第21話 月契呪

「今日はこれ配るぞー」

 朝のSHR。若干の身体の気怠さと戦いながなら先生の話を生きていると、一枚のプリントが配られた。

「龍虎祭のトーナメント表だ。大まかな試合時間も書いてあるからな」

 先生の説明を受けながらトーナメント表をぼんやりと眺める。もちろんチームの中には私達『Ragged Useless』の名前も書いてある。

 しかし、これまでこんな試合に参加してきたことがないからか、これを貰っても未だに自分が代表チームであるという自覚が湧かない。

 SHRが終わり一時間目の授業の準備をしていると、一人の女子に声をかけられた。

「ねぇ、ちょっとちょっと、大刀石花ちゃん」

「ん?」

 顔を上げてみると、何となく見覚えのある人だった。まぁ当たり前か、同じクラスだし。

 しかしそれにしても何故か彼女は印象に残っていた。ただのクラスメイトってだけなはずなのに、何でだろう………

 数秒考えてから、彼女が龍虎祭の予選の最後に戦った相手だからだと思い出せた。私の顔面を溶かそうとしてきたあの人だ。

 確か名前は………虎杖いたどり、だったかな?

「どうしたの?」

「別に大した要件じゃないんだけどさ。チームどんな感じになってるのかなって。勝てそう?」

「え?うーん、私そういうのあんまり気にしないから」

「人から優勝奪っておいてよく言うよ」

「あはは………ごめんごめん」

 仕方ないよねぇ。戦う以上、ある程度は本気にならないと痛い思いすることになるし。別に勝つつもりはないんだけどね。

 もっとも今回は海金砂の能力発動というイレギュラーがあったからこそこの結果なわけで。それが無かったら、きっと代表チームは彼女達だったんだろう。

「ううん、いいよ。予選終わってから色んな噂聞いたんだけど、やっぱりどのチームも強いらしいからねぇ。私が出てもフルボッコにされて終わりそうだし」

「あぁ………」

 となると予選のようにトントン拍子じゃいかないかもな。そんなこと考えると余計にやる気が削がれていくが。

「特に『月契呪げっけいじゅ』なんてヤバい話しか聞かないもん。あんなチームと戦いたくないよ」

「ゲッケイジュ?」

 聞き慣れない単語に私は首を傾げた。たぶんどこかのチーム名なんだろうけど。

「え?もしかして知らないの?一応戦うかもしれないんだよ?」

「いや、そういう情報収集はやってないから。歩射に任せてる」

「………つくづく、よく代表チームになれたよねぇ」

 半ば呆れながら、虎杖は今朝配られたトーナメント表を見せてきた。

「ほら、このチームだよ。試合の形から特別扱いなの」

 虎杖が指差したのはトーナメント表の端っこだ。『3-A代表チーム 月契呪』と書いてある。三年一組、二組、三組の代表チームか。

 そこだけは他とは試合の進み方が違い、いわゆるシード戦となっている。他の八チームが戦って、その後から参加するようだ。

「え?でも、別に普通のことでしょ?」

 全九チームだから、その中でトーナメント戦をやろうとすると一チームだけはこうならざるを得ない。至って自然なことだ。

「問題はこのチームがシードチームに選ばれた理由だよ。普通ならくじ引きで決めるらしいんだけど、去年と今年は違うんだよね」

「何なの?」

 私が聞くと、虎杖は顔を引き攣らせて答えてくれた。



「月契呪は、前回と前々回の龍虎祭の優勝チームなんだよ。だからシードチームに選ばれたの」



「はぁ?」

 思わず変な声が出てしまった。

 過去二回の優勝チーム?そんなチームがあるの?

「びっくりだよね。まぁウチの学校はそれこそ体育のクラスである程度区切られてるし、その中でクラス替えが行われるから、三年間同じチームを組む事自体は珍しくないんだけどさ」

 まぁそれは分かる。生徒の個々の能力にあった授業をするために、そうやって区切ってるらしいが。

 それにしたって二回連続優勝って………一年生の時点で優勝したってこと?

