06 封印の書

 ガーネシアン冒険記の二巻目が実家の腐敗の粛正と旧王室の排除に始まり現王室が成り立つための暗部の暴露本だったのは非常に驚いた。

 正直、これがコッパー王国に属す多くの貴族達へと公開されたとするなら、黙するしかない当事者らはともかく、貴族の見栄を性根として育つ次代は混乱するのが確実だろう。

 下手すりゃ経歴真っ黒の現当主に代わり、自身が本当の貴族であるとお家騒動を起こすところもあったんじゃなかろうか?


「いえ、それは無かったと思いますよ」


 知らず呟いてた言葉にライレーネが否定を返してくる。


「ガーネシアン冒険記自体は結構有名な本なのですわ。実のところ、うちの実家の蔵書にもあるはずです……けど、内容は半分以上が違っていますわ」


 聞けばライレーネも、まだ小さな子供の頃にガーネシアン冒険記の英雄譚を読み聞かせられたそうだ。

 その内容を大まかに言えば一巻目の事柄を絵本の昔話のようにしたものとの事。


「つまり、焚書や回収に加え、内容改変した捏造本まで出して火消ししたってことか?」

「おそらく……ですわね」


 広まった情報を消せないならば都合の良い虚構を混ぜてしまおうって方法は、まぁ、出版物にはありがちな常套手段だ。

 大概の読み手にとっちゃ退屈な歴史書よりも娯楽本の方が好まれる。自国の貴族を題材にしたものなら、世間的にはゴシップが好まれるとしてもヒーローと扱った方がメリットもあるわけだし。


「現実問題、陰謀の片棒担がされて貴族になれた連中にとっちゃ、成り上がったための真実よりは虚構の方が都合も良いしなあ」


 ならその元凶が何でそんな暴露本を出したって話だが、たぶん、最初に最大最凶の釘をさしておいて、後々でも手の平返しする馬鹿がでないようにしたのかな……なんて推測をしてみる。


 利権を貪る徒党があるって事は、その利権からハブられた貧乏勢力もあるのが当然だ。

 結果として大粛正の後は、バブられ側の昨日まで貧乏貴族してた連中が、ガーネシアンの駒として利用され半場強制で勝ち組へと据えられた状況だ。貧乏からは脱せても、少なくとも当人等の貴族としてのプライドはズタズタに裂かれつつの成り上がりだったろう。

 そして貧乏を拗らせたプライドの高い奴等ってのは、大概が成り上がり状況を勘違いして自惚れて、最後には自分の欲望を暴走させる。

 それはまぁ……その後のチマチマとした掃除の内容からも事実だったろうし。


「想像半分だけど、羽振り良くなって羽目外す奴等の粛正を延々と続けたらこの国の貴族が居なくなるからの……代案として出された本なのかな?」

「出自がどうあれ、一度貧しさが骨身に染みるとその後の栄華に心を壊すかもという気持ちは……わたくしも少しは解ってしまいます」


 うーん……ちょっとライレーネの言葉が痛い。

 彼女の実家の落ちぶれにはうちの実家も関係してるそうだしな。


「………………」


 ふと視線を感じてみれば、フラウシアもやや心配気にライレーネを見つめていた。

 けど何だろう。俺の方にもチラチラと視線が流れていたりもして?

