第10話 写真

「どう、海金砂。何かやりたい事見つけた?」

「そうだなぁ」

 私は大刀石花と手を繋いで、周りを見渡しながらデパートの中を歩いていく。繋いだ手が馴染んで、何とか緊張せず並んで歩けている。

 勢いでこんな事になっちゃったけど、どうしようかな?

 誰かと遊ぶなんてほとんど初めてのことだから、どんな事をすればいいのか分からない。

 二人で楽しく買い物ってのは………ちょっとイメージ湧かないな。というか今特に買いたいものとか無いし。

 それを考えた上で、何か二人で楽しめるようなものがある場所は………

「あっ、あれなんかどうかな?」

 私は目に入ったものを何となく指差した。

「ん?あぁ、ゲームセンターか。たしかに、遊ぶならちょうどいいかもね」

 ちょうどエレベーターの近くにあったのは大きなゲームセンターだ。デパートの中で一番賑やかで目立つ。

 デパートで遊ぶならこういう所がいい気がする。やれるものもたくさんあるし飽きることは無いだろう。

 中に入るとその賑やかさが一層際立った。天井にはあらゆるところにモニターがあり、ゲームの説明やアニメの映像が流れている。

「大刀石花ってゲームセンターとか入った事ある?」

「あぁ、言われてみれば無いなぁ。こういうのって一人で入る場所じゃないし。海金砂は、ってこれ言った後でそれを聞くのは意地悪かな?」

「あはは………」

 失礼な、と言いたいところだが、実際に私も入った覚えがないのでなんとも言えない。

 大刀石花の言う通りで、入り口で見渡してみる限り一人で来てる人もいなくはないが、少数派だろう。ほとんどが家族連れだったり友達同士で来てる人達だ。

「まずは何からする?」

「それは………大刀石花に任せる」

「ここにきて私かぁ。まぁここまで任せちゃったし、そうだなぁ………あ、それならあれは?」

 大刀石花が指差したのは太鼓の音ゲーだ。

 ちょうど人がいなくて待つ必要も無さそうだし、二人で遊べるようになっている。

「いいね、行こうか」

 それなりに混んでいる人の中を避けながら、ゲーム機に着くと私達は音楽を選択した。

「うーん、こういうゲームに入ってる流行りの曲とかって、私よく分からないんだよね。何か知ってるもの………お、これなんかどう?」

 大刀石花が選んだのは割と昔のアニメのオープニングだ。これなら私も知ってる。

 選んだ曲を選択して横に置いてあったバチを握る。音楽が流れ出して、リズムに合わせてバチを振るった。

 こういうのって見てると簡単そうだけど、実際にやってみると結構大変なんだなぁ。音を聞いて目で画面を見て、瞬時に手を動かすってのは難しい。

 そしてあっという間に音楽が止まった。

「点数は………大刀石花の方が上だね」

 思った以上に点差がある。あれか、私ってリズム感が致命的に無いってことか。

「どんなもんよ。って、家でやったことあるゲームだから慣れてるってだけだけどね」

 ただの経験値の違いらしい。

「海金砂ってあんまりゲームやらない?」

「あぁ………言われてみれば」

 学校だと先生の目を盗んでスマホゲームをしている人を見かけるけど、私はそんなことしたことない。

 そのレベルでなくても普段からそんなにゲームすること無いな。

「よくそれでゲームセンター選んだね。それじゃあそんな海金砂でも楽しめるようなもの………」

 大刀石花が周りを見渡しているが、種類云々以前にゲーム経験の無い私のできるものってあるの?

