望んでいない婚約者

 ユグドレンシア家での事だった。


「まだ見つからないのか! 娘はっ!」


 ユグドレンシア家の父アーサーは激昂する。


「も、申し訳ありませんっ! アーサー様」


 使用人が平服する。


「全くもう……サラよ。なぜユグドレシア家を出て行ったのか」


「お父様。そう娘を責める事もありません」


 色白の美青年が姿を現した。金髪の男だ。男の名はルーネス・ガーランド。


 名門の召喚士の家系ガーランド家の嫡男。そして天才召喚士として知られる人物だ。


 そして、ユグドレンシア家の令嬢であるサラの婚約者でもある。


 だが、父アーサーはこの男にある裏の顔を知らなかった。


「申し訳ありません。ルーネス殿。娘の奴は一体何を考えているのやら」


「年頃の娘さんです。何かと多感な年齢です。親の決めた縁談に背きたくなるのもよくある事でしょう。よくある反抗期だと思いますよ」


 ルーネスの年齢は18歳だ。それほど離れているわけではないのに、随分と達観した口ぶりである。


「ええ。申し訳ありません。必ず見つけ出します。あなた程のサラに相応しい召喚士は他におりませんから」


「娘のサラさんと夫婦になれる日を心待ちにしております。きっと娘さんもいつか私の良さをわかってくれる日が来るはずです。さて、そろそろ用があるので私は実家の方に失礼しますよ」


「ええ。また何か進捗があったらお伝えします」


「期待しておりますよ」


 ルーネスはユグドレンシア家を去って行った。


 そしてガーランド家についた時の事だった。


「お帰りなさいませ、ご主人様」


 メイドがいた。まだ若い女性。そのメイドの目は恐怖の色で染まっていた。


「きゃっ!」

 

 問答無用でルーネスはメイドを殴打した。


「何が気に入らないんだ! 僕の何が! 一体何が気に入らないっていうんだ!」


「やめてくださいっ! ご主人様! い、痛い! 痛いです!」


 構わず殴打する。殴る。蹴る。顔面も腹もお構いなしだ。


「僕の何が気に入らないって言うんだ! 僕のような美形の! 僕のような天才の! 僕のような名家の嫡男の何が気に入らないっていうんだっ!」


「い、いたいっ! やめてくださいっ! やめてっ!」


「後で回復魔法で傷跡は残らないようにしてやるから。好きなだけ殴らせろ」


「そんな……」


 治されても痛いものは痛い。苦痛だ。


 ルーネスは極度の嗜虐性を持っていた。自分より弱い存在、虐げて良いと判断した存在をこれでもかと痛めつける嗜好を持っていたのだ。


 サラはそれを察知していた。そして実家から逃げ出したのである。


「ルーネス様!」


 扉越しに声が聞こえてくる。他の使用人の声だ。


「なんだ!? 今、僕は忙しいんだ!」


「それが、ユグドレンシア家からの連絡です!」


「ほう……用件はなんだ? 伝えろ」


「サラ様の居所がわかったそうです」


「……そうか。後でまたユグドレシア家まで出向くと伝えておけ」


「は、はい!」


「ついに見つかったか。サラ。僕と夫婦になった日はこれでもかと甚振ってやるからね。勿論、表向きは傷なんか目立たないように回復魔法で綺麗にしておくよ。自分の妻が傷物だなんて、誰にも知られたくはないからね。クックックックック! アッハッハッハッハッハッハッハ!」

 

 ガーランド家の屋敷にルーネスの哄笑が響いた。

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