはお前の残り一人のチームメンバーのことか?先程から姿が見えないが」

「は?………って、梢殺どこ行った⁉︎」

 五百先輩に言われて、私達は初めて梢殺がいなくなってる事に気がついた。周りを見渡してもどこにもいない。

「アイツ、腹減って耐えられなくなったか………」

「随分と自由奔放なチームメンバーだな」

「ほっとけ、それがウチのチームの特色なんだよ」

 そう言いながらも歩射はため息をついて目頭を押さえた。

「最近様子が変だとは思っていたが、何故代表チームになった事を黙っていた?」

「別に話す義務なんて無いだろ?」

「義務は無いが役目はある、いい加減自覚しろ」

 役目ってどういう意味?歩射に何か特別な事情でもあるのだろうか?

「うるさいなぁ、とっとと戻って練習でもしてろよ」

 煙たがるように手を払って姉を追い返そうとする。いくら姉とはいえ、先輩相手にこの態度はいいんだろうか。

 しかし五百先輩は嫌な顔をする事なく、むしろ面白そうに口元を歪める。



「そうだな。それならば、お前達が相手をしてくれないか?」



「はぁ?」

 突拍子のない提案に、歩射だけでなく私達も首を傾げた。

 過去二回優勝した強豪チームが、私達みたいなチームにバトルを申し込んできた………ってこと?