「あっ、あれなんかいいかも」

 良さそうなものを見つけた大刀石花が指差した方にあったのは………

「あれは………プリクラ?」

「だね」

 まぁたしかにこれならゲームのスキルはそこまで関係無さそうだ。

 それにしたってプリクラかぁ。私には一生無縁のものだと思ってた。

 けど、大刀石花となら………

「どう?」

「うん、いいかも」

 私は再び人をかき分けてプリクラの中へと入っていった。

「へぇ、中は思ったよりも広いね。えっと、ここにお金を入れればいいのかな?」

「あ、私がお金払うよ」

「いいよ、私が提案したんだし」

 そう言って大刀石花がお金を入れるとマシンが起動した。

「はぁ、色んなモードがあるんだね。海金砂は何かやりたいのある?」

「え、えっと………普通で」

 一通り目を通したがどれも私達に合いそうなものじゃない。というかよく分からないから無難なものを選んだ。

「それがいいね。それじゃあこれで………よし、っと」

『それじゃあ撮るよ!』

 モードを選んで撮影ボタンを押すと、アナウンスと共にマシンに私達が映し出された。自撮りとかしたことないから変な気分だ。

「ポーズとか何も考えてないけど、何かある?」

「え?あぁ、そうか」

 写真撮るなら何かポーズあった方がいいか。書類の写真じゃないんだから。

「えっと………ピース、とか?」

「ベタだねぇ。けど、それでいいか」

 ポーズも決めていよいよ撮影だ。どこに立とうかと自分の立ち位置を確認する。

「海金砂、もっと寄らないと見切れるよ?」

「え?」

 たしかに大刀石花はカメラに収まっているが、私は少しだけ見切れてしまっている。大刀石花と距離を取ってしまっているからだろう。

 けどそれを解消するとなると………大刀石花に近づくわけで。

 私は二、三歩大刀石花に近づいた。それだけで大刀石花の体温が感じる気がする。

 心臓が跳ね上がり、これ以上近づこうかどうか戸惑ってしまう。

「ん?もうちょっとこっち来なって」

 私が動く前に大刀石花が私の腕を引いた。

「うわっ!」

 普通なら姿勢を立て直れた。しかし大刀石花の手の感触に動揺してバランスを崩し、大刀石花の方へと倒れ込む。

「おっと」

『3、2、1!』

 それと同時にカウントが終わり、眩い光が放たれた。

 けどそんなものは気にならなかった。私を包むのは柔らかい感触と温もり、そして微かに漂ういい香りだ。

『次の写真を撮るよ!』

「あっと………海金砂、大丈夫?」

 大刀石花の声が頭上から聞こえた。

 まさかと思ってゆっくりと頭を上げる。すると私を見下ろしている大刀石花と目があった。どこか気怠げな目が私を見つめる。

「ごめん、強く引っ張りすぎた?」

 大刀石花の腕が私の身体に回されて、彼女が私を抱き止めてくれているのことがすぐに分かった。

 あれ?これは、夢か?夢なのか?こんな、こんな………ど、どうすればいいんだろう?

