第13話 ミハルの想い

「とりあえず、10階層になるまでは、そなた達のみでお願いしたいのじゃ。」

「なんで?、人が沢山来たほうが助かるんじゃないの。」


「妾が、隠れる場所も無くては困るしの、誰かに見つかり捕まれば殺されるじゃろ、我を殺せば最上級の魔石が手に入るからのう。隠し扉も作れるが、魔力に影響されるから、ここに入ってくる扉を見たじゃろう、ろくなものが作れると思えんのう。」


 確かにボロボロの扉だと後ろを振り返る。


「大変だとは思うが、どうか協力して欲しい。これ、この通りじゃ。」

 深々と頭を下げると、それに合わせて猫又八人衆も同じように頭を下げる。


「なんでも協力するよ、ミハルちゃん。」  もふもふのために。


「俺も協力するぜ。」

 醤油に味噌、米、卵、鰹節までなんでも揃うって、スゲー。 どうする?


 まずはどれからだ、やっぱ、最初は醤油だよな、塩、胡椒・砂糖はこの世界にもあるから後回しでも、って、いや、質が違いすぎる。


 どうしても不純物が多くて味に雑味が混じるんだよな。質がいいのはバカみたいな値段してるしな、あれもこれもと迷走するダイチ。


「明日、来た時に希望を言うてくれれば良い。今日は我も久しぶりに心が晴れたわ、礼を言うぞ。おお、そうじゃ、街に戻るならばこのサイゾーくんを一緒に連れて行ってはくれぬか?」


 そう言うと、一匹のネコが前に出てきて、ぴょこんと頭を下げる。

「サイゾーですにゃ、よろしくお願いするのにゃ。」


「もっちろん、お願いされちゃうよ、任せて、任せて、」

「では、そなた達にこれを渡そう。」

 そう言って、一つの魔石を取り出しミハルに手渡した。


「これには、我の魔力が込められておる。役に立つであろうよ。」


 そう言うと、ミハルの姿が消えて、淡い光を守るように7匹のネコが取り囲み動かなくなった。


「…行ってくるにゃ。」

 ぽつりと寂しそうにサイゾーがつぶやいたが、


「おまたせしたにゃん、さあ、街へ行くのだにゃん。」

 振り切るように明るい声を出す。


「お、おい、あれ大丈夫なのか? 誰も動かねーぞ。」


「ミハル様は限界が近かったのだにゃん、その魔石に魔力を込めたので姿が保てなくなっただけにゃ、このダンジョンに人が訪れなくなって、もうずっと、自分に残された魔力だけを削って支えてきたのだにゃん。」


「そ、そっか、大変だったんだな、疲れて休んでるだけならいいんだけどさ、あのままでいいのか?サイゾーは大丈夫なのか?」


「出来たら、目立たたないようにだけしてほしいのにゃ、ミハル様はダンジョンから出られないのにゃ、兄弟達もミハル様を支え自分に魔力を送るために動けないのにゃ。ダイチ達が通ってくれれば少しづつ元気になるから心配いらないのにゃ。誰かが外に出て新たな魔力を取り込めるのを待っていたんだにゃん。」


 ごつごつとした岩肌だけが見える殺風景な部屋。お茶を飲んでいたテーブルもいつの間にか消えていた。


 ミハルとネコ達を部屋の隅に移したが、身を隠せるようなものは何も無く、誰にも見つからない事を祈りつつ、ダンジョンを後にした。


 ダンジョン・マスターはダンジョンの外へは出られない。通常であれば、ダンジョンを訪れる人達から魔力や情報を得る事が出来るが、100年近く誰も訪れていなかった。そこにたまたま訪れた二人。


 ミハルはこの二人に運命を託す事にした。このままであれば数か月先に自分は消えることはわかっていた。前世では、成果を出せば、要領がいいだけの同僚や後輩に横取りされ誰にも認められず、頑張れば頑張るほど更なる仕事を積み上げられて疲労していった。


上手くいったことは誰かのおかげ、失敗は自分のせい。

 

 自宅に帰る途中でめまいを起こして倒れ頭を打ち付けてしまい、遠くなる意識の中、最後まで何も報われないのが、自分らしいなと思いながら亡くなった。


 せっかく転生の機会を得たのだが、自分でも気づかぬうちに他人と繋がることを避けており、誰にも認められなかった可哀そうな自分。そこから抜け出すことが出来ず労多くして実りの少ないダンジョンが生まれた。


 結果、当たり前のように人が寄り付かない場所になり、数十年が経過していくなかで寂しいと思い始め、使役神が生みだされたのだ。


 自分の魔力から生み出されただけの仮初の命。それなのに触れるとあたたかくて、個性豊かでいろいろな表情をみせてくれるミハルに寄り添う8つの命。


 しばらく一緒に過ごすうちに、自分が感情を抑え込んでいた事に気が付いた。

 彼らのように自分の気持ちを表すことなく、自分は努力しているのだから周りがもっと自分に気を遣うべきなんだと思っている自分に気が付いた。


 伝えなければ伝わらない事も多いとやっと気が付いた。

 不満を言わない自分を偉いと思っていた。

 何も気づかない周りをヒドイと思っていた。


 確かにいくつも我慢を積み上げ努力もしたけど、肝心の自分をわかってもらう努力をせず、分かってくれない周りを、ただただ責めて憎んでさえいたのだ。


 そんな自分に認めてもらおう、笑ってもらおうと頑張るネコ達を見て泣いた。


 自分はここから出られない。その代わりに強大な力を得た。

 それなのに、自分はこの子達を守れない、自分が消えればこの子達も消える。


 転生し、思いのままに命を生み出せる存在になっても、この小さな命を守れない。ミハルに寄り添い消えていくだけの命にしたくなかった。年々、閉ざれていくダンジョンの中で消えるのを待つだけの運命に引き込むのは辛すぎた。


 もっと、もっといろんな世界を見せてあげたい。いろんな経験をさせてあげたい。


 例え仮初の命でもこの子達は、確かに存在している。守りたい。失いたくない。

 強く、強く純粋な想い。そんな想いが誰に届いたのか、


 二人が洞窟ダンジョンに訪れたのだ。

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