 一体何の冗談だろうかと思った私の思考を打ち砕くように、五百先輩が懐からタレンテッドキーを取り出した。

「ッ⁉︎ど、どういうつもりだよ、姉貴………」

「見ての通りだ。私はお前のキーの実力がどれほどのものか知らないからな。代表チームとなったお前達の力を、ぜひとも見てみたくてね」

 どうやら嘘や冗談では無いようだ。本気でやる気なのは肌で感じ取れる。

「いいのかよ?生徒会長がそんな事して」

「別に違法というわけでも、校則違反というわけでもないだろう?お前らが同意すれば、の話ではあるがな」

 たしかにキーバトルはルールで規制されてるわけでは無い。だからここで戦う事自体は問題ない。

 とはいえ、学内でも有名なチームと戦おうなどと思う人はいないだろう。

 歩射だってそれは分かって………

「分かったよ、受けてやる」

 なかったようだ。

 何であの練習風景を見て、戦おうとかいう気になるの。

 私は慌てて歩射に耳打ちした。

「ちょっと歩射、私は嫌なんだけど」

「お前らはやんなくていいよ。私がやる」

「一人で?大丈夫なの?」

 私はそこまで五百先輩のバトルをしっかりと見たことはないが、これまでの経歴からして予選の時のようにはいかないだろう。

 そんな相手に一人で挑むなんて無謀すぎる。

「負けることはないから安心しろ。私らの戦い方ってモン見せてやる。おい姉貴。やるのは構わないけど、この二人は参加しないぞ」

「なんだ、そこの二人はやらないのか?」

「言っとくけど、コイツらに戦意とか求めんなよ?バトルの無気力、無関心具合に関しちゃ、ウチのチームが堂々の学内トップだ」

「それでよく代表チームになれたな………まぁ、いいだろう。それならばこちらも私一人で相手してやる」

「決まりだな」

 歩射はキーを取り出すと起動させ、生成されたサブマシンガンを握りしめた。五百先輩も起動させ弓を手に取る。

 海金砂が不安そうな顔をして私の制服の裾を引っ張った。

「た、大刀石花、これ止めなくていいの?」

「二人が同意してる以上、どうやっても止められないでしょ」

 これが私達も巻き込まれてたらやりようはあるが、こうなってしまってはただのキーバトルだ。部外者の私達じゃ何も出来ない。

 私達はバトルに巻き込まれないように少しだけ離れる。

「さぁ、いくぜ姉貴!」

「かかってこい」

 武器を構えた歩射が地面を蹴り飛ばして駆け出した。

「はあぁぁッ!」

 雄叫びと共に歩射が銃の引き金を引いた。二つの銃口から光弾がばら撒かれる。

「ふん」

 五百先輩は慌てる事なく光弾を避けていく。軽やかな見のこなしで戦い慣れていることが窺える。

 しかし歩射は撃つのをやめず、光弾は五百先輩を追い続けた。

「っと、相変わらず無茶苦茶な戦い方だな」

 小さく息を吐いて五百先輩は手を宙にかざす。

 すると体育館の時と同じように、彼女の手元に矢が形成された。

 あれ何でできてるんだ?海金砂みたいにキーのエネルギー………には見えないな。

 その矢を弓につがえるとギリッと引き絞って、歩射に狙いを定める。

「はっ!」

「おっと!」

 矢が放たれて歩射へと真っ直ぐ飛んでいく。それを予測していたのか、歩射は軽い身のこなしでそれを避ける。

 放たれた矢は歩射を貫く事なく地面に突き刺さった。それから何発も放つが、歩射は銃で牽制しながら矢を避けていく。

「ほぇ〜、あの子なかなかやるね〜」

 私達と同様に離れた位置で観戦している絡新婦先輩が、能天気に手を叩く。

 おそらく能力で五百先輩の視線などから、矢が放たれる位置を予測してるんだろうな。

 一方で、全て矢を避けられているというのに五百先輩の表情からは焦りは見えない。

「おいおい姉貴、当てる気あんのか?」

「無論だ。しかしまぁ、当たらなくても問題ない」

 十発ほど矢を放つと、五百先輩は放った矢に手を向けた。

 その瞬間、地面に突き刺さった矢の全てから気体が噴き上がった。シューッと大きな音を立てて、気体が辺りを覆っていく。

「ッ⁉︎な、何⁉︎」

 噴き出した気体の広がりは私達にも及んでいる。思わず身構えるが、特に身体に異常は感じない。

 気体を追い払うように手を振ると、隣にいる海金砂が霞ながらも見えた。

「海金砂、大丈夫?」

「う、うん。けど、これ何?」

「分からないけど………ん?」

 気体をが晴れていくにつれて、私は妙に周りがジメジメしてるように感じた。まるで気体が瞬時に凝縮したようだ。

「これ………水?」

「え?それじゃあこの気体って………水蒸気?」

 霧の日のように気持ち悪い感覚に身を捩らせながら、歩射の方に目を向ける。

「くっ!相変わらずめんどくさい能力だな。おりゃあッ!」

 気体に包まれながらも、歩射は攻撃の手を緩めない。相手の視線を感知できる歩射だからこそ、躊躇わずに攻撃できるんだろう。

「ッ!避けてるばかりでは難しいな。はっ!」

 歩射の光弾を防ぐように五百先輩は手を前にかざすと、二人の間に大きな宝石のようなものが出現した。それと同時に辺りを包んでいた湿り気が無くなる。

 あの見た目、五百先輩の放っていた矢と同じものだ。

「お前の力はこんなものではないだろう。さぁ、もっと力を見せてみろ」

「けっ!そんならお望み通り!」

 歩射は宝石の壁に向かって銃を撃ちまくった。完全には砕けないものの、欠片がこちらまで飛んでくる。

 一応警戒しながら転がってきた欠片に手を伸ばす。そっと触ると、指先に冷気が走る。

「冷たッ⁉︎………って、これ氷?」

 さっきは水蒸気で次は氷………水を操作してるのかな?