 状況を理解して私の顔がみるみる内に熱くなっていく。唇が震えて目の奥に突き刺すような熱を感じる。心臓が締めつけられて息が荒くなる。

 大刀石花に抱きしめられたことによる情報量が多すぎて、身体が思うように動かない。

 頭の中を一本の線に整理しようとしても、新しい情報が入っていて曲がりくねる。

「あ、あぁ………」

「ちょ、顔が真っ赤だよ?どうかしたの、足捻った?」

「あぅ、あぁ、はぁっ………」

 せっかく抑えられてた気持ちが湧き上がって爆ぜそうだ。この気持ちを落ち着けるには………

「あ、あの、大刀石花………」

 私の口は勝手に動いていた。今にも爆発しそうな気持ちを吐き出すかのように、戸惑いながらも動き出す。

 その口から紡ぎ出さられようとされている言葉は………

「ん?どうかした?」

 私の様子がおかしい事に気がついた大刀石花が首を傾げる。

 ダメだ、言っちゃいけない。落ち着け、こんな事今ここで言うのは馬鹿すぎる。

 けど、この気持ちが抑えられなくて、発火してしまったような身体の熱と共に発散してしまいたい。

「わ、私………す、す………」

『3、2、1!』

 再びフラッシュが焚かれてすぐに二枚目が撮られる。

 眩しい光が、自分の中でもがいていた私の意識を現実に戻した。

 立ちくらみにも似たような感覚がして、私は目をパチパチしながらよろめく。

「うわっ!あちゃ、二枚分無駄にしちゃったかな?それで、何か言いたいことでもあるの?」

「あ、や、だ、大丈夫!」

 寸前のところで踏みとどまれた私は、慌てて手を振って誤魔化した。

 わ、私、何て言おうとしたんだ………

『次が最後だよ!』

「おっ、これで最後だって。ほら、撮るよ」

「う、あぁ、うん………」

 気持ちと身体と状況に追いつけないまま、私達は最後の撮影を迎えた。

「ピース、やるんでしょ?」

「そう、だね」

 私は大刀石花と身を寄せた。そして彼女の手を躊躇いがちに握る。

「海金砂………」

「あ、その………いい、かな?」

「そうだなぁ………海金砂握られるの慣れちゃったし、いいよ」

 大刀石花は笑ってしっかりと私の手を握ってくれた。

 私達の熱が繋がると同時にアナウンスが鳴る。

『3、2、1!』




「あら、すっかり日が傾いてきたね」

「そうだね。あっ、あんまり遅いと大刀石花の親心配したりしない?」

「大丈夫だよ、そもそも遅くなるとは言ってあるから」

 夕陽が眩しく照りつける街中を私達は歩いていた。さすがにもう手は繋いでないけど。

 そして気がつけばいつもの分かれ道についていた。

「それじゃあ海金砂、またね」

 大刀石花は私の手を離すと短く挨拶をして離れていく。

「あっ………」

 私はつい一歩前に出るが、我に帰り足を止めた。

 大刀石花と一緒にいる時間はあっという間だ。

 今大刀石花と別れれば、それで今日のお出かけはおしまい。明後日学校で会って、いつものように他愛無い話を交わして、時間は流れていく。

 でもそこにいるのは私達だけじゃない。善意悪意関係なく、多くの人が私達に絡みつく。

 私と大刀石花の二人だけの時間は貴重で、今手を離したらもう一生来ないかもしれない。

 そんなの、私は………

「大刀石花!」

 私は反射的に大刀石花の手を掴んでいた。

 大刀石花はビクッとして私の方を振り向く。

「うわっ、びっくりしたぁ。海金砂、どうかした?」

「えっと、その………」

 咄嗟のことで何を言うかなんて考えていなかった。

 頭の中は真っ白で、ただ身体に伝わるのは大刀石花の手の感触だけ。それが私の中の熱をどんどん上げていく。

「海金砂?」

 言いたいこと、伝えたいことは山のようにある。けどその全貌は私には分からなくて、だから伝えるのは怖い。

 それなら………



「また、お出かけしてくれる?」



 分かることだけを伝えることにした。

 私の中で大刀石花は特別で、一緒にいたいと思える唯一の存在だ。だからまた一緒にいたい、それだけは確実だ。

 大刀石花は呆然と私を見つめていたが、プッと吹き出した。

「あははっ!いきなり手掴むから何かと思ったよ」

 安心したように笑った大刀石花は、少しだけ首を傾げてから口を開く。

「そうだなぁ………それなら、今度は海金砂がどんな事するか考えてよ。今日みたいにぼんやりとしてるのも悪くないけど、どうせなら時間いっぱい楽しみたいじゃん?」

「………うん、分かった。頑張ってみる」

「期待してるよ。それじゃあ、またね」

 大刀石花は優しく私の手を離すと帰っていった。私は大刀石花が見えなくなるまでそこに立ち尽くす。

 大刀石花が見えなくなり、私も家に帰った。荷物を床に置いて、ベッドに身を投げ出す。

 夢みたいにフワフワで、それでいて現実のようにドロッとした一日だった。

 上着のポケットに手を入れて、中に入っているものを取り出す。

 それは大刀石花と撮ったプリクラの写真だ。背景はシンプルなもので書き込みなんかもしていない。カメラで撮った記念写真のようだ。

 一枚目と二枚目は私が大刀石花に抱きついている写真で、三枚目は二人で並んで撮られている。

 最初の方はもはや事故のようなもので、私は少しだけ見切れている。

 最後のは慣れてないからお互い少しぎこちないし、考えて決めたピースもへにゃっとしてる。もうちょっと上手く撮れればよかったな。

 それでも………

 私は立ち上がると、机の引き出しから小さな無地のクリアファイルを取り出した。それに写真を挟むと本棚に立てかける。

 立てかけた写真を見てると自然に頰が緩んだ。

「また、いつか………」

 こんな風に大刀石花といられる時間を思って湧き上がるこの気持ちを、何と言えばいいのだろうか。

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