ブルーウィンター

東洲斎 零

第1話 ブルーゴード

 


私は、ロッキングチェアを揺らしつつ、パイプで煙を吹かしながら、書店で買って来た数冊の本を読んでいた。ブルーゴード著者の短編小説 Ten Years を読んでいるとき、ふいに目に疲れがきてしまい、目元を指でつまみ抑えた。


「…疲れたな」


もう、歳のせいだろうか?あれだけ本を読むことが好きだった私が、まるで集中して読むことができなくなってしまっている。


しばらく本を読むのを辞めて、暖炉の火を見つめていた。暖炉の火は静寂の中でパチパチという音を立てながら、誰に向けるでもなく、独り言のように語りかけていた。 語りかけている火をじっと見つめていると、風に吹かれて波打つたびに、ライ麦畑が輝いている光景をふと思い出してしまっていた。


あれは、幼少期の頃の記憶だが、小さな麦畑だったけれど、私と親父と亡き母と、シベリアンハスキー犬のチョビと一緒に、毎年のように収穫していた。今は、その思い出の場所も、都市開発の煽りを受けて、高層ビルと駐車場に様変わりしてしまった。


おかげで、立ち退き料の補償で、それなりの金額を毎月貰え、新しい家のローンを払えて、余った金額で暮らせれるわけだが、代わりに大切なにかは失ってしまったわけだ。逆説的に考えると、その思い出の場所なんて、その程度の金額の場所だったということと、その程度の思入れの場所だったわけなんだ。


あの光景を目にすることは、もうないのだろう。暖炉の上に飾ってある、古ぼけたモノクロ写真を除いて...もう、遠い記憶のことだ。


私は、そんな懐かしい記憶を思い出しながら、笑っている母や父の姿を思い出してセンチメンタルな気分に浸ってしまっていた。


私は、妙にこの静けさの空間がたまらなく嫌になり、最近、友人が旅行した時のプレゼントとしてもらったレコードがあるのを思い出して、『 Power Hall 』というレコードの封を切ったあとに、手元のテーブルに置いてあるレコードプレーヤーに手をかけた。


私は、新しいクラシック音楽なのかと思いながらと椅子でくつろぎ、音量を少しばかりあげたあと、針を刺して再生させた。


ノイズが走った後、クラシック音楽とは程遠い、私が生まれてこの方、いままで聞いたことのないような音楽が家中に流れはじめ、驚いて、椅子からずり落ちてしまった。


「なんだ、これは…」


その音楽を聴きながら、私はレコードのジャケットを怪訝そうに表面と裏面を交互に眺めた。おそらく、悪戯気な友人からのプレゼントなのだろう、渡すときにひどくニヤニヤとしながら、私に渡しに来たのを思い出した。


「まったく…、あいつは…、明日になったら、突き返してやる」


不意に、壁に掛けてある時計が長いあくびをするように鈍く鐘の音をだしはじめた。


午後三時だった。


私は、野太い鐘が三つ鳴り終わるのを待ち、パイプの灰を灰皿に捨てて、外の様子を窓から伺った。


窓の外では、冬がはじまるよ、なんて言わんばかりに寒そうな叫び声をあげながら、木枯らしを吹き荒れさせて、窓のガラスをギシギシと鈍い音を鳴らし、家の中にはいりたがっていた。


暖炉にいたシベリアンハスキー犬のチョビが不審者でも来たのと勘違いしたらしく、低い呻き声をだして、窓に向かって威嚇をしていた。


「…風鳴りだよ」


私は、チョビになだめるようにそう言うと、彼もそれを理解したのか、再び、暖炉で寝始めた。


最近のチョビは寝てばかりに思える。やはり彼も、それなりの年だからだろう。


少し、背伸びをしてから、左右の肩を上下に動かした後、レコードを止めて玄関へと向かった。


「さてと、行きますか...」












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