「しかもチームメンバーも結構特徴的でね」

「というと?」

「チームメンバー四人が、生徒会のメンバーなんだよ。人の名前は忘れたけど」

「生徒会?」

 さっきよりは平然でいられたが、それでもオウム返しで聞き返してしまう。

「そう。生徒会長がチームリーダーで、副会長、書紀、会計の四人でチーム組んでるの。それが余計にチームを有名にしててね」

「へぇ………生徒会で知り合ってチーム組んだ、ってこと?」

「逆だよ。優勝チームがまとめて生徒会に入ったの」

 まぁ、一年生から組むならそうなるか。

 それにしても、そんなチームもあるんだなぁ………

 少なくともこれで私達が万が一にも優勝することはないだろう。

 それが話をまとめた私の感想だ。




「ってな話を聞いた」

「そうなんだ。月契呪、ねぇ………」

 授業も全て終わった放課後。今日は体育館を使える日なので、私は海金砂と一緒に更衣室で体操服に着替えていた。

 私は虎杖から聞いた話を海金砂に話していた。別に話す必要は無いと思ったけど、雑談の話題にはちょうどいい。

「すごいチームもいるんだね」

「当たらない内に試合が終わるのを祈るばかりだよ」

 そんな負け確定、しかも痛めつけられるような試合はゴメンだ。

「おいお前ら、早くしろよ!練習する時間減るぞ!」

 更衣室の外から歩射に言われて、私達は急いで準備を済ませた。更衣室を出れば歩射と梢殺が待っている。

「よし、そんじゃあ行くか」

 いつも通りに体育館へ向かった私達だが、体育館のいつもとは少しだけ違うのが分かった。

「ん?何だあの人集り」

「何かあったのかな?」

 体育館に多くの学生が集まっている。何か問題でもあったのかもしれない。

 一応今から使う場所で何かあったなら放置というわけにもいかない。

 とはいえ中の様子を見ようにも、人が多すぎて見に行けない。無理矢理押し退けるわけにもいかないし」

「大刀石花、体育館に転移しろよ。ホール間近のここならタレンテッドリジェクターのギリ範囲外だろ」

「あ、そっか」

 その手があったな。たしかにここからなら行けるかも。

 私は念のために持っていた実戦用のキーをこっそり起動させて、三人を連れて体育館の二階に転移した。

 そこからホールの様子を見下ろすが………

「ん〜?ただ訓練してるだけ、だね」

 眼鏡の奥から目を凝らした梢殺が呟いた。

 そう、ただ代表チームと思われる人達が練習してるだけだ。特に変わった様子はない。

 体育館を使える日は曜日で決めてるわけじゃないから、私達が使える日にいつも同じチームがいるとは限らない。だから今回も見たことのないチームが練習していた。

 とはいえ模擬戦をしてるのは二人だけだ。残り二人は傍で見守っている。

 一人は長髪で背の高い女子生徒だ。キリッとした雰囲気で手には弓を持っている。体格もしっかりしていて、いかにも運動できそうな雰囲気がある。

 彼女の手元に何かが集まり、それが矢の形へと変化した。それを瞬時につがえて弓を引き絞る。

「はっ!」

 手を離すと矢は真っ直ぐに相手へと飛んでいった。

 対戦相手は私と同じくらいの背の女子生徒だ。髪は短髪で、こんな暑い日だというのに黒いマスクをつけて戦っている。

 武器は手に装着している鱗の柄のクローだろうな。

 獣の牙のような刃が左右に二つずつついており、手を重ねるような独特の構えの時はまるで蛇の頭のように見える。

「シュ─────ッ!」

 彼女は身体をくねらせて矢を素早く避けると、息を吐いて弓を放ったばかりの相手の懐に潜り込む。

 刃が自分の首元に近づくと、弓を持った女子生徒は床を蹴って距離を取る。弓を棍棒のように振るって近接武器にする。

 相手の女子生徒はそれクローで受け止めると再度攻撃を仕掛ける。二人の激しい応酬につい目が奪われる。

 しかもお互いの技が決まるたびに外にいる人達が歓声を上げている。

 なるほど、あの人達は二人の練習を見にきたギャラリーってことか。

 女子生徒の再び手元に矢が生まれ弓を構えて放てば、相手はそれを避けて懐に潜り込もうとする。

 とんでもなくレベルの高いバトルに声も出ない。二人とも上級生のようだが、それにしても大したものだ。

「す、すごいね………」

 隣にいる海金砂も声を絞り出して呟いた。

 これまでそれなりに他所のチームの練習を見てたけど、それとは一線を画している。この人集りも納得してしまう実力だ。

「んで、どうするの?練習する?」

 相変わらずのんびりとした口調の梢殺が歩射に尋ねる。

 しかし歩射は応えることなく二人のバトルをジッと見ていた。歩射にしては珍しく難しい顔をしている。

「歩射?おーい」

 梢殺に肩を叩かれて、歩射はようやくハッと我に返った。

「ッ!な、何だよ」

「だから、練習するのって。場所はまだ空いてるみたいだけど、どうする?」

 梢殺に聞かれて、歩射は改めて戦っている二人を見た。

