12 先ずは追い払い
商会の正面口に到着する。見た感じ荷を運ぶうちの従業員しか居ないようだが、例の反応があった辺りに何故かうちのメイド共のスカートの端が揺れる幻があるのみで、不審者自身の姿は無い。
しかもその幻さえ周囲の者達は見えてないようで、とりあえず状況的には日常の労働の風景に見えている。
「スケジュール表によると、今日到着分の仕分けと明日出荷分の荷積みの並行作業中か」
「隣国向けの穀類を表向きに。余剰枠に酒と
到着分においてはナリキンバーグ領及び周辺域から仕入れた通常の荷になります」
この世界の輸送は陸上ならば馬車か馬に変わる獣を使った獣車。海上ならば帆船かガレー船になる。魔法のある世界って事もあり、大型船には人力によるオール引きに変わっての動力となる魔道具があるが、小型化は無理なようで陸運の面は原始的なまま現役っていう流れになる。
……ここらへん、乙女ゲームの設定って強制力が働いてるのか流通革命っぽい変化の歴史は確認できてない。
で、メイドが語ったように、うちの馬車には表向きの交易品の他、密輸品を格納するための隠し空間が用意してある。当然、そんな馬車を外注で作るわけもないので公にしない自社製だ。
つまり、結構な感じに俺由来の知識チート改造も施してあるわけだ。
「まさか、荷への関心の他、車体へのスパイ活動も盛んだったとは盲点盲点」
「視る者が見れば、性能と構造の違いくらいは容易に看破されるようです」
「馬車の機能向上くらい、使い勝手から試行錯誤すりゃ誰でもできると思うんだがなぁ」
地球の馬車とか自動車関係の駆体構造は、俺の生きた時代でも一世紀近い枯れた技術の集大成とよべるものだった。
些細な技術の変化は、単に従来の機能を新素材に換装することでのものだ。この場合の新素材とは、全く未知の原子構造とかいうものでもなく、鋼鉄を基本にした合金素材の配合の違いとかに過ぎない。10年前よりほんのちょっとチタンの配合量が変化したとか、そんな感じの。
俺の場合は、それを軽量強靱な魔物素材にしたり天然木そのままの部位を合板構造にしたりくらいのものだ。その程度でも車体構造を保つ必要強度を維持しつつ全体的な軽量化は楽だった。車体が軽量化できたならば容積としての余剰空間も確保できる。それを頑丈さに宛てるか、積載量に宛てるかは……まぁ利用目的次第というやつで。
「タイヤ、と呼ぶ新型車輪は大変に目立つ変化でございます」
「そこはまぁ、弁解の余地もない」
随分と前に通常の馬車の乗り心地改革はやったが、パッと見その改造は見破れない程度の偽装もやった。その時点での車輪は既存の木製リムのものに過ぎない。
乗せるものが人やカバン程度なら、その程度のものでも振動軽減には充分だったからだ。
が、積載量がトンサイズの荷台ともなれば下手な改造は逆に作用し強度低下になっていた。板バネサスはもう存在してるし、荷の重さが天然のダンパーの役割になって充分に機能してたのだ。
ただ、走行時の振動軽減には役不足だ。荷の損壊の多くは事故や襲撃より移送時の振動が最も多い。そして不整地の走行に最も適した振動軽減は、震動源の大地と接する車輪の時点でやるのが効果的なんだよね。
「トレントの樹液を加工してみたら、見事にゴム化したのがなぁ……」
天然ゴムの産出自体が木の樹液だ。俺の生きた時代じゃあ、未だに科学解析による再現法も不可能な謎構造の物質だった。濃縮や硬化といった二次加工は可能でも、ゼロからゴムを製造する技術は無い現実におけるファンタジーな物質なのである。
なら元々ファンタジーなこの世界だと、印象的に類似するとこから調達できないかなと試したうちの成果の一つだった。
うちの商会で扱う品の中にトレント建材があったんで……つい。
で、素材さえ発見できれば、後はまぁ男の嗜みの車の知識が火を噴くってもんで。
タイヤの構造原理くらいは知っていたので、後は試行錯誤で実用性のある製品化をしただけだ。
「あとタイヤ作るのって地味に職人仕事だしなぁ」