「これが、あの人の能力?」

「なんだろうね」

 海金砂も同じ意見のようだ。

 さっきから放っている矢も、空気中の水分を利用して作った氷の矢なんだろう。それを一気に昇華させて水蒸気にして辺りを覆ったんだ。

 水分子の操作能力、といったところかな。これは思った以上に厄介な相手と言える。

 人間の身体の70%は水分だって生物基礎で習った気がする。その水分を操れる能力なんて、対人戦では無敵と言ってもいい。

 そんな事を考えている間に、氷の壁を撃ち砕いた歩射が五百先輩に向けて突撃する。

「やあぁッ!」

 歩射の光弾をターンしながら避けると、再び氷の矢を連続して放った。

「くっ!………ふっ!」

「っと!このッ!おりゃっ!」

 二人の攻撃が擦りはしているものの決定打にはなっていない。激しい応酬を繰り返して、戦いはどんどん激化していく。

 歩射は接近してしまえば勝機があると踏んでいるのか、銃を連射しながら距離を縮めようとする。それを阻止しようと五百先輩は矢を撃っている。

 というか何気に五百先輩と渡り合っている歩射って結構すごくない?とんでもなく強い人だし、私はとても対抗できそうにない。

 いつも私達と練習する時はそこまで感じないけど、もしかして手加減してくれてるのだろうか。

 お姉さんだから戦い方が分かってる、のかな?だとしてもすごいけど。

「ぐぁっ!ったく、いい加減チクチク撃ってくんのやめろ!」

 力強く踏み込んだ歩射が一直線に駆け出した。光弾をばら撒きながら蛇行して錯乱する。

 能力を使っているのか、見事死角に入った歩射は姉の喉元に銃を突きつけようとする。

 しかし

「うひゃッ⁉︎」

 トドメを指す寸前のところで歩射は足を滑らせて転んだ。

「ってて、んだよ!」

 いいところで転んでしまい、歩射は自分の足元を見た。

 歩射の足元にはさっきまで五百先輩が撃っていた矢が刺さっており、そこから伝播するように氷が地面に広がっている。

「氷で相手を滑らせる。古典的ではあるが、中々に有効だろう?」

「このッ………!」

「無駄だ」

 歩射は慌てて反撃しようと銃を向けるが、それよりも前に五百先輩が矢を放った。

「ぐっ!」

 その矢が歩射の銃を二丁共弾き飛ばした。銃は地面を滑って歩射の手から離れてしまう。

「懐に入る前に能力を使えば分かったものを………油断したな。冷静に能力の使い時を見極められないのが、お前の弱点だ」

 さらなる反撃に備えて、五百先輩はまた一本矢をつがえて弓を引き絞る。

「彼女達のチームリーダーならば、もう少しやるものだと思っていたが。存外あっけないな。決勝トーナメントは予選とは違う。それでは勝ち抜けないぞ?」

「うるさいな、大きなお世話だ!」

 追い込まれてもなお、歩射の威勢は変わらない。立ち上がって体勢を立て直そうとする。

「愚かな」

 それよりも前に五百先輩が矢を放った。地面に刺さった矢はまたもや水蒸気となって拡散される。

「なぁッ!ぐふッ!」

 視界を遮られた隙に、歩射は五百先輩の追撃を受けた。背後から蹴り飛ばされ、また地面に転がる。

 歩射はなんとか反撃しようとするが、これはどう考えても難しいだろう。

 さすがにこれ以上やられてるのを見てるわけにもいかない。こうなったら、バトルに割り込んで一旦二人を引き離すか………

「やめろ」

 私がタレンテッドキーを取り出そうとした瞬間、私の首元に別のキーが突きつけられた。それは今まで一緒に観戦していた屍櫃先輩のキーだ。

 鋭い三白眼で私を睨み、刃物で脅すように私の首元にキーを突きつける。

「大刀石花………ッ」

 海金砂が慌てて助けようとしてくれるが、それを視線で制するとまた私を睨んだ。

「戦いたいなら、私が相手だ」

 どうやらバトルの割り込みはさせてもらえないようだ。私がキーを引っ込めると、屍櫃先輩もキーをしまった。

「ぐはぁッ!」

 さらなる攻撃を受けて歩射は膝をついた。

「どうやら、ここまでのようだな」

「はぁ、はぁっ………そ、それはどうかな?私はまだまだやれるぜ?」

「もうよせ。お前は勝てない。それでもなお対抗するのなら………」

 弓を引き絞り歩射に狙いが定められた。少しでも動けば撃ち抜かれてしまう距離だ。

「はぁ、へいへい」

 さすがにもう無理だと悟ったのか、歩射は手を挙げた。

「お前はキーを扱う基礎力は高い。だが戦いにおける欠点が多すぎる」

「上から目線で言ってくれるな。けどまぁ、たしかに注意するべき点は見つかったな」

 手を挙げた歩射を降参したと見做したのか、五百先輩は弓を下ろす。

 しかし歩射の目はまだ戦意を失っていない。口の端が少しだけ吊り上がる。



「例えば………間食はほどほどにしろ、とかな」



「何?」

 意味の分からない歩射の言葉に五百先輩が首を傾げた瞬間だった。

「よっこらせ、っと!」

 緊張感の欠けた声が五百先輩の背後から聞こえてきた。

 その声の主は手にした武器を思いっきり振るう。

 そう、今までいなくなったと思っていた梢殺が、五百先輩に向けて大鎌を振るったのだ。

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