「………あんなに人がいたら、落ち着いて練習できないしな。今日はやめて帰ろうぜ」

 おや、歩射の返しは予想外だった。てっきり『やるに決まってんだろ!』くらいの事は言うと思ってたのに。何ならあの人達の間に割り込む可能性も考えていた。

 とはいえ、たしかにこんなんじゃ集中して練習は難しいだろう。それに、練習が無くなるなら私にとってはありがたい。さっさと帰ってグダるとしよう。

 更衣室に引き返して制服に着替えると、私達は靴を履いて学校を出た。自然と四人で帰る形になる。

「ねぇ、何か買って食べながら帰ろうよ」

「はぁ?お前お昼ん時にお菓子とか買ってたじゃん。それ食えよ」

「着替えてる間に無くなっちゃったんだよ。不思議だよねぇ」

「着替え中に食べただけでしょ?」

 こうして四人で帰るのも何となく馴染んできたかな。

 そもそも私や海金砂はこうやって人と群れるタイプではないし、チームメンバーだからといってそこを変えるつもりもない。

 ただまぁ、歩射と梢殺はそういうのをあまり気にしないで接してくれるので、そういう意味ではいいヤツらだ。

「ねぇ〜いいでしょ?行こうよ〜」

「だぁーッ!分かったから引っ張んなっての!そんじゃあちょっくら駅でお菓子でも………」

「不用意な寄り道は、感心しないな」

 私達が駅に向かおうとしたその時、誰かが会話に割り込んできた。

 声のする方を振り向くと、そこには四人の女子生徒がいた。

『ッ………!』

 彼女達を見て、私達みんなが思わず息を呑む。

 四人中二人は見たことのない人達だ。

 一人は長い髪をポニーテールにまとめた明るい雰囲気の女子生徒。制服を着崩していて、人当たりの良さそうな笑みを浮かべている。顔立ちからして、ハーフっぽくも見える。

 もう一人は四人の中で一番小柄なショートカットの女子生徒だ。眼鏡をかけていて、三人の後ろに隠れるように佇んでいる。人見知りかな?

 この二人はともかくとして、他のもう二人は知ってる人、というかさっき見たばかりだ。

 そう、その二人はさっき体育館で、みんなに見られながら練習をしていた二人だった。格好は体操服ではなく制服に着替えている。

 制服の胸ポケットに描かれている校章の色から三年生なのが分かる。

 何でさっきまで練習してた人達がここにいるんだ?というかなぜ私達に声をかけた?

 色々疑問が残るが、とりあえず上級生である以上無視はマズいかな。

 何と返すべきか考えていると、歩射が私達の前に出た。

「ったく、何の用だよ」

 おいおいおいおいおい、上級生にその態度はマズくないか?

 海金砂もそう思ったようで顔を引き攣らせている。

 しかしよく見てみると歩射の表情があまり穏やかではない。喧嘩腰、というよりかはめんどくさがってるように見える。

 しかし先程弓を使っていた先輩は、呆れたように首を振るだけで怒ったりはしない。

「まったく、相変わらず粗暴な口振りだな。仮にも先輩だぞ?」

「仮にも先輩だってんなら、後輩の会話に入るんじゃないっての。つーか、んな今さらの事言うためだけに来たのか?」

「悪いか?先程体育館でいるのを見かけてな。せっかくだから挨拶しようと思ったがいなくなっていた。だからこうして来たのだ」

 えっと………歩射はこの人の知り合い、なのかな?あんまり仲が良くない、というよりかは相性が良くなさそうだけど。

「歩射、この人達さっき体育館にいた人達でしょ?知り合いなの?」

 私の気になったことを梢殺が聞いてくれた。

 若干嫌そうに顔を顰めたが、歩射はため息をついて口を開く。

「知り合いっつーか、身内だよ」

「身内?………お姉さん、とか?」

「………あぁ」

 歩射、お姉さんいたんだ。今まで聞いたことなかったな。

 何というか真逆の姉妹って感じだ。

「む、まだ名乗っていない人がいたのに、こんな話をするのも失礼だったな」

 歩射のお姉さんは私達の方に目を向けると居住まいを正した。

「三年一組の歩射 五百いおだ。一応、この四人のチームリーダーをしている。妹がいつも世話になっているようで、礼を言う」

「は、はぁ、どうも………って、え?」

 自己紹介を適当に受け流そうとしたが、それは流れることなく私の中に止まった。

 見知らぬ人がいるものの、この四人が龍虎祭に出場する代表チームなのは、これまで見てきて察していた。

 問題は、今この人が言ったクラスだ。

 三年一組、体育のクラスで言い換えれば『3-A』ということになる。

 そのクラス名は今朝聞いたばかりだった。そしてさっきそのことで海金砂とは話したばかりだ。

 私達は思わず顔を見合わせる。

 前回、そして前々回の龍虎祭の優勝チーム。しかもそのチームリーダーということは………



「月契呪の、リーダー………」

「生徒会長………」

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