風船のように雛型に皮膜分を貼り付かせて硬化させるだけ……って工程なら楽なんだが、タイヤの場合は薄皮状のゴムを一枚一枚貼り重ねて張り子細工か芯抜きのタマネギを再生する感じの作業的な手間が要る。
充分な荷重に耐える強度を保つには、各層で硬度の違う積層構造が必須なわけだ。
俺の知識の中には無理な形態変化対応として断裂防止に金網の層付きのタイヤがあるが、さすがにそこまでの再現はやっていない。ただし、金属リムとの結合用にタイヤの縁にはワイヤーを内蔵させてある。これがないとリムとの固定が効かず走行中に確実に分解してしまうから。
その程度の精度を保つ技術の公開は……しても良いけど、たぶん、しばらくは確実に不良品祭りになるんだよな。その不良品から来る面倒は交通事故っていう代物だし、下手すりゃ類似品やらモドキ品で生じる悪評が全部引っくるめてナリキンバーグ家へって流れもあるかもしれない。
ならば情報公開はせず、勝手にモドキ品を作られて勝手に事られる方が面倒も少ないだろう。商品化していない部品ならばイチャモンへの対応も楽だしね。
「模倣品を作るにもサンプルが欲しいのか、盗みに入る者、野盗に扮する者と芸が細かいようでございます」
「そこらは兄貴が対応してるだろうし、今更俺がって話だよな」
「はい、依頼元への処置も含めて、あまり表沙汰にならないよう処理しておられますね」
作業中の従業員の様子を眺めながら、軽く周囲に意識を向ける。
先行して潜伏していた四名は処理済み。
後追いで来た不審者三組――合計八人は現在周辺に散ってこちらを監視するつもりなのかな?
「逆監視はどの程度効いてる?」
「八名の容姿の確認は済みました。どうやら偵察依頼を請けた冒険者のようです。背後関係は捕らえてみないと何とも言えない状況でございます」
「最初の四人とは別口かな?」
「はい、そちらはこの地域を根城にする地下組織の構成員でございました」
「ふむ……」
スジモンならばうちが確保しても問題無い。むしろ暗に文句を言ってくる奴等も含めて実験動物が補充できて好都合。
けど相手が冒険者だと、ちょっと面倒かな。
非合法な依頼を請け負ってても、正式な組織として存在する冒険者ギルドなら世間的な体面もあって尻尾切りより仲間の安否確認を優先する。公表するしないは別にして、当人が完全に犯罪行為をしててもそれを証明するための情報くらいは確保するって姿勢だな。
つまり、下手に相手をすると余計に首突っ込んでくる可能性が高い。
「死なすか行方不明より、無難に追い払う方が平和かなあ」
「欺瞞情報で撹乱という手もありますが?」
「どんな欺瞞が通用するかが把握できるってんなら、それでもいい」
「……追い払いに掛かります」
マップの反応にメイドの点が生じ、推定・冒険者達の反応を遠ざけていく。
相変わらずうちのメイド達の潜伏能力が高すぎる。どうやったら俺のチート能力さえ掻い潜る隠形を行使できるのやら。
さて、この世界の冒険者ってのは総じて際立った個性に秀でた連中を指す。
確か〈ローズマリーの聖女〉に登場する冒険者は戦闘・偵察・生産に特化したお助けNPCで、聖女が依頼する形で使用し、ランダムに近い判定で物語の進行に関する便利アイテム(物や情報)を調達してくる。
一応、シナリオに直結するような登場人物は居なかったはずだが、ルミナリエ関連でこの世界の設定が俺の知るゲーム世界だけが元じゃ無いのはツララ伝いに聞いている。
遊んだ憶えの無いスマホのアプリ系ゲームで冒険者がどういった扱いかを知らない以上、あまり積極的に関わりたい業種じゃないんだよなぁ。
「逆追跡は続けるように。依頼人へ報告に行くなら楽だしな」
「承りました」
一応、冒険者ギルドへの抗議は入れとくか。
自衛って形でもメイドに追い払われた冒険者が抱く感情は……ま、平常とは言い難いだろうし。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます