第9話 お出かけ
「ねぇ海金砂、明日って空いてる?」
大刀石花にそんなことを聞かれたのは、いつものように大刀石花と学校から帰っている時だった。
例の夢を見てから、変に大刀石花のことを意識するようになったが、とくに変わらず今まで通りの関係を続けられてる………はずだ。
少なくとも私はそう思っているが、大刀石花がどう思っているのかは分からない。
だから私は大刀石花との距離感を測りかねていた。
そして今日、いきなり質問されて今に至る。
というかいきなりどうしたのだろうか?まるでデートのお誘い………んなわけないよね。
「ん?明日って、土曜日?特に用事は無いけど………どうかしたの?」
「自転車を買いに行こうと思ってるから、ついでによかったら一緒に遊びにでも行かない?」
二人でどこかに行くという面では当たらずとも遠からずだった。
大刀石花は本来自転車通学だったが、使っていた自転車私をイジめていた人達に壊されてしまった。
だから今は徒歩通学で、どこかで新しい自転車を買いに行くとは聞いてたけど………
一緒に、遊びに行く………かぁ。そんな事をするのはいつ振りだろうか。
「親と行くって言ってなかったっけ?私がいたら邪魔しそうだけど」
「そのつもりだったんだけどさ、お母さん急用が入っちゃって行けなくなっちゃったんだよね。んで一人でデパートに行ってきてって言われたから、歩射は無理だって言うし、よかったらどうかなって」
そういうことか。一人でデパートとというのも味気ないものなのだろう。
いきなり誘われたことへの戸惑いもあったが、それ以上に大刀石花が私を誘ってくれた事が嬉しかった。
優越感とは違うが、少し似たものかもしれない。
「あ、嫌なら別にいいんだけど………」
「ううん、大丈夫だよ、行く!私も行く!」
私は即座に答えていた。まぁ私は休みの日は基本的には暇だし問題無いだろう。
「そう?よかった」
「それで、どこに集合?」
「ん?現地集合でいいんじゃない?たしか自転車屋が二階だから、午後一時くらいに南側のエレベーターの前で」
「うん、分かった」
こうして私は大刀石花と別れると、家に着くなりスマホを開いた。
滅多に使わないカレンダーアプリを起動させ、編集画面を開いて今週末に予定を書き込む。
『大刀石花とお出かけ』
書き込んだ予定を見て、再び編集画面を開く。書いたばかりの文字の色を変えてみたり、フォントを変えてみたりする。
少しでも目立つように、少しでも『大刀石花とのお出かけ』を表現できるように変えていく。
コロコロ変えた結果、書体は最初のもので色は桃色に変えた。うん、これでいい。
「大刀石花とお出かけ、かぁ………」
自分で書いた文字を指でなぞってから、私はスマホを閉じた。画面が暗くなる。
そこに映っていたのは情けないほどに緩んでいる表情だった。赤く染まった頰が喜びで弛んでいる。
誰だ、こんな情けない顔をしてるのは………あ、私か。
翌日
いつもより早起きしてカレンダーアプリからの通知を見て気の引き締まった私は、午前中から出かける準備を始めた。
前日に用意したお出かけ用の服を着て、万が一電車の遅延で待ち合わせ時間に遅れないように早めに家を出た。
デパートに着いた私は、2階にあるフードコーナーで軽い物を買うと、待ち合わせ場所に到着した。そして買ったものをのんびりと食べながら大刀石花を待っていたのだが………
「早く来すぎたかぁ………」
現在時刻12時15分、余裕を持って出たからある程度早く着くのは分かってたが、ちょっと早すぎたか。
まるで遠足を楽しみにしている小学生みたいだが、遅れるよりかは何倍といいだろう。
ご飯を食べ終わった後もその場から動かずに、大刀石花を待ち続ける。
いつもならスマホをイジりながら待つのだが、今日はその気になれなかった。
デパートの中を行き交う人々を見渡しながら、大刀石花がいないかを無意識に探していた。
大刀石花のことだ、まだ待ち合わせ時間より前だから来るわけはない。大刀石花が私みたいに早く来るとは思えないし、何なら遅めに来そうだ。
それでももしかしてと思って、大刀石花を探してしまう。
休みの日だからか、多くの人がデパートに訪れていた。
一人で来てる人はあまりおらず、家族連れや友達、中には見ただけで恋人だと分かる人々がそこかしこのお店に入っていく。