 今回はフラウの言いたい事が連想できない感じなので、やや困惑する。


「ウザイン様、朴念仁も過ぎれば……で御座います」


 冷めた茶をカップごと交換してきたタイミングでのメイドの忠告……って、ああ、そういう事か。

 けどまあ、今の話題的には仕方無い。このメンバーで貴族の内情話を振れるのはライレーネのみなのだし。


 熟睡中で戦線離脱のリースベルは置いといて良いとして、何かフラウも参加可能な話題は……話題、話題――あっ。


 そういや、今日この冒険記を読む経緯の細かいとこを誰にも伝えてなかったと気づいた。

 本当なら帰省のための荷造りとか移動の準備とか、色々と忙しい予定が組んであったのだ。

 俺と行動を一緒にしがちなフラウの場合、朝突然に予定変更って流れには戸惑ってたかもしれないな。


 因みに、ライレーネとリースベルには学内に入った後からメイドたちによる合流という流れ。

 あまりにも当然のように行われたので、俺としては意見を挟む余裕すら無し。


「そういや、フラウ達も昨日のパーティでチラッと見たかもしれない、うちの寄親のとこの御令嬢からこの本の事を勧められて――って、どうした、フラウ?」


 話題の新ネタとしてアクラバイツェを出した途端、フラウの様子が一変。

 明らかに怯えた表情に固まってしまう。


「ナリキンバーグ……アクラ様の件では昨日、結構大変でしたのよ」

「え、なにそれ?」


 なんでも彼女、俺との邂逅から後、パーティの終わり間際にフラウ達とも遭遇してたらしい。


「アクラ様の面倒さは伝え聞いてましたので早々に非難したのですけど……、巧妙に回り込まれてしまいましたわ」

「………………」


 一応、女子特有のマウント対戦な流れでは無かったらしい。

 ライレーネの解釈を信じるならば〝値踏み〟。どうやら彼女達を聖女と知った上で確認に来たらしい……という風な感想であった。


「その時にナリキンバーグの上爵の件も聞かされました。貴方の都合で私共の予定も狂うだろうとも連絡されましたわ。

 特段、会話の内容は普通だったのです。というかあの方が直接、わざわざ私共に伝えに来る程の内容では無かったのです――けど」


 立場と纏う覇気はこの国頂点に属す存在だが、年齢で言えばアクラバイツェの方が下であり、この年代の二歳差となれば体格でも大きな変化があると言える。

 そうだな、たぶん聖女組では一番小柄なフラウよりも拳一つ分はアクラバイツェの方が背が低いだろう。


 ――で、そんな背丈からの視線の差付きで、話の間中ずっとアクラバイツェの視線はフラウに固定されてたんだとか。

 ライレーネ曰く、何処かしらフラウの隙を見つけ、(物理的に)齧り付いて来そうな空気だった……らしい。


「うーん……俺と対峙した時は完全に〝新しいオモチャを見つけた〟な感じだったが、フラウに対してはプレデターかぁ」


 第一印象、鮫女。

 何となく正解を出してた感じか?


 まぁ……親父様達の関係の内幕を知った上での俺の不義理な対応からすりゃあ……逆に変な関心をさせる行為だったな後悔はある。

 むしろ親同士の関係は知らんですよのポーズ付きで、極普通の貴族の寄り子って対応しといた方が平和だったかもしれない。

 結局は親父様の指示でもあったんで不可抗力でしたとしか言えんけど。


「今回の遭遇が高位貴族の御令嬢の遊びの一環ってんなら問題は無いが――」


 と呟いてメイドに視線をやると、さも当然のように否定の仕草で返事が来た。

 やっぱ無理か。


 ――どうやら、〈ローズマリーの聖女〉の物語には無いだろう謎のシナリオの開始フラグは踏んでしまってたらしい――

 単発イベントで終われば良いが、キャンペーン系のイベントだったら……正直、嫌だなぁ。


 回避のタイミングはとっくに逃してたなら、後は全力で被害を軽微するしかない。

 状況的には親父様が伯爵になって嬉しいなって喜ぶシチュエーションなんだろうけど、気分的には真逆なところに乾いた笑いしか出ないという……


「あー……明日に待ってるは暗い未来しかない感じだが、それでも気構えは建設的に行くか」


 こうなると少しでも敵の事を知るのが大事だ。

 ガーネシアン冒険記も最後の一冊。流れからして三巻目には今に続く少し前の過去が記されているのだろう。

 現王室は既に立ってるんだし、その黎明期でも綴られてるのかもしれれない。

 ――つまりは、直近のガーネシアン公爵家の情報かもしれないわけだ。


 そんな覚悟で本を開く。

 冒頭部分は……なんと二巻目から続く粛正リストの更新だったとこに戦くが、それでも総ページの三割程で終わりとなった。

 そうして新章。王国の表面上の混乱が静まり、新たな貴族派閥の変遷が――


「――アクラバイツェ様が〝ガーネシアン冒険記コレ〟を読めって意味が今初めて理解できた」


 思わず机に頭突きをした。

 そのくらい、本気の脱力を食らってしまった。


「……………………」

「こちらの内容は、さすがに安易に世間に広まって良いものか悩みますわね」


 新生したガーネシアン公爵家の私的な記録と言えば良いのか……ぶっちゃけてしまえば、コンドリアルスとメガロア夫妻のホームコメディの記録である。

 健全な夫婦の話題として、当然ながら内容の中心は生まれたアクラバイツェが主役の育児日記へと変化していき……否応なしに彼女の生い立ちを追体験させられる羽目になる。

 内容としては彼女が五歳程度で終わるのだけども……まぁ、何と言うか、現在のアクラバイツェの印象の起源を盗み見た気がして大変微妙な気分になった。


「とりあえず、全員、無闇に公言はしないように」

「了解ですわ」

「…………!」


 うん、今度はフラウの返事も届いたぞ。

『アクラ様のオネショ歴は絶対に言いません!』って感じに。




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