第71話 エイレーネ(冬の女神)の青の月
屋敷の専属料理人、カールさん、アリスさん、ニールさんの三人には、事情を説明し居酒屋を手伝ってもらう事になった。
「私共は雇われ人ですから、いちいち事情を説明せずともご命令下さればよろしいのですよ」
と、カールさんは苦笑しながら言ってくれたけど、やっぱり納得して気持ち良く働いて欲しいしさ、一方的に命令するってなんか慣れないんだよな。
お店は、大通りから一本裏に入ったところの地下。
出入り口が一か所だけになるので、万一誰かに侵入されても、不在時の守りも対応がしやすいからと、安全面を考慮して地下になったんだ。
内装に関しては、シンさんがしゃしゃり出てきてアズー製の絨毯がいいとか、マイナルのクリスタルがいいとか言ってたけど、ぜーんぶ、却下。 当たり前だろ。
あんまりうるさいから、開店するまで出禁にしたら、がっくりと項垂れて出て行ったけど、自分が悪いんだから反省して下さい。
振り返って恨めしそうにこっちを見ても無駄だからね。
で、俺の店の営業日は、火の曜日にした、料理と火は相性いいからね。
一種の験担ぎみたいなものだ。
この世界での曜日は、魔力に合わせて、木、火、土、金、水、光、で六日が五巡で一か月、四か月の最終日に闇の曜日があって、季節が春、夏、冬と三回巡って一年になる。
そして俺の店のオープンは、エイレーネ(冬の女神)の青の月の二日、火の曜日に決まった。
よっしゃー、ここまできたぜ!
オープンは絶対、俺!俺がやるんだー!!
……そこまで、力まなくても皆、俺がやると思ってたらしい。
ちょっと、力入りすぎ?
でもさ、しょうがないじゃん、やっとだよ、前世から数えて早、18年。
そりゃあ、待ちわびたってしょうがないじゃん。
店の名前、何にしようかな?
俺が店のオープン準備にかかりっきりになっている間に、街はちょっとした騒ぎになっていた。
幻の美食店がオープンするらしいぞ、
マジか? 料理人は誰だ?
お館様が、伝手を使って探した料理スキルレベルMAXだってよ。
よく、そんな料理人がこんな辺境の街に来てくれることになったな、
それだけどな、その料理人はいつ、店に出るのかはわからねーらしいぞ、
おー、名人にありがちな、頑固な職人肌か?
いや、その名人はこのダンジョンの食材とお館様のレシピを貰える条件でOKしてくれたらしい。
お館様の雇われってことか、 まあ、そうだな。
だが、お館様のご厚意で、街の人達も試せるようにしてくれたらしい。
でもよ、どうせ、目が飛び出る程高いんだろう?
俺達なんか行ける訳ねーじゃん。
それがよ、ダンジョンのドロップ品のダンジョンチケット? を持ってる奴が入れるんだって。
「おい、商人ギルドのマスター、ドナーテルさんが、チケットの買い取り依頼を金貨10枚で出してるぞ、他からも依頼が入ればもっと報酬をあげてもいいんだってよ! 」
冒険者達がダンジョンに殺到したのは、それからすぐだった。
ダンジョンチケットを無事に手に入れた冒険者は、二人。
一人は、冒険者ギルドにチケットを売り、その経由で無事にドナーテルさんが手に入れて、もう一人は売るかどうするか迷っていた。
今売れば、金貨12枚になるから、およそ一月分の稼ぎがこのチケット一枚で賄える、けど、気になってる彼女を誘うかどうか、もう三日も迷っていたのだ。
どうしよう、マリーナを誘ったら来てくれるかな、いま、話題の店だし、今度の火の日がオープンだから、あと二日、いきなり前日じゃ迷惑だよな、いや、今日でもけっこうギリギリだし、勇気だせよ、オレ、こんなチャンス二度とないから。
真っ赤になりながら、マリーナにチケットを差し出し、笑顔で承諾してもらい、オープン初日の二組はこれで決まった。
オープン当日、カイルは朝から店に詰めて入念にチェックをしながら、メニューを考えていた。
ただ、メニューと言っても通常の居酒屋ならば、メニュー表があって、そこから好きなものを選んでもらうのだが、毎日営業をするわけではないので、あまりたくさんの材料をストックするのも無駄になるかもしれない。
だったら、ある程度の好みをきいてお任せにしてもらうのがいいかな?
こちらでメニューを決めて出してしまってもいいんだけど、それだとコースメニューみたいになっちゃうし、堅苦しくなっちゃうから、それは居酒屋じゃない。
好きなものを食べて、飲んで、気持ち良く帰ってもらうのが一番。
一応、居酒屋で出される定番メニューは用意したし、あとは、そうだ、ハットリくんからもらった薬、激苦茶を飲まないとな、これを飲むとニールさんの姿になるんだよな。
うええええっ、苦い! 涙目になりながらむせて鏡を見ると、おおっ、ニールさんだ、スゲーな、ハットリくん、 忍術スキルってスゴイ!
それから更に、カツラをかぶり、伊達メガネをかける。 顔はニールさんのままだけど、ばれたらばれたで、兄弟とでも言っておけばいいだろう。
開店まであと二時間、カールさん、アリスさん、ニールさんがやってきた。
店は俺一人でいいよって言ったけど、俺がいなければ自分達だけでこの店をやるのだから、勉強させて欲しいと言われたら断れないじゃん、カウンターの中の厨房はあんまり広くないから、入るのはカールさんだけにしてもらったけどな。
最後の掃除も終わらせ、開店20分前、ミハルにナナミ、シンさん、サファイルさんがやってきて、それぞれカウンターの席についた。
「主様、あまりご協力出来ずに申し訳なかった」
シンさんの場合は、協力しないのが一番の協力だからね、気にしないで。
「そんなことはいいんだけどね、今日の俺はただの料理人で、来店してくれるのはお客様だから、お客様にケチつけないようにね」
「そんなことはいたしません、主様の大事な店を汚すような奴らがおれば容赦しませんが」
「だから、それはダメだよ、相手はお客様なの、意味わかってる? もしも、俺がけなされたりしても何も言わないでね」
「主様を悪く言う者がいようものなら、殺しますのでご安心を!」
お客様殺しちゃダメです、ぜんぜん、安心できないから。
殺戮レストランじゃなく、ほのぼの居酒屋がいいんです。
「ご主人様、ご安心下さいませ、我が父が無謀な真似をしないよう私が隣におりますから」
そう、だね、シンさんは長く引き籠ってたけど、サファイルさんは蛇人族の長として人族とも関わってきてるから、対人スキルはサファイルさんのほうが信頼できるよね。
「私達も、見張ってるから安心していいよ」
「そうじゃのう、まあ、今日来るのはドナーテルの家族と冒険者のほうは、彼女を初めてデートに誘ったヴィルドとかいうものらしいから、心配あるまい」
「えっ、初めてのデート、なんでそんなこと知ってるの、ミハルちゃん」
「サイゾーくんが、調べて教えてくれたのじゃ」
マジ? サイゾーくんすげーな。
軽く会話を交わしてるうちに、六時ぴったりにドナーテルの馬車が店の前に着いて、アリスに先導され階段をおりて店内に入ってきた。
「いらっしゃいませ!」
念願の居酒屋がオープンした瞬間だった。
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