もちろん私からしたら他人だし、気にする必要もないのだが、手を繋いで歩く姿に私と大刀石花が重なる。
「って、いやいやいや………!」
何を想像してるんだ私は。
慌てて頭を振ると天井を見上げた。真っ白な天井が混乱しかけた頭の熱を冷やす。
私は大刀石花に何を期待してるんだろう。大刀石花にとって今回はただ自転車を買いに行くだけで、私はそのついでについて行くに過ぎない。
大刀石花はそこに特別な想いはないだろうし、だからこそ私も持ってはいけない。
それでも私は、私は………
「あ、海金砂」
真隣から聞こえた声に、私は驚いて反射的に目を向けた。
そこにいたのはシャツと薄手の上着、ジーパンというラフな格好をした大刀石花だった。
初めて見る大刀石花の私服は、無駄のないシンプルな雰囲気が伝わり、いかにも大刀石花らしくて安心する。大刀石花と会ったと実感できる。
「ん?どうかした?私の格好何か変?」
自然と頰が緩み、大刀石花が不思議そうな顔を向ける。
「あ、ううん、何でもない………いいと思う」
「そう?寝坊したからあんまりよく考えずに着てきたんだよね。海金砂はちゃんと起きれた?」
「まぁ、いつも通り」
本当は30分ほど早めだが。
「へぇ、一人暮らしなのにしっかりしてるねぇ。私なんかお母さんの急用のせいで叩き起こされたよ。休日だってのに」
何というかすんなりと予想できた。逆に私みたいに早起きして準備してるのは予想しにくい。
「それにしてもまさか私の方が後に来るとは。てっきり海金砂が遅れてのんびりと来ると思ってた」
「え?私そんなイメージ?」
たしかに今日はいつもよりも早めに行動はしていたが、そうでなくても私は大刀石花よりは早く着くと思ってた。大刀石花って結構マイペースだし。
すると大刀石花は私の手元にあるお昼ご飯のゴミを見る。
「海金砂ここでお昼ご飯食べてたの?もしかして結構前から来てた?」
「え⁉︎あ、あぁ………」
そりゃ午後集合なのに、ここでお昼ご飯食べてたらすぐに分かるか。
「そんなに私とのお出かけ楽しみだった?」
「い、いや、その………デ、デパートで食べてみたいものがあったから、早めに来て買おうかな、って」
大刀石花は冗談半分なんだろうが、私にとっては心情を揺るがす大問題なので、慌てて言い訳をする。
大刀石花とのお出かけが楽しみだから早く来たなんて、少しでも早く大刀石花と会いたいって行ってるようなものだ。
私はそんなんじゃない………はずだ。まぁ楽しみではあるが。
「そうなの?言ってくれればお昼ご飯の時間もちゃんと取ったのに」
「だ、大丈夫だよ。ゆっくり………というかちゃんとご飯食べられたし」
ゆっくり食べたと言ってしまうと、結局早く来た感じがするので若干ボカした。
「そ、それじゃあ行く?」
「うん。けど、その前に………」
大刀石花は私の隣に並び立つと私の手を握った。いきなり腕を掴まれて、私はビクッと跳ねる。
「ッ⁉︎た、大刀石花?」
「今日は、一人でどっか行かないでね」
それだけ言うと、大刀石花は私の手を掴んだまま進み始めた。大刀石花の手の温もりだけを感じながら、私は引っ張られていく。
「あ、あぁ………」
大刀石花が何のことを言っているのかはすぐに分かった。この前歩射という大刀石花の友達と会った時の事だろう。
あの時は何というか………歩射が入ってきて、大刀石花と二人だけで話せなくなってしまったから帰ったというか。
別に歩射が嫌いなわけじゃない。私達のことを助けてくれたのはありがたかったし、おそらく悪いヤツじゃない。それなりに付き合っていけば慣れるのかもしれない。
でも現段階で大刀石花と同じような親しみを歩射に持つのは無理で、そんな歩射が私達の中にいるのが、有体に言ってしまうと『邪魔』だった。
だからその場の居心地が悪くなり、ついでにそれに気がついてくれない大刀石花にも思うところがあって、子供が拗ねるように帰ってしまった。
だから………
「今日は、大丈夫」
「今日は、かぁ………不安だなぁ」
そのまま手を引かれて、まるで子供を連れて歩いているようだ。
とはいえこうなって図らずも大刀石花と手を繋げて(腕を掴まれてが正しいが)、堂々と歩けた。
ただそれだけのことで、顔が熱くなり気分は自然と高揚していく。大刀石花とプライベートで一緒にいると実感できるからだろうか。
