回る男

星空ゆめ

回る男

これは私が、仕事も終わり、帰り道にあたる広いまっすぐ一本道の大通りを、いつものように歩いていた時の話です。



 はじめはどうということも思いませんでした。人通りは多くもなく少なくもなく、肩がぶつかるほどでもなく人1人が目立つほどでもない、私が歩いていることなど誰も気にかけないのと同じように、誰が歩いていようと気にもかけていない。そんな風だったのでございます。


 しかしよーく目を凝らして見てみますと、いやなに、先ほど人一人が目立つほどではないと言った手前、目を凝らすということは何やら奇怪があったのではないかと思われるかもいたしませんが、これがどうして、違和感とでも申しましょうか、とにかく何者かが気にかかり、私は目を凝らさずにはいられなかったのです。


 するとどうでしょう、何やら奇怪な男が1人。こちらに歩いてきたかと思えば、くるりと踵を返してしまい、今来た道をまたテクテクと歩いて行くのです。これが一度だけなら私としても、そういうこともあるだろうと納得できたものですが、同じ顔を二度見たとなると、どうも違和感を覚えずにはいられません。それからその男のことをしばらく観察してみると、行ったり来たりしているのは一度や二度ではないようで、何度も少し歩いたかと思えばくるりと回ってしまい、まるでそれはファミコンに出てくるあの荒い四角でできた人々のようであります。


 そうこうしているうちに段々とわかってきたのでありますが、どうやら回っているのはその男だけではなく、この大通りを歩いている幾許の人たちがその男と同じように、今歩いてきた道をもう一度回れ右して行ったり来たりしている様子なのであります。


 さて困った。幸いなことに私の足は回ってはいないようなので、このまままっすぐ家へ帰ればよい話なのでありますが、持ち前の好奇心と言いますか、探究心と言いますか、どうも疑問をそのままにしておくことが昔から苦手な質でして、どうにかして回る男たちの正体を突き止められないかと考えました。


 まず、私は回る男について思索を巡らせることにしました。そもそも私は何をもって回る男たちを奇怪呼ばわりしているのでしょうか。元来、人が歩みを進める以上、そこには誰しもなにかしらの目的地があるのが道理というものです。しかし、回る男たちは一度来た道に帰っている以上、目的地と呼べる代物が無いのです。つまりは、人の道理を外れた存在とでも申しましょうか。側は紛れもなく人でありながら、その様はまさしく複雑怪奇。ただ一直線に歩き、その労力を無に帰す。それが回る男の道理なのです。私は考えるのをやめて、回る男の後をつけてみることにしました。まさか一日中ここでこうしてぐるぐると回っているわけでもあるまい。何周遅れになろうとも、回る男にも目的地とは呼べないにしても、終点のようなものがあるはずなのです。


 回る男は三十歩ほど歩いて回ったかと思えば、次は四歩ほど歩いただけでくるりと回り、かと思えば三◯◯メートル近く歩いてようやく振り返ることもありました。回るまでに歩く距離にはこれといって法則のようなものは見られませんでした。回る男から離れ、わたしは別の回る男の後をつけてみることにしました。こちらの回る男も先ほどと同様、三十歩ほど歩いたかと思えばくるりと回り、次は四歩、何百歩と、その奇怪な歩行に法則や規則と呼べるようなものは見られませんでした。しばらくは同じようにぐるぐると大通りを行ったり来たりしていたのですが、驚くことに、気づけば大通りを抜けていました。回る男は回ることを辞めて、人の道理へと帰って行ったのです。


 何人かの回る男をつけてみまして、回る男の動きに法則のようなものはないこと、途中で回ることを辞め、直進する者がいるということはどうやら明らからしいということがわかってまいりました。しかし、これ以上はいくら回る男たちをつけてみても、新しい発見をすることはとうに叶いませんでした。


 幾らか悩みはしましたが、家で待っている家内と息子のことを想い、私は再び帰路につくことにしました。回る男の謎はついぞ暴けず、遺憾ではありますが致し方ありません。


 帰り際、見覚えのあるような顔が見えた気がしましたが、はて



 こうして私と奇妙な人たちとの一日は幕を閉じたのでした。

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回る男 星空ゆめ @hoshizorayume

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