第31話 アンガス家

アンガス家。それは、シュバーツェンの東に広がる小領地の一つだった。


シュバーツェンの1/3程の領土で、草原と岩山からなる場所で、ピンクバレーの岩塩地帯も元はアンガス家の領土で安定的な収入を生み出していた。素朴で穏やかな美しい場所だったのだ。


元々、小領地の一帯は獣人族が多く暮らしていたので、アンガス領でも人族と獣人族は、ほぼ同じくらいで、ハーフやクオーターも多く生まれ育っており、フェルミーナの母も狐人族:獣人であった。


人よりも長い寿命を持つ狐人族には昔からの言い伝えが残されていた。曰く、ピンクバレーの地の近くにその昔ダンジョンがあったが、ほとんどのものが先に進むことが出来ず、訪れるものが減っていきダンジョンの入り口が隠されたと。


だが、人の訪れないダンジョンは衰退してしまうのでいずれ又、入り口が現されるだろうと。フェルミーナは祖母から聞いていた。


そして、最下層にはダンジョンマスターがいて、そのマスターと契約を結ぶことが出来たら世界を手に入れたのも同然だと、圧倒的な武力、魔力、知識、望みの物を手に入れられるのだときいていた。


ダンジョンを制する者は世界を制す。その話を聞いていた時には、昔語りの一つでしかなかった。そう、あの時までは、


獣人が攫われているのではないか?  行方不明になる獣人の数が多すぎる。


そんな噂が流れ始めた頃、ある夜、町が炎に包まれた。闇に紛れる黒の鎧を身につけた連中が次々と獣人を捕まえ捕縛していく。人族よりも戦闘能力が高い種族も多いが、先に攫われた女、子供を人質に取られ、面白半分に傷つけられ、泣き叫ぶ子供の姿に手が出せず捕らえられていく。


善き隣人であった獣人族のため立ち上がる者もいたが、あっさりと切り捨てられた。小領地としてある程度の自治と自由は認められていたが、大国に比するような武力を持つ術はなかった。


海洋王国エスカイアとアスガルド王国の緩衝地帯として、両国に貢物を収めしのいできたのだ。


今回、攻め入ってきたのはシュバーツェンの北側にあるトール伯爵。前もってエスカイアに多大な賄賂を贈り、今回の侵攻を見逃すよう取り決めをしてあったのだ。


侵攻する目的は薄汚い獣人の捕縛のみ。獣人が力を持てば人族の誇りが汚される。エスカイアに攻め入る布石としないため、領土の拡大はしない。あくまでも獣人の駆逐のみが目的である。

と,あらかじめ落としどころを用意しての侵攻であった。


わずか一夜で、町は壊滅的なダメージを受け、5,000人の領民は僅か数百人にまで減っていた。


残った数百人はアンガス領主の地下に隠れられた者たちがほとんどで、老人や子供の多くは殺され、それ以外は略奪された街の中で生き延びられたものは数十人だ。


地下の入り口を守るためフェルミーナの両親も殺された。狭い入り口を突破する労力は無駄だと放置され、生き残ったのだ。




シュバーツェン男爵も知らせを受け駆け付けたが、すでに遅く大勢は決した後だった。


アンガスの荒らされた地をみて、復興は厳しいだろうと告げ、生き残った者たちをシュバーツェン領の領民とし、フェルミーナを自分の側室に迎えた。


アンガスの血が絶えることが無いようにとの配慮からだったが、両親を殺され、領土を奪われ、あまつさえ自分自身さえ奴隷になったように感じられたフェルミーナは暗く沈んでいた。


そして、数年が経ち、トール伯爵領で獣人は殺し合いの見世物をさせられており、美しい獣人達は愛玩用の奴隷として各地に高値で売られているときき、何の力も無い自分を悔やんだ。


狐人族は古来より魔力が高く、先祖から伝わる魔道具も多く残されていたので、フェルミーナは魔道具の研究や自身の魔力を高めることに心血を注いでいた。


そんなフェルミーナの姿は、傍から見ていると痛々しいほどであったが、己の力の無さを嘆き虚ろになっているよりはましかと思え、気の済むようにとそっと見守っていたが、妊娠をしても己の身をかえり見ることも無く力を求めるその姿は、穏やかなシュバーツェン男爵の顔を曇らせていた。


フェルミーナとその子供はアンガスから逃れた人達の希望になるのだからとの言葉さえ心に届いていないようだった。


実際に届いていなかったのだ。フェルミーナは既に洗脳されていたから。


アンガスから一緒に移ってきた侍女のエリナはトール伯爵に雇われており、お家騒動を起こし乗っ取る計画が出来上がっていたからだ。


そして、二年ほど前、シュバーツェン男爵とフェルミーナが王都に向かう途中で野盗に襲われ男爵は命を落とした。

野盗に思える一団は非常に訓練が行き届いた様子で北のトール伯爵領へ逃げて行った。


シュバーツェン男爵が亡くなる前から、フェルミーナはカイルが孤立するように仕向けていた。


必要以上に使用人とも関わらせないようにし、貴族は平民と慣れあうなどしないものだと言い聞かせ、魔道具の力も借りてカイルの魔力を抑え込み、カイルは平凡で特に優れたところなど何も無いのだと、周りに印象付け、シュバーツェン男爵が亡くなってからは、屋敷の使用人も自分に都合のいい者達にすり替えていったのだ。



そんなカイルが自分から屋敷を出て行ってくれた。


あとは、ゆっくりとジェドが後継ぎになれるよう準備をすればいい、そう思っていたのに、その、カイルが、七大属性以外の魔力を秘めた魔石を身につけている。魔道具で鑑定したから間違いない。


火、土、金、水、木、光、闇 それ以外の強大な力を秘めた魔石を持ち、ダンジョンの護り手ともいえるネコ達がカイルと一緒に居る。



邪魔だ、邪魔だ、邪魔だ、

返せ!。その魔石は私のものだ。返さないなら死ね!



フェルミーナの瞳は暗く、怒りをたたえていた。



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