そんなことを思って顔を上げると、大刀石花が私の方をジーッと見つめていた。
「な、なに?」
「いや、結構無理に誘っちゃったと思ってたから、楽しんでくれてるみたいでよかったなぁって」
楽しんでる………そう見えるんだ。まだ何もしてないけど。
それなのにこんなに楽しんでるのは、デパートにいるからでも、この後に遊ぶからでもない。
大刀石花と一緒にいるからだと、気がついてしまっていいのだろうか。
とりあえず私達は、まず今回の目的である自転車屋に入った。
「おぉ、こうもたくさん自転車が並ぶってのは新鮮だ」
「まぁ見慣れないよね」
何十、もしかしたら百以上はあるであろう自転車を見て、言葉を交わす。
大刀石花が自転車の山の中に入ろうとして、ふと立ち止まった。
「あぁ、そろそろ手放す?」
待ち合わせ場所からずっと私の手を掴んでいた大刀石花も、さすがにこれ以上はいいと思ったのだろう。
でも私はまだこうしていたかった。ハタから見たら変と思われるかもしれないが、大刀石花から手を繋いでくれたことにもう少し浸りたい。
「ううん、このままでいい」
「え?暑苦しくない?」
「あ、その……じ、自転車多いし、道に迷ったら、大変だし」
何言ってんだ私は………自分で言ってて恥ずかしくなる。
「この店の中で?海金砂ってそんなに方向音痴だっけ?」
「た、たまに………なる、かな?」
本当は道に迷うことなんてまず無いのだが、大刀石花の手の温もりが手放せない。
「まぁ、そういうことならお姉さんの手を持って、ちゃんと逸れないてついて来てよ」
「何で歳下扱い?」
「歳上にやったことはないから」
こうして私達は手を繋いだまま、店内に入り全体を回りながら見ていく。なんか本当に歳上に引率されてるみたい。
「どんな自転車がいいの?」
「うーん、別にそこまでこだわりがあるわけじゃないんだよね。大きな籠があって私に合うサイズなら、何でもいいかな」
そんなわけで自転車はあっという間に決まった。店員さんを呼んで手続きをする。
「それでは、防犯登録のために身分証明書はお持ちでしょうか?」
「はい、保険証を持ってきて………」
店員さんに言われて、大刀石花はバッグの中から保険証を取り出そうとした。そしてその手を止める。
「あーーっと………海金砂、悪いけど一旦手放してもいい?」
「え?あ、う、うん………」
大刀石花に指摘されて、慌てて私は手を離した。よく考えたら人前で平気で手を繋いでいたわけだ。
目の前にいる店員さんも、どことなく私達を微笑ましそうに見ている気がする。
諸々の手続きを済ませて私達は自転車屋を出た。買った自転車は着払いで届けてもらうらしい。
「さてと、それじゃあこれからどうする?」
「うーん………大刀石花はどこか行きたい所とかある?」
「あったら『これからどうする』なんて聞いてないよ」
それもそうだ。もっともこんな風になる気は何となくしてたが。
これなら待ち合わせまでの有り余った時間で、何するか考えておけば良かったなぁ。
「やることないなら、もう帰る?」
「えっ⁉︎あ、や、も、もうちょっといようよ!」
大刀石花の言葉に私は反射的に返していた。特に何をするかも考えずに。
「んー、でも、何するの?」
「え、えっと………お、お散歩、とか?」
顔が熱くなるほど必死に頭を回らせて、出た答えはそれだった。仕方ないよ、普段大刀石花とそんなことしかしてないんだし。
「デパートでお散歩かぁ。いいんじゃない?お店たくさんあるんだし、何やるかは歩きながら決めるか」
お互いに計画性のない私達には、ある意味一番いい選択となった。
大刀石花はスマホで時間を確認すると、すかさず私の方に手を差し伸べた。
「へ?」
「手、繋がないの?道に迷ったら大変なんでしょ?」
戯けて笑う大刀石花の笑顔が私の心に突き刺さる。
「………う、うん」
私は差し出された手を握った。再び戻ってきた温もりに心が安らぐ。揶揄われてると分かってても、自然と身体が動いた。
「まずどこから行く?」
「えっと……み、右で」
「了解、行こっか」
私達は並んで歩き出した。私の身体がいつもより軽く感じられたのは、肩にかけているスクールバッグが無いから………だけなのだろうか。
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